第5話 モブの願望
「お兄ちゃんお帰りー」
「かえりー」
「ワンワン!」
家の玄関を開けるなりふたりと一匹があわただしく駆け寄ってきた。
六歳年下の双子の妹、モモとハナだ。
もうすぐ小学六年生になるが、おれにとってはいつまでも可愛い妹たち。二月の真冬だというのに薄着のまま外を飛び回る元気の良さは見習いたい。
で、こいつらに負けず劣らず元気なのが……。
「バフッ!」
「ちょ、こら、サクラ。顔を舐めまわすんじゃない!!」
我が家の愛犬、4才のサクラ(メス)だ。施設からもらってきた雑種の大型犬で見た目はゴールデン・レトリバーに似ており、短毛で耳だけぴょこんと立っている。
立ち上がるとおれの胸に届くくらい成長した今でも子犬のころと同じようにじゃれついてくる。
「ねーねーバスケやろー」
「シュートしよー」
「分かった分かった。着替えてくるから先に庭行ってろ。ほらサクラも」
「「わーい!」」
「わふ!」
部屋に入って着替えていると間宮の顔が脳裏に浮かんできた。
――仮交際、か。
思いつきと勢いだけで口走ったセリフだったけど、一方的に見ているよりは全然いい。
ピロリン!と突然スマホが鳴った。
まさかと思って画面を見ると『間宮緋色』と表示されている。
ヤバいヤバいヤバい。
帰りにアドレス交換したんだ。まさか向こうから送ってきてくれるなんて。
急に気持ちが浮き足立ち、なんとなく部屋の隅にしゃがみこんでメッセージを開いた。
『こんばんは。今日はお互いに大変だったね……あ、私のせいか(笑)』
なになに(笑)とか使うの!?
可愛い。
『いまスマホの写真を見直していて気づいたんだけど、桶川君って一年のときから同じクラスだったんだね。時々写真に写り込んでた』
……ああはい、そうですね。
『明日から一緒に登校しようか。学校前の駅で待ち合わせしよう』
おれと間宮の家は結構離れている。というより真逆だ。もちろんおれが早起きして家まで迎えに行ってもいいが、まだその段階ではないだろう。
『明日からよろしくね。今日はありがとう。おやすみなさい』
「…………ふぅ」
知らないうちに息を止めていたらしい。まだ心臓がドキドキしている。
間宮からのメールは淡々として他人行儀な感じだけど、昨日まではこっそり隠し撮りした写真を眺めて悶々とするしかなかったことを考えればものすごい進展だ。
しかも明日は待ち合わせして登校する。可能なら下校も。
次は、そうだな……。
手、つなぎたいな。
触れてみたい。あの白い指に。
「ワンワンワン!!」
待ちきれなかったのかサクラが部屋まで襲撃してきた。
「ちょ! ごめん! 行くから!!」
首回りをワシャワシャと撫でて宥めてから庭に向かうとモモとハナがなにやら言い争っていた。
「モモのー」
「ハナのだもん」
「こらこらなにを揉めてるんだ」
仲裁に入るとふたり同時に叫ぶ。
「モモがお兄ちゃんと遊ぶの!」
「ハナが先だもん!」
なんだそんなことか。
可愛い妹たちに奪い合いされて兄ちゃん幸せだよ。
「よし分かった。じゃあふたりがバスケしてより多く点数をとった方と遊ぶよ」
「負けないからね」
「ハナだって」
ふたりはライバル心をむき出しにしてバスケをはじめた。最初こそおれを奪い合っていたが、いつしか純粋にバスケを楽しみはじめる。サクラという最強のディフェンスも加わり、なんだかとっても楽しげだ。
そう言えば
「おにーちゃーん」
「試合しよー」
「バウバウ!」
おれの奪い合いはどこへやら。
ふたり&一匹との試合が始まった。
言い忘れてたけどふたりが所属するミニバスケのクラブは全国でも上位に入る。レギュラーとして今年こそ優勝したいと意気込んでいるのだ。
「モモ集中しろ。おれの動きをよく見ろ」
「はい!」
「ハナ戻りが遅い」
「うん!」
「サクラは言うことなし。しぶとくてよろしい」
「バフ!」
「ただし”飛びかかる攻撃”はやめろ。あとしょっちゅうおれの足踏んづけてる」
「ワフ!」
「返事だけはいいなー」
3対1の攻防は激しく、あっという間に汗ばんでくる。
そろそろ夕飯の時間だ。
「よしこれでラストな」
弾んでいたボールを止めるとふたりが思わせぶりに視線を交わした。
「さいごにあれやってー」
「ぽーんとばーんて」
「ワンッ!」
「あぁあれか。はいはいりょーかい」
ゴールに向けて走り出す。
タイミングよくモモがボールを上げた。そのまま宙で掴んで叩きつける。アリウープってやつだな。これやると結構盛り上がるんだよな。全国大会で披露すると会場が湧いたっけ。
「お兄ちゃんかっくいー」
「次ハナもボールあげたいー」
「ワゥー!!」
大騒ぎするふたり&一匹をなだめながらふと、考える。
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