第25話 合宿だよ!恋愛サバイバル開始!

「おっ、すげー……」


 トンネルを抜けると沿道の桜は満開だった。

 三月も下旬。月波の方はやっと開花宣言が出されたっていうのに、こっちはもうそんなに季節が進んでいるのかとびっくりして声を上げてしまった。


「まだ着かないんすかー。そろそろこのおんぼろバスの揺れも限界っす」


 通路を挟んだ隣に座る小石崎は青ざめた顔で腹のあたりをさすっている。どうやら振動の激しいマイクロバスのせいで車酔いしたみたいだ。


「もうちょっとだよー我慢してねー」


 運転席からは顧問ののんびりした声。


「マジむり。早く青嵐着けっつーの」


 今日から二泊三日におよぶ四校合同のバスケ合宿がはじまる。おれたち男子バスケ部はマイクロバスで青嵐高校を目指しているのだ。

 

 ウチを除く三校――青嵐、白嶺はくれい紫苑しおん学園はいずれも全国に名をとどろかせるバスケの強豪校。果たしてウチの一年たちはどこまで食いついていけるだろうか。


「ほら小石崎、飴でも舐めて気を紛らわせろ。多分もうすぐだから」


 ポケットにしのばせていたリンゴ味の飴を渡してやると素直に受け取った。


「おれもガキのころはすぐ酔うタイプだったんだよ。練習試合であちこち移動するうちに慣れたけど」


「さすがキャプテン代理。気が利きますねー」


 代理。そう、おれは名前だけのキャプテンことイキリ桶川の代わりにここに来ている。

 キツイことや休日を束縛されることを嫌うアイツは合宿の話を聞くなり「パス」と即答したらしい。幽霊ばかりの二年は言わずもがな。


 しかし他校との合宿に部長兼キャプテンが不在なのはさすがに失礼なので「親戚に不幸があった」ということにして、おれが代理として付いて来たわけだ。


「青嵐高校か。どんなところなんだろうな、な? 緋色……っと」


 二人掛けシートの隣で緋色はすやすやと寝息を立てていた。

 それも無理はない。バスでの移動中に食べられるようにと朝早く起きて部員七名+顧問+おれ用のオニギリ&少量のオカズを用意してくれたんだ。


 今時コンビニにいけばいくらでも買えるのに、だぜ?


 子どもみたいな寝顔でおれの肩に寄りかかってくる緋色を眺めつつ、ひとりひとり違うバスケットボール柄の巾着袋を開いた。ラップに包まれたオニギリがふたつと小さなプラスチック容器が出てくる。中身はミニトマト、サニーレタス、金平ごぼう、そして卵焼きだ。


「どれどれ」


 そなえつけの爪楊枝に刺して卵焼きを口に運んだ。

 思い出すな、初めてのランチデートで緋色が作ってくれた卵焼き。ダシを入れすぎたらしく、ちょっと甘かったんだよ。


 でもいま口の中に広がる卵焼きはほんのりと甘く、刻んだほうれん草がアクセントになって美味い。


「うん、サイコー。緋色めちゃくちゃ上達したな」


 肩に寄りかかってくる緋色の髪をそっと撫でずにはいられない。

 手間ひまかけるのが必ずしも正しいとは思わないけど、手作りの弁当はやっぱうれしいや。


 これならいいお嫁さんになれるぞ。――なんてな、おれも料理がデキる男を目指してがんばるぞ。



 ※



 おんぼろマイクロバスは順調に進み、10時すぎに青嵐高校の敷地内に入った。


「広ぇー」


 小石崎たちが驚くのも無理はない。

 駐車場だけでどこかの工場の一角かと思うくらいだだっ広いのだ。周りにはオフィスビルかと見まごう建物が整然と立ち並び、どこからどこまでが敷地内なのか分からない。


「――佑人! よく来たな」


 おれたちのマイクロバスを見つけて駆けてきたのは碧さんだ。前回はジャージ姿だったけどいまはブレザー姿。胸元の青いリボンがぴょんぴょん跳ねる。


「こんにちは。今日から三日間よろしくお願いします」


 小石崎たちが荷物を下ろす間、キャプテン代理として挨拶した。


「もちろんだとも。今日という日を心待ちにしていたんだ、ぜひゆっくりしていってほしい」


「はは、お手柔らかに」


 強化合宿でできるはずもないけど、遠足みたいにワクワクしているのはおれだけじゃないはずだ。

 それになんだろう、碧さん、前に会った時より雰囲気が明るくなった気がする。


「ところで――わたしの制服はどうだろう?」


「制服?」


「その……のぶ子が、ジャージ姿だと色気がないと言うから着替えておいたんだ。佑人に見てもらいたいと思って。どうだろうか、感想を」


 自信なさそうに上目遣いになる。

 制服姿に感想が欲しいなんて初めて言われたけど、失礼ながら上から下まで眺めてみる。クリーム色のブレザーに胸元の青いリボン、チェックのスカート。膝丈のソックスにローファー。どこにでもいる女子高生そのままだけど、やや肩幅がある分だけ顔が小さく見える。


「うん、すごく似合ってます」


「ほ、本当か!? じつはスカートを短くしてみたんだ。その、下がスース―するからあまり好きではないのだが、間宮さんを真似て」


「私ですか!?」


 後ろで聞いていた緋色がびっくりしたように声を上げた。碧さんはそっちに目配せしながらも熱心に話し続ける。


「そうだ。佑人は間宮さんのような人が好きだと分かったのだから出来る限り真似してみようと思ったんだ。なんたってわたしも――」


「ひめひめひめひめひめー!!!???」


 どこからかすごい勢いでのぶ子さんが走ってきた。そのまま碧さんに抱きついて無理やり振り向かせ、こそこそと内緒話をはじめる。


「なんだのぶ子、いまから告ろうというのに」

「なに言ってんですか、合宿初っ端に告ってどーすんですか、もっとじっくりタイミングを見計らうんですよ」

「なぜだ。ボールを奪うなら一刻も早いほうが」

「だー! これはバスケとは違います。ジャンプボールじゃないんですよ」


 一体なんの話をしているのか分からないけどほぼ筒抜けだ。

 そろそろ案内して欲しいください、と話しかけようとした瞬間ふと、左手にぬくもりを感じた。


「ん?――緋色?」


 緋色だ。無言のままぎゅっと手をつないでくる。

 珍しいな。恥ずかしいからってふだん人前では恋人らしいアクションはとらないのに。


 暖房のきいた車内にいたはずなのにやけに指先が冷たい。

 そっと引き寄せてハーと息を吐きかけてやった。


「どうした? まだ眠いのか?」


「…………ちがい、ます」


 おいおいなんで敬語なんだよ。そんなに碧さんを睨んで。

 もしかしてまた嫉妬しているのか? 可愛いやつ。


「いいか、何度も言うけどおれは緋色にぞっこんなんだぞ?」


「ほんと、に?」


「もちろん。おれがウソついたことあるか? ないだろ」


 ごめん、いっぱいあるんだけどな。


「だから彼女だと自信もって堂々としていていいんだぞ。キャプテン代理が許す」


「……ん、分かった」


 分かればよろしい。

 思えばこれが緋色との初めての『お泊まり』なんだよな。

 お泊まりといえばアクシデントがつきもの。やべぇ、ドキドキする。


「あのー、コソコソイチャイチャするのはその辺にして。荷物重いんでそろそろ案内してほしいんすけどー」


 小石崎ほか一年たちの冷たい目線で我に返った。

 どうやらこの中で一番冷静なのはコイツらしい。キャプテン代理として申し訳ない。

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