第31話 合宿2日目:わたしではダメか?(碧のターン③)
「のぶ子たちが今朝気になることを話していたのだが」
「な、なにを」
澄んだ目にじっと見つめられてたじろいだ。
「佑人と間宮マネージャーが付き合っていないというのは本当か?」
「――――えっ!?」
確かにそうだ。まだ付き合ってはいない。お試し期間中だ。
だけどそのことは誰にも話していないはず。
「わたしは行かなかったのだが、朝日を見に行った部員数人がふたりの会話を耳にしたらしい。あまり聞き耳を立てるものじゃない、と注意しておいたがどうしても気になって」
まずい。あそこにはおれたち以外の生徒の姿もあった。
全部ではないにせよ会話を聞いていたら「まだ付き合っていない」と分かってしまう可能性が高い。
「それから……その、これは言っていいのか分からないが間宮マネージャーは別に好きな相手がいるらしいな。わたしたちが月波を訪れたとき馴れ馴れしくしてきた男がそれだとか」
だれだ情報流したヤツはー!!
個人情報!! ぷらいばしーっ!!
「どうなのだ佑人。おまえと間宮マネージャーは付き合っているのか?」
「いや、えーと、その……」
碧さんの目は真剣だ。
なんて言ったらいいんだろう。
だらだらと冷や汗がでてきた。
「――……なるほど、そういうことか」
黙りこくっていたおれの様子からなにかを察した碧さんが深く頷いた。
一体なにが「なるほど」なんだ?(おれが聞きたいくらいだ)
「日本人にしては珍しいがアメリカでは当たり前のことだ。なにも恥ずかしがることはない、デーティング期間は必要だ」
「でー……てぃんぐ?」
初めて聞く単語。
デーティングってなに!?
「簡単に言えば正式なカップルになる前のお試し期間のことだ。アメリカでは交際をはじめると当然家族や友人にも紹介され、なにかにつけて顔を合わすことになる。もし勢いで告白した相手が自分のイメージと違ったらお互いに不幸だろう。だからお試し期間を設けて相手との相性をみるんだ。あまり一般的ではないが複数の相手と同時に関係をもつ者もいるという」
「へ、へぇー」
初めて聞いた。
きっと向こうでは付き合ったり別れたりするのが大変なんだな。だからデーティング期間を挟んでお互いが彼・彼女にふさわしいかをみる――。
おや? おれたちがしていることもあながち間違っていないぞ。いまは緋色にとってのデーティング期間だとしたら。
碧さんの洞察力すげーな。
「佑人」
ふと気づくと金網のこっち側に碧さんが出てきていた。先ほどまでの寂しそうな表情とは打って変わって笑顔だ。
「そういうことならわたしにもまだチャンスがあるということだな」
無造作にボールを投げられたので咄嗟に両手で受け取った。その隙につま先をキュッと回転させて細い腕を金網に叩きつける。
すぐ間近に碧さんの睫毛が見えて「ひっ」と変な声を上げてしまった。壁ドンならぬ金網ドンである。
「わたしの気持ちはすでに述べたとおりだ。佑人と間宮マネージャーがまだ交際に至っていないのならばわたしともデーティングしてみてほしい。きっと後悔はさせない」
「え、ちょっ、え……」
グイグイくる。
まじグイグイくる。
汗のにおいとか吐息とか、めちゃくちゃ近い。
「遠距離であり、なおかつキャプテンという立場上あまり頻繁に連絡をすることはできないかもしれないが善処する。二番手でいい。間宮マネージャーとのことも詮索しない。約束する」
まてまてまてまてまて。
それ日本じゃ二股っていうんだよ。
いくら国際化がすすんでも同時にふたりの女の子と付き合ったらダメだろ。
それに。
「そんなの碧さん悲しすぎるだろ。だれだってだれかの一番になりたいはずだ。その気持ちを押し殺してまで付き合うことになんの意味があるんだよ?」
びっくりしたように体を引く碧さん。けどそれはおれの気持ちが伝わったからじゃなかった。
「おかしなことを言う。ならばどうして佑人は彼女の傍で笑っていられるんだ?」
両肩を掴んで金網に軽く押しつけられる。
それほど強い力ではないのに振り払えない。
