第27話 合宿1日目:話がある(碧のターン①)
午後四時。おれは一足先に合宿所に案内してもらった。
合宿所は学校の敷地内にあり、五階建て。食堂や風呂、トレーニング施設などが完備されている。
おれたち月波高校男子バスケ部が寝るのは九畳ほどの和室。襖を外して二間つづきにしたところに八人分の布団を敷いて雑魚寝することになっていた。すでに人数分の布団と枕も隅に用意してある。
「佑人、彼らの荷物はこれで全部だろうか」
一年たちが練習している間、碧さんと一緒に泊まり用の荷物を運び入れた。おれも含めて八人分、結構な量になる。
「うん、大丈夫そうです。ありがとうございました。そっちも練習があるのにすみません」
「どういたしまして。こちらはホストとしてもてなす立場だ、なにかあれば遠慮なく言ってほしい。それに曲がりなりにも幼なじみなんだ、いつまでも敬語を使われるのは気持ちが悪い。そろそろ呼び捨てにしてくれないか? 佑人」
「あ、はは……」
笑ってごまかした。
青嵐高校最強の女キャプテンを呼び捨てなんてできるわけないだろ。
もうすぐ五時になる。
練習を終えた一年たちが腹を減らして戻ってくる時間だ。
緋色は月波高校の女バスのメンバーと一緒に寝るので別館にいっている。
「――ということで……聞いているか、佑人」
「え、はい? ごめん、聞いてなかったです」
「まったく。油断しすぎだ」
呆れながらも口の端に笑みを浮かべ、一枚のA4用紙をおれの胸に押しつけてきた。
「説明したとおり合宿所内に浴室とシャワールームがあるが一度に入れる人数は限られている。今回は男女合同の合宿なので全校生徒あわせて200人近い。よって今日は女性優先とさせてもらい、申し訳ないが男性は近隣の入浴施設を使ってほしい。明日は逆に女性が外へ行く。これはその詳細だ」
渡された紙には温泉施設「ゆ~らん」の地図と入浴における一般的な注意事項などが記載されている。今日明日は夜九時まで貸し切りで、個別に入浴料を払う必要はないそうだ。
至れり尽くせり。さすが金持ちの私立高校だ。
「了解です。ありがとうございます。あいつら疲れているだろうから――」
「失礼。髪になにか」
急に手が伸びてきた。
バスケをやっているだけあって女性にしては大きな手がおれの耳の上あたりに触れる。
間近に迫る長いまつ毛と桃色の唇に自然と心拍数があがる。
「すまない、糸くずがついていたようだ。捨てておく」
「あ、どうも」
やばい、突然すぎてドキッとしちまった。
今更ながら碧さんはどっからみても超絶美人なんだよな。非日常な合宿で気持ちが浮かれているから変な気分になるよな、アブナイアブナイ。
必死に自分をなだめていたのだが碧さんが続けてとんでもない爆弾発言をした。
「率直に聞きたいのだが、わたしのことをどう思っている?」
直球だな、おい。怖いもの知らずだ。
「えっ……と、すごく強い、青嵐高校のキャプテン」
「他には?」
「美人で、凛々しくて、他の部員たちから頼りにされている」
「それで?」
肩にかかった髪の毛をさらりと払いのける。
もしかしてこれ納得のいく答えがもらえるまで解放してもらえないパターンか。
「長い髪がとてもよく似合ってます」
「ふふ」
顔をほころばせて笑う。どうやら正解だったらしい。
「佑人は髪の長い女性が好きだと言っていただろう? だから十年かけて伸ばしたんだ、おまえに見せびらかしたくて」
あぁ昔のおれよ。なんて罪作りなんだ。
たぶん当時好きだったバスケマンガのヒロインがそうだったんだろう。
そういえば緋色も合格発表のときはすごく長かった。
勿論それまでにも髪が長い女の子は町中で何人も見かけていたけど、あんなふうに胸が弾んだのは緋色だけだ。完全完璧な一目ぼれってやつ。
「佑人?」
「え、はい、なんでしょう!?」
ぼんやり考え事をしていたのを怒られると思った。けれど碧さんは視線を漂わせてどこか緊張気味。何事かと見守っていると小さく息を吐いてから口を開いた。
「頼みがある。――今夜、九時半に第一体育館……今日最初に立ち寄った男子バスケ部がメインで練習している体育館のことだ。そこにひとりで来てほしい。折り入って話したいことがある」
