第3話 モブじゃない方の桶川

 現れたのは190センチを超える長身の男子生徒だ。


 八頭身で腰の位置が高く脚は長い。短い髪はイギリス人の母の影響でやや茶色く、瞳は透き通るような琥珀色アンバー。モデル並みに彫りの深い顔立ちと筋の通った鼻、色白で少しだけそばかすがある。

 バスケ部のエースで生徒会長、そのうえ父親は海外を飛び回る外科医だ。


 なにもかもが規格外の男――桶川 佑斗。


「ゆーくん……また女の子たちといる」


 ぽつりとこぼしたのは間宮だ。あいつとは幼なじみだったな。

 見れば桶川は両手に花……どころか花しょってる!ってレベルで大勢の女子生徒を引き連れている。

 化粧の濃いギャル系、大人しそうな優等生系、意識高いモデル系、尻尾振ってそうな犬系、ツンデレそうな猫系、色白うさぎ系、ぽっちゃりマシュマロ系までよりどりみどり。


 ま、間宮の方が10,000倍可愛いけどな。


「朝練来ないと思ったらそういうことか」


 大名行列みたいな集団がおれたちの前で止まり、先頭の桶川が一歩進み出た。


「間宮。もしかして俺への当てつけのつもりか?」


「あてつけ……な、なんのこと?」


 間宮は本気で状況が読めてないらしい。

 桶川が笑い声を上げた。


「だからそいつに告白して付き合うことになったんだろ?」


「うそ――っ」


 小声だったので周りには聞こえなかっただろうがおれには絶望しているように見えた。瞬く間に顔が青ざめていく。


「なんでそんな泣きそうな顔するんだよ。俺は別にいいぜ。粘着質な女がいなくなって清々する」


 そんな言い方ないだろ。

 ムッとして思わず睨みつけてやった。


「へぇー……」


 いま初めて気づいたとばかりにおれを視線を向ける桶川。

 190センチの高みからひとしきり値踏みしたあと「勝ったな」とばかりに鼻で笑った。


「桶川だっけ、俺と同じ名前の。おまえも可哀そうだな。間宮はひどいぞ、かわいい顔してえげつないことしてくる。俺以外を異性とも思ってない。どんな成り行きで付き合うことになったか知らねーけどたぶん1ヶ月もたずに別れるだろうな、で、結局俺のところに戻ってくるんだ。めんどくせーなぁ」


 ……なにこいつ。

 イキリ? イキリ桶川? そう呼ぼうかな。


「ねぇ佑斗、こんな子放っておいて早く教室いこーよォ」


 イキリ桶川に密着していた美女が甘えた声を出した。ハーフっぽい顔をしていて、たしかドクモだと聞いた気がする。なんだろ、ドクグモの略かな。


「ま、せいぜい長続きするといいな。ひろちゃん」


 すれ違いざまにイキリ桶川が手を伸ばす。

 くしゃっと髪を乱された間宮は一瞬で頬を赤くして叫んだ。


「もうゆーくんにトリュフ作ってあげないんだからね!」


「こっちこそ願い下げだ。言っておくけどアレ、くそマズい。舌おかしいよ」


「……うぅ」


 間宮は言い返せない。

 ヤツに乱された髪に触れてぎゅっと唇を噛んでいる。


「ゆーくんはいつもそうやって私のことバカにして……幼なじみなのにひどいよ」


 んーと、なんか、ごめん。

 全然話についていけないんだけど?



 ※



「……ごめんなさい!!」


 パンッと手を合わせて間宮が頭を下げてきた。

 その日の昼のことだ。

 

 体育館の裏には他に誰もいない。

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