13. 旅立ち
「ともか……さん」
なつきが遠慮がちに話し掛けてきた。
久し振りに今日は、2人だけの通学路を下校中だ。
先日の銭湯での一悶着以来、なつきとの距離は目に見えて縮まった。
いつものメンバーと居る時は、もうすっかり前通りの反応だ。
まあ前とは言っても、平川らが男だった世界のだが。
「何だよ、その余所余所しさ」
俺はなつきに半分笑いながら聞いてみた。
「うん、こういうのは改まって言った方がいいと思うから」
そう言うと急になつきは立ち止まり、深々と頭を下げた。
並んで歩いていた俺は、思わず数歩進んでから足を止める。
なつきの態度に暗い雰囲気を感じて近付き、そして
「ともか、ごめんなさい!
私はともかに酷い事言っちゃった!」
「なつき?」
「私は自分の事しか考えてなくて。
ともかは守ろうとしてたのに……私を、世界を」
なつきは頭を下げたまま、思い詰めた声音で詫びてくる。
彼女の声は、周囲に山と田んぼしかない砂利の帰り道を矢鱈と響かせていた。
『そうよ!
体は男、でも心は温かな女の人。
彼女は、私の愛したともかは、あなたじゃないともか!』
地震が起こる直前の言葉を気にしているのか。
おそらく随分前から気にかけていたのだろうな。
勘のいい子だ。
俺の状況が見え、罪悪感も加わって、自己嫌悪ってところかな。
「あの日、ともかも言って貰えたんでしょう?
あの時、私と同じ想いを感じていたんでしょう?」
顔を上げ、じっと見詰める瞳。
涙がこぼれ落ちる寸前に溜まっている。
「ああ、なつきは俺を愛してくれて、俺もなつきを愛していた」
俺の言葉を聞いて瞼を閉じるなつき。
頬にひと筋だけ涙が伝う。
「ごめんなさい、ともか。
ともかの本質は何も変わってはいないのに……」
もう一度彼女は謝罪する。
深く、静かに。
表情には苦悶の色が浮かんでいる。
「なつき、こういう時は謝るもんじゃない。
俺はお前を守れた。ほんのついでに世界も、な」
重苦しい空気を無視して、俺は笑顔でそう言葉を投げる。
「そしてお前なら、今俺が欲しがっている台詞が分かる筈だ」
今のお前は、俺の知ってる気弱な彼女じゃない。
中身オバサンの俺と様々な経験を積んでいる。
俺の愛したなつき君と同じ成長を果たしたなつきだ。
なつきは目を閉じ暫し考え、やがてゆっくり瞼を開いた。
そしてまた俺をじっと見詰めて来る。
だが先程とはまるで目の持つ生気が違う。
その瞳が更に力を増して、ニコッ! と満面に笑顔を浮かべた。
「そうだね、ともか。
ありがとう! これからもよろしくね」
ーーーーーーーーーーーー
「ごめんね、ともか。
あんたをひとり置いて帰るのは気が引けるんだけど」
俺のメインは自分の世界に帰っていて、俺はこの先30年近く居残り当番。
その上葉月まで帰ると言い出した!
「仕方ないのよ。
前にも言ったけど、私はこの時点で存在してもいないの。
なつき君から弾き出されたせいか、お母さんにも入れないし」
俺に入ってればいいじゃんか。
「それでいいんならそうしてるわよ!
あんたとじゃあ血が薄いのよ。居れて1,2カ月ってとこ」
うう、そ、そうなんだ……
「ま、帰り道に順繰り寄ってってあげるからさ」
寄る?
「うん。タイムデブリの歪みが発生する辺りにまた、ね」
そっか。
じゃあ、それまでひとりで頑張るよ。寂しいけど。
「もうっ、あっという間よ」
思えば最初は心の声ダダ漏れで、不便この上ない空間だったのだが。
今では慣れもあってか、気遣いのいらない心許せる空間になった。
この場所と葉月、あの方のお陰で、俺は過去の負債を精算出来た。
大事な場所に大切な人。
「ありがと、ともか。どこまで本心だか」
ほんと、一言多いんだっつーの。
「ん? あ、そうね、ごめんお母さん、一言足んなかった」
なに?
どうかしたのか?
「うん、あのね、最後の最後になんだけど……」
な、なんだ?
「お母さんがね、今回だけ、オレンジの日に戻せるよ。
この世界に移って来る時間からやり直せるよ。って言うんだけど」
何だって!?