九時半といえば夕食も入浴もおわって自由時間のはずだ。
そんな時間に呼び出して「話したいことがある」だなんて……。
「ちなみに、その、話したいことって」
「ばかもん! ここで言えるものか! と、とにかく待っているからな」
逃げるように部屋を出て行ってしまった。
入れ違いに複数の足音がして一年たちが戻ってくる。
「あーもーマジ筋肉痛で死ぬわー」
「明日の練習やりたくねー」
「あ、
今までにない厳しい練習に苦悶の表情を浮かべる一年たちの中でただひとり、比較的余裕がありそうな小石崎が近づいてきた。
「おお、お疲れ」
「どもっす。どうしたんすか? 顔ヘンっすよ」
「ヘンか?」
自分で自分の顔を触ってみても分からない。
「あのさ小石崎。女の子から話があるって呼び出されたときの話ってなんだと思う?」
「は? そんなの愛の告白しかないっすよ」
「……だよな」
自分でもアホなことを聞いたと思っている。
碧さんはおれのことを(たぶん)意識しているし、ふたりきりで話したいことと言えばそれくらいしか思いつかない。
ただ申し訳ないが結論は決まっている。
ならば今からでも追いかけて断っておこうか。
――いやでももしかしたら、まったく関係ないことかもしれない。
合宿の感想を聞きたいとか一年たちの態度について注意があるとか、キャプテン代理であるおれへの話かもしれない。
それを勝手に告白だと勘違いして「ごめん」なんて言った日には、恥ずかしすぎて以降顔を合わせられなくなる。
一体どうしたらいいんだ。
「なに動揺してんすか。仮にもキャプテン代理なら堂々としていたらいいじゃないっすか。相手の気持ちをちゃんと聞いてあと腐れなくきちんと断る、そんだけっしょ」
荷物の整理をしている小石崎はどうでも良さそうな顔をしながら的を射てくる。
たしかにおれひとりがテンパっても仕方ないことだ。
「そうだな悪かった。一年が練習に集中しなくちゃいけない時に代理のおれがオドオドしていたら頼りないもんな。ちゃんと話をつけてくるよ、サンキュー」
これで方向性は決まった。
そう思っていると隣にいた小田がニヤニヤ笑いながら耳打ちしてきた。
「あんなこと言ってますけど小石崎、青嵐の一年女子とライン交換してましたよ。夕食後に待ち合わせの約束してるんです」
「……んだと」
小石崎がぎょっとしたようにスマホを隠した。タイミングよくピンポン!と着信音が鳴る。
さてはライン交換した相手だな。浮ついてるのはおまえじゃないか。
「強くなるためにきたんだろ、そんなことしている暇があったら練習しろ、練習!」
「はぁー二股かけてる先輩に言われたくないっす」
「なんだと」
「なんすか」
一触即発の空気。
小石崎が「あるもの」を手に取った。
「やりますか?」
「あぁ、もちろんだ」
はじまったのは恒例の――枕投げだ。
それも枕を顔に投げつけるのではなくパスしてとらせないようにする、いかにもバスケ部らしい枕投げ。
「そこだ!」
一年たちが連携して枕を回す隙をついておれが奪いとった。っしゃー年の差の勝利だ。
「みんなそろそろ夕食だよー……あっこらー!!」
緋色が珍しく怒鳴り声をあげたので我に返った。
仁王立ちになってじぃっとおれたちを睨んでいる。
「青嵐高校さんの厚意で貸してもらっている部屋で備品を投げるなんて失礼だよ。ひと君もキャプテン代理でしょ! なんで一緒に遊んじゃうの!」
「はい、ごめんなさい……」
「「「すみませんでした」」」
さすがに今回は羽目を外しすぎた。申し訳ない。あとで碧さんにも謝っておこう。
言っておくが良い子は真似しちゃだめだぞ。
「本当にもう! お夕飯だから早く来てね!」
「ぁっ……」
火に油をそそぐような気がして立ち去る緋色を呼び止められなかった。
今夜、碧さんから呼び出されていることを。
話の内容が分かっていない以上、緋色に伝えても困惑するだけだろうけど。
ちょっとだけ、ほんのちょっとでいいから嫉妬して「いかないで」と言って欲しいと思うのは、おれのワガママだろうか。
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