第19話 日曜日はウェルカムトゥマイハウス
日曜日。
まだ二月下旬だというのに朝から暖かい日差しが降り注いでいた。最高の焼肉日和だ。
おれは早起きして親父と一緒にBBQの準備をする。
まずはいつもバスケをしている庭のコンクリートの上にシートを敷き、簡易テントと夏のキャンプで使う四人掛けのベンチ(机とイスがセットになっているやつな)を置く。サクラがやんちゃしないよう重石を置いて紐を準備(家族で焼肉をしていると自分も欲しいと襲いかかってくるのだ)し、他に二つほど簡易イスを準備しておく。
母さんは本日の主役であるモモとハナの支度を手伝って忙しい。なので用意してあった野菜やウィンナーをざっくり切っておいた。あとは車で出かけた親父がとっておきの肉を買ってきてくれるのを待つだけだ。
時計を確認する。10時20分。約束は11時の電車だ。
走れば駅までは10分とかからないのでまだ時間がある。
さて……部屋の掃除でも、するかな。
いや、変な意味じゃないぞ。
昨日の夜にざっくり片づけたけどやっぱりもう一回ちゃんと掃除しておいた方がいいかなーって。緋色が部屋に入ると決まったわけじゃないからな。見られて困るものがあるわけでもないぞ。誤解しないように。
――と、ピロリンとスマホが鳴る。
緋色だ。
『ごめんなさい、待ちきれなくて着いちゃった(´;ω;`)』
くっ! 絵文字かわいいかよ!
って浮かれている場合じゃない。
「母さん、駅まで迎えに行ってくる!」
中に声をかけてから庭を飛び出した。
駅までの見慣れた道も緋色を迎えにいくとなるとなんだか見え方が違う。動く歩道でもついてるのかと思うくらいスイスイ進む。体が軽くて自分でも絶好調なのが分かる。
体感時間5秒くらいで駅前通りに出た。横断歩道の赤で立ち止まり、スマホで「もうすぐ着くよ」とメッセージを送る。
即座に反応があった。
『いま目の前にいるよ』
目の前。
緋色の声が聞こえた気がして顔を上げた。
横断歩道の向こう、信号を待つ人の中にとびっきり可愛い女の子を見つけた。青いデニムジャケットに白いロングスカート。気づけ!とばかりに力いっぱい手を振っている。周りの人間たちから微妙に距離をおかれていることなんて全然気にしてない。
緋色だ。
チョー目立ってる。
なんだろう、いますげー幸せ。
このまま信号が変わらなければずっと緋色を見ていられるのに。
信号が青に変わった。
「ひとくーん」
「緋色」
なんて、冗談。
いちばんに走り出した。横断歩道の真ん中あたりで緋色を捕まえてぎゅっと抱き寄せる。迷惑そうに避けていく周りの目なんてどうでもいい。
緋色が好きだ。大好きだ。
この気持ちはまだまだ止まりそうにない。
※
「モモのー!」
「ハナのー!」
桶川家ではかつてない争奪戦が繰り広げられていた。ブロック大会を無事に勝ち抜いたモモとハナは母さんの手で可愛く三つ編みにしてもらい、それぞれ薄桃と真っ白なワンピースでおめかししている。
「順番にもらうから、ね♪」
「いや、モモが焼いた牛カルビ先に食べて!」
「だめ、ハナが焼いた牛ロースが先なの!」
椅子の真ん中に緋色を座らせ、左右を陣取った双子たちはそれぞれが焼き上げた肉を食べさせようとしている。しかしふたつを同時に食べられるわけもなく緋色は困り顔。
向かいで焼き当番をしているおれはたまらず助けに入った。
「こらモモ、ハナ。肉ばっかりじゃなくて野菜を食べろ。このピーマンやナスなんか最高だぞ」
「「えーっ」」
まだ食べてもいないのに苦い
「これを食べてからじゃないと緋色に肉をあげてちゃだめだぞ」
と、香ばしく焼き上げた野菜をそれぞれの紙皿に乗せてやった。そろって野菜嫌いのふたりは互いに顔を見合わせる。そして。
