告白から初デートまで

第1話 バレンタイン・ディ

 バレンタインデーなんか滅んでしまえ。



 2月14日の放課後。下駄箱からなだれ落ちてきたハート型の箱を整理しながら悪態をついた。


 事情は追々説明するとして、揃いも揃って百均で買ったと思われる箱の形、手作業のラッピングのぎこちなさ、端を留めるセロハンテープについた指紋、そして何度も練習したと思われる「桶川 佑斗ゆうとくんへ。いっしょけんめい作りました。よかったら食べてください」と書かれたカードを目にしたおれの気持ちが分かるだろうか。


 あらかじめ用意していた紙袋もすぐ満杯になり、次の紙袋を取り出したときだ。


「あれ?……なにしてるの桶川君?」


 だれもいないと思っていた玄関に涼しげな声が響いた。

 左側に顔を向けると大きな胸が視界に飛び込んでくる。一拍おいて目線を上げると今度は長いまつげに縁どられた輝くような瞳が見えた。


 間宮 緋色ひいろ

 おなじ2年3組の同級生にして生徒会副会長。ついでに学校一と名高い美少女だ。


「なにって――見てのとおりバレンタインデーの後始末だよ。モブじゃない方の桶川の」


 おれが不貞腐れていたからか間宮はこらえきれないように破顔する。


「ふふ。大変だねぇ桶川 佑君は」


 ――そう。

 桶川佑は学年イチのモテ男。対するおれ、桶川佑は兄弟でも親戚でもないっていうのに、同姓同名、たった一字名前が違うだけでバレンタインと誕生日とクリスマスに大量のプレゼントを押し込まれるのだ。

 下駄箱の位置も一因かもしれない。おれとあいつのクラスは違うけど下駄箱は学年ごとの名前順なので必然的に上下になる(漢字の画数が少ないおれが上)。

 ちなみに当のモテ桶川の下駄箱はしっかりと施錠済み。おれが敢えて施錠していないのは収容場所として開放しておかないと足の踏み場がなくなるくらいプレゼント類が積み上げられて邪魔だからだ。自分あてじゃないにせよ思いのこもった贈り物を足蹴にするのは忍びない。


「ったく、下駄箱に入れないで直接本人に渡せっつーの」


「たしかにね。桶川君いつも次の日に届けに来てくれるもんね。よかったら手伝うよ」


 そう言ってきれいな膝小僧を床につけ、近くの箱を手に取った。きれいな横顔につい釘付けになる。


(ほんと間宮って完璧だよな)


 スッと通った鼻筋に大きな瞳を邪魔しない適度な高さの頬骨、形のいい耳、平たいおでこ、ついでに理想的な頭蓋骨の形。

 真正面から見ると可愛くても横からだと「おぉ……」と思うちょっぴり惜しい美少女はたまにいるけど、間宮はいつどの角度から見ても可愛い。生まれつき可愛い。


 夕陽が差し込む玄関で学校一の美少女とふたりきり。なんだか変な感じだ。


 三個目の紙袋の半分ほどが埋まってようやく回収の目途がついてきたときだ。間宮が思いもよらないことを口にした。


「ねぇねぇ桶川君。いま好きな人いる?」


「好きな人?」


 ぶしつけな質問に抗議する意味で声のトーンをわずかに上げた。けれど間宮は少しも臆することなく頷き、スンと鼻をすする。


「うん。お付き合いしたいなぁって思っているひと、いる?」


 真意が分からない。

 だって、間宮は。


「――いたら、どうなるんだ?」


 長い沈黙の末にそう尋ねると間宮の笑みが深くなった。


「すてきだと思う」


 細い指先で前髪をなでる。

 入学式では腰に届くほどだったサラサラの黒髪も、二年生になったいまは肩でふんわり膨らむボブだ。

 日に当たると毛先が赤くなるのは染色のなごり。昨秋の選挙を経て副生徒会長となったいまでもスカート丈だけは膝上10センチをきっちりキープしている。


 そんな細かいことまで覚えてしまうくらい、おれは間宮のことを――。


「いたけどフラれたよ。さっき」


 口にしてみて初めて、胸がずきんと痛むのを感じた。

 ただの腹痛かと思っていたら結構ダメージ受けてたんだな、おれ。


「……そっ、かぁ」


 「悪いこと聞いちゃったかなゴメンネ♪」とでも続くのかと思ったら、傍に置いていた自分のカバンを引き寄せた。ウサギだかクマだかのアクセサリーがじゃらじゃら鳴らしながら取り出したのは真っ白な箱。

 愛らしいピンク色のリボンが結ばれているそれを、丁寧に両手で差し出してきた。このおれに。


「あげる。一応、手作りだよ。不格好だけど」


 義理チョコか。

 「あぁサンキュー! 義理でもマジ泣くくらいうれしいわー」なんて軽口言って受け取れたらよかったけど、添えられたカードに記された名前はの桶川だ。


「あっごめん。うっかりしてたぁー♪」


 あわててカードを引き抜いた弾みに涙がこぼれ落ちた。

 「あれっ」と不思議そうにぬぐい取る。


 もしかして間宮、フラれたのか?

 幼稚園時代からの幼なじみで、部活も、生徒会も、アイツの近くにいるためだけに頑張った間宮が。


「――あはは、ごめんごめん。仕切り直し。せっかく作ったのでもらってくれませんか、このチョコ。作りすぎちゃって家に持ち帰ってもだーれも食べてくれないの」


 改めてチョコを差し出す間宮だったが添えられた親指が震えている。


「間宮」


「でさでさ、失恋ほやほやの寂しい者同士どうせなら付き合っちゃおうか♪ ね♪」


 笑ってるつもりか。

 そんな笑い方でおれの目をごまかせるとでも思ってるのか。



 ……ちくしょう。


 ちくしょう!


 ちくしょう!!



 バレンタインデーなんで滅んでしまえ。

 報われない恋があると思い知らされる、こんな残酷な日なんて。



「悪いけど受け取れない」


「桶川君?」


「受け取れるわけないだろ。他の男のために間宮が精いっぱい作ったチョコをどんな気持ちで食えっていうんだ。……だっておれ――おれは、間宮のことずっと――」


 失恋したばかりの相手に一世一代の告白をする。なんて間抜けなんだろう。


「――ごめん、ね。さっき言ったことは冗談だから、忘れて……ごめんなさい」


 そうしておれの恋は終わった。

 ……はずだった。

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