第20話 続)日曜日デートの最後は…(´;ω;`)

 妙な汗をかいたので部屋で着替えることにした。

 緋色に見られてもいいようにと片づけておいたけど杞憂だった。おれもばかだな、まだそこまでの関係じゃないっていうのに。


 焼肉くさいネックセーターを脱いでベッドに放り投げる。涼しい。

 今日は気温が高いから春先に着るようなシャツでもいいかもしれない。ただあんまり趣味が悪いロゴが入っていると緋色にドン引きされるかもしれないから無難なものを。なんて考えていたら廊下で足音がした。


「でね、ここがお兄ちゃんのへやー」

「昨日の夜中まできれいにしてたんだよー」


 ノックもなしにバンッと扉を全開にされた。正面にいた緋色とまともに目が合う。

 ちょっと待ておれいま上半身、なにも――。


「きゃぁっ」


 緋色が顔を覆った。


「うぁあああああああっっ!!!」


 おれはダッシュしてバンッって扉を閉める。しばらく廊下でワーワーと声がしたけど程なくして遠ざかっていく。


 やべぇ。やべぇよ。

 心臓がピンポン玉みたいに跳ね回って、体が熱くて、苦しい。


 どうしちまったんだおれ。なんでこんなに恥ずかしいんだ。

 他人にハダカ(上半身)を見られるのはなにも初めてじゃない。部活でびしょびしょになったシャツを着替えるとき、夏場にサクラを外のプールで洗うとき、ちょっと前なら妹たちを風呂に入れるときも当然ハダカになってた。


 なのに、なんで。

 ――いや答えなんて決まってる。緋色だからだ。


「…………ひいろ」


 そっと名前を呼んだ。

 届くはずもない。けれど名前を呼ぶほどに思いは募る。


「すきだ、ひいろ」


 もしも心臓にタトゥーを入れられるのなら、この名前を刻みたいな。



 ※



 夕方、緋色を駅まで送っていくことになった。

 双子は一緒に行くと駄々をこねていたが空気を読んだ両親にそれぞれホールドされて泣いていた。「また来るから」と手を振った緋色の言質げんちをとりたかったのは他でもないおれだ。また、別れの挨拶をしにいった緋色の頬をべろんと舐めたサクラに嫉妬したのもおれである。


 駅までの10分足らずの道。

 時間をかけて歩く。一歩一歩を大事に、緋色との思い出をかみしめるように。


「今日は誘ってくれてありがとう。楽しかった」


「騒がしくてごめんな。いつもあんな感じなんだ」


「そんなことないよ。ご両親やモモちゃんハナちゃん、それにサクラちゃんもすごくフレンドリーで良くしてくれたもん。どうしてひと君が優しいのか分かった気がする。本当にすてきな家族だね」


 べた褒めだな。なんだか照れくさい。


 取り留めのない話をしていたらあっという間に駅前通りに着いてしまった。朝、緋色と出会った横断歩道だ。幸いにして赤信号だったのでもう少し一緒にいられる。


 いろいろあったけど今日は楽しかったな。

 また来てくれないかな。できれば今度は彼女として……。


「ねぇ――……ひと君」


 赤信号を見ていた緋色が不意におれの名を呼んだ。

 ちょん、と袖を握られる。





 目が合う。

 瞳が潤んでいた。



 

 

 キスしてほしいのかな、と思った。

 なにも喋ってないのに、そう言われた気がした。


「ひいろ」


 腕を伸ばし、肩を抱いて軽く引き寄せた。緋色はおれの腕の中におとなしく収まっている。


 ふしぎだ。なんの音も聞こえない。

 ふたりぼっち世界に取り残されたみたいだ。


 緋色の体温を感じていると心拍数の上昇とともに独占欲がでてくる。


 おれのものにしたい。

 誕生日を待つなんてまどろっこしいことをせずに力づくで奪い取ってしまいたい。


「ひいろ」


 もうすぐ信号が青に変わる。

 おれだって立ち止まったままじゃいられない。動かないと。


 緋色の肩に回した手を回して後ろから頭を支えた。

 ぐっと力を込めてこちらに引き寄せる。


「ひいろ」


「ひとく――っ」


 泣きそうな声。

 ぎゅっと体をこわばらせた。





 ――喧噪が戻ってくる。

 ぱらぱらと信号を渡る人々がいるのにおれと緋色はその場から動けなかった。

 肩から手を放し、他人みたいに別々の方向を見ている。


 結論から言うと。キス、しなかった。口には。


「ひと君、いま――」


「言わないでくれ」


 緋色がさすっているのはおでこだ。

 我慢しきれず(ある意味ではめちゃくちゃ我慢して)キスしたところ。


「だいじょうぶだ。ちゃんと返事待つって決めてるから、だから、これ以上のことはしない、つもりだ」


 あぁおれの理性よ。

 よく耐えたと褒めるべきか、なぜ頑張ったんだと責めるべきか。


 一体どんな顔でいればいいのか悩んでいると緋色が手を握ってきた。

 いま夢から覚めたばかりのような、どこかぼんやりした表情だ。


 数秒間目を合わせたあと、ふふ、とほほ笑む。


「ひと君は、優しくて、我慢強いんだね」


 それは一体どんな意味なんだろう。


「いこう、信号変わっちゃうよ」


 ぐっと手を引かれて横断歩道を走り抜けた。

 緋色は何事もなかったように笑っている。

 だからおれも気恥ずかしさを振り払って笑うことができた。



 緋色との関係は一進一退。

 早く恋人になりたいと焦る気持ちもあるけど、こんなふうにじれったい関係も悪くないと思うんだ。


 じゃあキスはお預けでいいのかって?――ばか、めっちゃしたいに決まってるじゃん!!(´;ω;`)

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