「「サクラおいでー」」
なんでも食べる最強の助っ人を召喚しやがった。
「わんわんわん!!」
奥の紐につないでいたサクラが「ハイ喜んで!!」とばかりに大暴れ。重石がずるずると動いて間近までやってきた。なんつー怪力。
「「サクラすごーい」」
双子は感嘆の声をあげながら皿を手にサクラのもとへ駆けていく。サクラはよだれを垂らして待ちきれない様子。なんたって大好物の肉が自ら迫ってきたのだから。
あ、これオチが読めたぞ。
「わぅうううう!!(肉をくだしゃーい)」
それはもう野生の力とでもいうのだろうか。サクラは容赦なく襲いかかり、驚いたふたりは皿をひっくり返す。地面に落ちた肉と野菜は瞬く間にサクラに食べられてしまった。
「あっサクラがモモのおさらーっ」
「ハナのおにくーっ!」
案の定ふたりともぎゃん泣き。見かねた緋色が立ち上がってふたりを椅子に座らせる。
「モモちゃんハナちゃん元気だして。はい、私が焼いたバラ肉」
新しく出した皿にバラ肉をそっと乗せていく。
おれも奥の手を出すことにした。
「おれが焼いたとっておきのウィンナーやるから。な」
ふたりの大好物だ。
ついでにいま焼きあがった分の肉もいくつか分けてやる。
「ほーんと間宮さんはいい子よねー」
「まったくだなぁ。佑人はいい子を見つけてきた」
高校生のおれたちが甲斐甲斐しく双子の面倒を見ているっていうのに肝心の両親は簡易イスで酒盛りしている。呑気なことだ。ま、いつものことだけど。
「ねーひぃろちゃんはどうしてそんなにお胸おっきいの?」
「ハナも知りたーい」
しばらくして元気を取り戻した双子はとんでもない爆弾質問を口にした。
え、ちょっ、ま、いやおれだって気になってるけど、そんなこと訊くなよ。小学生って怖いな。
当の緋色は直球すぎて困っていたが妙案を思いついたらしく「あっ」と手を叩く。
「お野菜をたくさん食べて牛乳もいっぱい飲んだからかもしれない。ほらサクラだって昔は子犬だったけど好き嫌いしないで食べたから大きくなったんでしょう」
犬というのはそういうものなんだ、とは言わないでおく。
ふたりは大真面目で頷くと、皿に残っていた野菜に箸を伸ばした。
「じゃあモモもピーマン食べる……うっ」
「ハナだってタマネギ食べられるもん……にがいー」
すげぇな緋色。すっかりふたりを手玉にとっているじゃないか。
ちらっと目が合ったときに「やるじゃん」と親指を立てておいた。緋色も嬉しそうだ。
「こんどはハナがききたーい」
大嫌いなタマネギをひと欠片食べたハナが次に手を挙げた。
「なぁにハナちゃん?」
「えとねー、ひぃろちゃんは男の子と女の子の赤ちゃんどっちが好き?」
びくっ。
その瞬間のおれの気持ちが分かるだろうか。
思い出してほしい。母さんのセリフを。
『――泣くことないわよ? だってお兄ちゃんたちがうまくいけばモモとハナに妹か弟ができるかもしれないんだからね』
おれの胸中など知る由もない緋色は質問の意図をはかりかねて首を傾げている。
「男の子も女の子もどっちも好きだよ。赤ちゃんって可愛いよね」
それを聞いたモモとハナはうれしそう顔を見合わせた。
「モモ、きいたきいた?」
「うん、どっちも好きだって。ハナたちと同じ双子かな」
「じゃあ弟と妹だね」
「わーぃ」
嬉々とするふたりを前に緋色はますます混乱している。
「ふたりともどうしたの?――ひと君もすごい汗だね。どうして?」
「な、なんでもねぇ!」
知らぬは本人ばかりなり。
でもそうか緋色は赤ちゃん好きなのか……っておれのばか……!
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