一週間デート。ドキドキが止まらない

第12話 月曜日のランチデート

 スケートデートから一週間。

 おれと緋色はひとつの約束をした。


 三時限目の終了を告げるチャイムが鳴り響く。

 購買目当てのクラスメイトたちが教室を飛び出していくのが見えた。いつもならおれも輪に加わって購買戦争に参戦している。


 だが今日はちがう。

 なんたって――。


「ひと君♪」


 緋色が声をかけてきた。手には大容量のトートバッグ。ひとりぶんのお弁当にしては大きい。

 ここまで言えばもう分かるな?


「お昼、いこ♪」


 にっこりと微笑む緋色に「はい喜んで!」と駆け寄りたくなるおれなのであった。



 ※



「はい、ひと君のお弁当」


 ふたりきりの体育館内(外は寒いので中で食べている)。

 目の前に置かれた青い巾着袋を開くと、楕円形の弁当箱が現れた。

 ゴムバンドを外していざオープン。


「おぉ……!!」


 後光で目がくらむ。

 圧倒的な存在感を誇るふわふわの卵焼き。そして弁当の定番、唐揚げとウインナーは油ぎってて食欲をそそる。ハムのアスパラ巻きがふたつと黒豆。そしてレタス。うん、栄養のバランスが考えられている。


「すっげぇ! これ全部緋色が作ったのか? 天才じゃん!?」


「ち、ちがうよ、お母さんに手伝ってもらったんだよ」


 照れ臭そうに頬を赤らめる緋色だったけど指先に巻いたいくつもの絆創膏を見ると一所懸命に作ってくれたのが分かる。




『――毎週月曜日にひと君のお弁当を作ってみてもいい?』




 そう言われたときは耳を疑ったけど内心嬉しくて飛び上がりそうだった。


 部活と生徒会活動を両立している緋色は平日忙しいけど、日曜日は休みなのでお弁当を用意できるらしい。


 作ってもらうのはおかずのみ。ご飯は自分の方で用意する。

 一食あたり300円。もう少し出してもいいと思ったけど家の残り物になるかもしれないからと固辞されてこの金額に落ち着いた。


「じゃあ早速いただきまーす」


 金色こんじきが眩しい卵焼きにかぶりついた。

 やわらかくて甘い……ん、ちょっと甘すぎるかな、でも気にしなければ大丈夫だ。おれ濃い味好きだし。


「ひと君、どうかな……」


 心配そうに見守る緋色に向かって頷いてみた。


「うまいよ」


「ほんと? 良かった。白ダシを入れすぎたんじゃないかと心配だったの」


「いや全然。次は唐揚げもらうな」


 ん、ちょっと固いな。揚げすぎたのかな。パサパサする。

 でも大丈夫だ。肉は肉だし。


「えーと、口直しにハムのアスパラ巻きを食おっかな」


 お!? なんだこの歯ごたえ。それに青臭い。

 まさかアスパラ下茹でしてない?……生?


「ひとつ聞いてもいいか? もしかしてこのアスパラ家庭菜園してる?」


「ううん。狭いからトマトとキュウリくらいしか作ってないよ。どうして?」


「いやこっちの話」


 あぁそうか。

 とれたて新鮮なアスパラならアリなんだけどな……うん、じつに惜しい。

 でも全然大丈夫だ。生食で死ぬわけじゃないんだし。いけるいける。


 必死すぎるほど自分に言い聞かせながら箸を運んだ。


「おー、この黒豆めちゃくちゃ美味い!」


「それお祖母ちゃんからおすそ分けしてもらったの。近くに住んでてよくくれるんだ」


「そっか、まじ美味い!」


 舌がマヒしていたので黒豆とレタスで口直しをし、ついでに用意してきた白米をかき込んだ。



「もしかして……おいしくなかった?」



 ぽつりと、まるで刃物でも突きつけるように問いかけられた。


「え、いや、その」


 まずい。

 口ごもってはYESと言っているようなものじゃないか。

 


 どうしよう。

 トリュフのこともあるし、この際はっきりと言った方がいいかもしれない。

 じゃないと毎週必死にフォローする羽目になる。



 でも考えてみろ。

 緋色がおれのために時間をかけて作ってくれたんぜ? きれいな指に絆創膏巻いてまで。「おいしくなかった」だなんて、どの口が言えるんだ。

 おれは両親が共働きだから時々妹たちに作ってやってるけど、初めて作ったときはそりゃあひどいもんだった。緋色だって同じじゃないか。

 ダメだ、ここは優しく……!



 ――でも。

 ここでウソをついたら緋色はある意味で不幸になるかもしれない。

 たとえば今後、誰かの家に手作りの料理を持ち寄ったときに失笑の的になる可能性がある。

 だとしたらここは多少手厳しくても事実を伝えるべきかもしれない。



 あぁ一体どうしたらいいんだ。

 身の振り方を間違えたら即「別れましょう」になる可能性がある。

 それだけはイヤじゃぁあああっっ!!!


「あ!」


 緋色が叫んだ。

 こっちは心臓が飛び出そうなくらいびっくりする。


 自分の弁当(おれと同じ中身)に箸を伸ばしていた緋色はもぐもぐと口を動かしながら明後日の方角を見ている。


「アスパラ生だね、唐揚げは焦げちゃってるし。お母さんってばー」


「え、お母さん?」


「うん。昨日の夜、なに作ろうか本を見ていたら寝坊しちゃったの。だから急いでて。だし巻き卵はなんとか作ったんだけど他は机の上にあったものをえいって入れちゃったんだ」


「え、じゃあ指の絆創膏は?」


「あ、これ? 昨日ウチの猫に引っかかれちゃったの」


 猫とたわむれる緋色はさぞ可愛いだろうなーと意識が飛びかけたけど慌てて現実に戻る。


「恥ずかしいなぁ、ウチのお母さん味見しないからいつもちょっと変な味なんだよね。でもお父さんはいつもにこにこしながら食べてるの、お茶漬けで流し込むようにしてね」


 ……なぜだろう。

 会ったこともないお父さんに急に親近感を覚えた。


 きっと今までも妻が作るな料理を文句ひとつ言わず食べてきたんだろうな。

 優しい。優しいよ。けど自分の首を絞めてないか。


「――緋色。おれたちは味見ちゃんとしような」


「?? うん……」


 不思議そうに首を傾げる緋色であった。

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