おいおいおいおい!
じゃあ、今まで1カ月の苦労は無駄になんの?
せっかく今日なつきと本当の仲直りしたのに?
お母さんの夢叶って、親娘ショッピング出来たのに?
「でも……ひいおばあちゃんは死なないのよ」
うっ!
「どの道あと2年位で病死しちゃうんでしょ。
今の方が大切ならそれでもいいって」
そ、そんな……
「これはお母さんの失敗から起きた事象だから起こせるんだって。
だから平行世界は発生させず、巻き戻して上書きする事になるの」
じゃあ、全くこの1カ月は存在しなくなるのか。
「元々お母さんが失敗しなきゃ存在しない時間だもんね。
普通だったらやらなくていい行為」
まあ、無意味な事、って訳だ。
「でもそちらを取ってもいいのよ。
言い方悪いけど、ひいおばあちゃんは亡くなっても影響ない、訳だし」
そちらでも無意味だってのか……
「どちらか好きに決めてって」
『そうよ!
体は男、でも心は温かな女の人。
彼女は、私の愛したともかは、あなたじゃないともか!』
『ズルイ……絶対ズルイ』
『ともか、ごめんなさい!
私はともかに酷い事言っちゃった!』
『そうだね、ともか。
ありがとう! これからもよろしくね』
頭の中でこちらの世界、本来は俺の過去の世界……
そこでのかつては想い人だった彼女が、ぐるぐるぐるぐる回っている。
俺は……
俺は……
「ともか」
中学に上がったらお年玉がさ、
「ん?」
お年玉の額、上がるじゃねえか。
「そうね、上がったわね。病院じゃ使い道なかったけど」
ん、ああ、俺も
「……そうなんだ」
でな、ひいばあさんのポチ袋がな、変に大きく膨らんでんだ。
変にだよ。不自然な形で。
「んん?」
開けてみたらな、ティッシュが1000円と一緒に入ってたんだ。
「うん?」
ティッシュを開くとな、中に500円玉が入ってたんだ。
「……」
去年通り1000円じゃ悪かろうと、少ない年金から気持ちばかりってな。
世間じゃもう500円札は消えちまって、でも硬貨じゃ申し訳ないって。
だから直接入れずにティッシュで畳み繰るんでいたんだ。
「ともか……」
俺はなあ、嬉しかったんだよ。
悪いとか申し訳ないとか思いつつも、子供の喜ぶ顔を見たくて、自分に出来る精一杯の事をしてくれた婆さんの気持ちがな。
俺が貰って喜ぶ顔を見て、穏やかにほほ笑む婆さんを思い出すと……
その500円は使えなかったなあ。
「そうでしょうね」
世界に影響の無い命は消えてもいいと思うか?
「う……」
あと2年で消えるのなら、その2年は無価値なのか?
「そんな……」
そんな事ない!
婆さんは無価値なんかじゃない!
少なくとも、中1の俺に深い愛とそれに対する感謝の気持ちを遺した!
無駄な命、消えてもいい命、意味の無い命なんてあってたまるか!
「ともかっ」
ぐふっ!
急に突っ込むなって。
「ともか、ごめんね。そしてありがとう」
ありがとう?
「んふっ。前の事思い出したのよ」
ああ、そうだったな。
そう、無価値な命も人生もある訳ない。
だから人は前に進める。
歩いて行ける。
「前向きね。
八重洲ともかの本質でしょ?」
ああ。
そして、全生命の本質だろうさ。
ーーーーーーーーーーーー
…………………………………………………
………………………………もか…………
と……もか…………ともか…………
なにか聞こえてくる。
「ともかっ、ともか!」
暗闇からなつきの声が聞こえる。
そうか、上手く戻って来たらしい。
葉月、いや、なつきが言うには戻っても記憶がリセットされるかも、って可能性があるとかだったが。
どうやら記憶もしっかり残ってる。
平川の、国立の、ヤスミの、そしてひとみ先生のセクシーショット。
良かった良かった消えてない。
曾祖母に起きた不幸。
うん、覚えてる。
さあ、久し振りに男の体。
つい調子にのって、オッサン口調にならんようにな。
丁寧に、丁寧にな。
「ともか! ともかっ!」
「あ、ああ、なつき……君」
「君?」
あ、しまった。
番外編 終わり
番外編 あの時こうしとけばというターニングポイントに戻れるとしたら君ならどうする? ただし、性別変わるけど。 KUZ @kuzkuzkuz
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