「好きで好きでたまらない……だから佑人も我慢しているのだろう、好きな相手の傍に少しでも長くいられるよう平気な顔して笑っているんだろう、本当ははらわた煮えくりかえるくらい憤っているだろうに。日本人には馴染みがないデーティングは、きっと佑人なりに精いっぱい譲歩した結果なのだろう? 諦めが悪くてしぶといのはバスケ選手の特性だからな」
そうさ。そのとおりだ。
緋色がアイツの名前を出す度にイラつくけど必死にこらえている。好きな気持ちを免罪符にして。
「顔を見れば分かる。つらかったのだな、佑人も」
細い指先でさらっと髪に触れてきた。
「見込みのない恋にしがみつく佑人をたとえ万民が笑おうともわたしは決して笑わない。心の底から尊敬する」
頬を包みこんで顔を覗き込んでくる。全身の力を抜くようにふっと息を吐いた。
「佑人……わたしではダメか?」
――『あのさ、間宮。おれじゃだめ……かな』
「わたしなら佑人を解放してやれる。他の男に好意を寄せる間宮マネージャーに対して息苦しい思いをしている佑人を救ってやれる。女らしさという点では彼女に劣るかもしれないが、最大限、努力する」
――『おれじゃダメか? もう一人の桶川のかわりに、おれが彼氏になったらダメか?』
「すぐにとは言わない。いくらでも待つ。わたしを『彼女』として見てほしい。悪いところや至らないところがあれば直そう。そのためのデーティング期間だ」
――『アイツのことが好きなのは分かってる。だからこれは仮契約なんだ。つまりお試し期間。仮交際してダメならすっぱり諦める。チャンスが欲しいんだ』
プルルル、おれのポケットの中でスマホが鳴った。
碧さんに目配せすると「どうぞ」とばかりに頷いたので背中を向けて受信する。
『あ、ひと君? 1時半に
スマホにメッセージが入っていることに全然気づかなかった。
「ごめん、いま気づいた。すぐに行――ってちょ、碧さん!」
「借りるぞ」
後ろからぬっと伸びてきた手がスマホを奪い取る。
『碧……え、姫氏原さんと一緒にいるの?』
緋色の声がこわばっている。後ろから「逢引きっすねー」と小石崎たちの笑い声が聞こえてきた。
あいつら……! いまどきのスマホの集音機能はすごいんだぞ知らないのか。あとできつい筋トレで仕返ししてやる。
「突然すまない、間宮マネージャー、姫氏原碧だ。いま佑人とふたりで話をしていた。
『ど、どうって』
「デーティング期間なのだろう。佑人を彼氏にしたいのか否か。それが聞きたい」
デーティングという言葉は知らないにしろ緋色もおおよその事情を察したらしい。
しばらくの沈黙のあと『私は』と覚悟を決めたように声を発した。
『ひと君にはいつも優しくしてもらって、大事にされて、いっしょにいると、あっあったかくて、彼氏になっ、なってくれたら、どんなに幸せだろうって思い、ます』
ぎこちなく、それでも必死におれへの気持ちを話してくれる。
緋色の不器用さがじんと胸にしみた。
黙って聞いていた碧さんはふっと肩で笑う。
「それを聞いて安心した。わたしたちは良い友人にもライバルにもなれそうだ。急にすまなかった、佑人にかわる」
用事は済んだとばかりにスマホを返され、かわりにボールを奪い取られた。
「ではまた今夜」と軽く手を振ったかと思うとそのまま立ち去ってしまう。
『――……と、くん、ひと君』
いけない、まだ緋色とつながってるんだった。
「ごめん聞こえてるよ。言っておくけど碧さんと会ったのは偶然で本当になにもないからな」
あわててスマホを耳に当てると緋色とは別の声で「しゅらばー」「もてもてー」とからかうような音声が聞こえてくる。
くそっあいつら、他人事だと思って楽しんでやがるな。許せん。
『ひと君、今夜も姫氏原さんと会うんだっけ』
声が低い。
なんだかイヤな予感。
「そうなんだ、スリーの練習に付き合う約束で。でももし緋色がやめろって言」
『――……か、ないで』
「え?」
スピーカーから漏れてきた声は強い決意をにじませている。
『今夜は姫氏原さんのところに行かないで、私と、一緒にいて。おねがい』
「……緋色」
そんなにおれのことを。
『どうしても行くって言うなら私も一緒に行くから!』
えっ……えぇーーー!?(最近こればっかりだな)
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