第7話 セロアの英雄記②

禍々しいほど赤色で、呼ぶことさえ憚られるーーすべての者に闇を撒きーーこの世のすべてを赤く染めーその双眸はその穢れた力と同じ赤銅あか(ミーア族伝承一部抜粋)


ラースに魔法を教える様になってから、自分の才能のなさに辟易へきえきしてしまう。


この天才と比べてはダメだと頭ではわかっている。しかし、故郷では神童と呼ばれ、人族であれば王宮魔術師と比べても遜色ないと自負していた天狗の鼻はこの5年間でポッキリと折られてしまった。


魔力量はおろか…後1〜2年で技術的にも完全に追い抜かれるだろう。ただ、不思議と焦りはない。


将来、この天才は勇者や英雄と呼ばれる存在になると確信しているからだ。そう考えていると、その天才が話し掛けてくる。


「先生、縁覚魔法は中等魔法まで使える様になりましたが、魔力を込めすぎると細かいコントロールが効かなくなりますね。」


「それはそうですよ。ラースの魔力は規格外です。縁覚魔法ではコントロール出来ませんよ。」


「縁覚魔法ではダメなのですか?高等魔法はより大きな力を使えると聞いていますが、高等魔法でも無理ですか?」


「縁覚魔法は、術者のみでコントロールしなければなりません。爆発させるだけの単純な攻撃魔法なら使用出来ますが、複雑な動きをさせる場合は、術者本人だけでは困難です。」


「それでは、より大量の魔力をコントロールするにはどうすれば良いのですか?」


普通は、限られた魔力をどう効率良く使うかで壁にぶつかることが多いのだが…ラースの場合は大きすぎる魔力の扱いに困っている。


さて、どうしたものかな。精霊魔法を使うと言い掛けて、少し考える。


扱う魔力量が増えれば増えるほどコントロールは難しくなる。そのため、複雑な魔法を使用する場合は精霊魔法を使い、精霊を行使する。


精霊を行使する分、余分な魔力がかかるが、複雑な魔法も複数の魔法も扱える。


ただ、精霊魔法は屋敷では難しい。理由は、単純に精霊がいないからだ。精霊は静寂と自然を好む、契約すればどこへでも来てくれるが、まずはこちらから出向いて契約しなければならないのだ。


契約するなら、屋敷を出なければならない。旦那様の許可も必要になる。


ラースの知識欲は異常だ。精霊魔法を使えばコントロール出来るなどと言えば、今から勝手に外出しかねない。


「そうですね。方法・・はあります。ただ、屋敷では出来ませんのでゼロフィス様の許可をいただいて外出して、練習しましょう。」


だから、先に釘を刺しておく。


「外出して練習ですか?…いつ頃、行けそうですか?」


やや不安そうな上目遣いで聞いてくる…かわいい…騙されないぞ。自分が可愛いってわかっててやってるんだろ。


「許可が出れば明日からでも、はじめたいと思います。準備をしておいてください。」


「はい、わかりました。」


ーーーゼロフィス様の許可はあっさりもらえた。せっかく外出するのだから、丸1日行って来いと剣術の訓練時間を午後から早朝に変更し、遠出するなら馬も用意するとまで言ってくれた。


「これからは、外出する時に許可など求めなくていい。どこに行くか、いつ戻るかを家令にでも伝えてくれれば、どんどん連れ出してくれて構わない。将来、リットラント家の領主となる男だ。色んなことを学ばせてほしい。」

と、これからの許可もいただいた。これからは気軽に外出出来そうだ。


魔法を教えながらも、少しは子供らしい遊びをさせてあげようと思う。


ラースは勉強も魔法も剣術すら大人顔負けだが、遊びが一切ない。休ませるために、昼寝を提案したが目を離すと本を読んでいたため、一緒に昼寝をするようになったほどだ。


熱心なのはいいことである。ただ、遊びがないと面白味に欠ける大人になってしまう。


たまには思い切り遊ばせてみたい。川で魚を取り、その場で焼いて食べさせてみたらどんな顔するだろうか?そんなことを考えていると、明日の外出がたまらなく楽しみになってきた。



ーー翌日、まずは馬に乗る訓練から始める。移動の手段がないと、徒歩で移動することになるからだ。


ラースは馬に乗ったことがないので、大人しい馬を準備してもらった。ただ、そんな気遣いは必要なかったらしい。


まるで何度も乗っている様に、あっさりと乗りこなした。しかも、うまい…乗れなかったら笑ってやろうと思っていたのに…。


とはいえ、これならすぐに出発出来そうだ。ラースに出発することを伝えて、準備をする。


まずは、魔法の訓練をするために精霊が多くいる滝に行くことにするーーーー。



ざああぁあぁぁー巨大な崖から大量の水が降り注いでいる。オースティン最大のルーン滝だ。


「ここには精霊がたくさんいます。感じますか?」


「はい、目には見えませんが、すごい気配ですね。」

ラースの周りには、呼んでもないのに大量の精霊の気配が集まっていた。


「通常は呼ばなきゃ来ないのですが…もう使用に十分なほど精霊が集まっていますね。それでは、気配に向かって心の中で自分に従う様に伝えてみてください。」


「あと、当然ですが魔力はセーブしてくださいね。」

アバウトな説明だが、こればかりは感覚だ自分で掴むしかない。


ラースが目を瞑ると、精霊の動きが規則性をもった様にうねるのを感じる。どうやらあっさりと精霊を従えたようだ。


普通なら何ヶ月もかけて、精霊と交渉するものなのだが…天才ラースだからとあまり驚かなくなってしまった。


「それでは、風の魔法と水の魔法を同時に使ってみてください。」

縁覚魔法なら異なる系統を同時に使うことは難しい。ただ精霊魔法なら割と簡単に出来る。


ラースは左手に水魔法、右手に風魔法を起動し、それを同時に放った。両方とも十分な威力だ。その時、あることに気づいてしまった。


気のせいだと…気持ちを落ち着かせる。

「き…今日の訓練は終わりです。これから半日は私の遊びに付き合ってもらいます。」

そう言い放つと、ラースがぽかーんとしている。


その日は、ラースが疲れて動けなくなるまで、遊び尽くした。はじめ、ラースは渋っていたが、最後には十分楽しんだようだった。


帰り道でふと考える。精霊魔法を使った瞬間…ラースの目が赤く輝いたのだ……気のせいだと思うが不安感と恐怖感が頭から離れなくなった。


赤い目…それはこの世界のすべてを支配し、魔王と呼ばれた男と同じ目の色だったーー

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玉砕大尉の異世界英雄伝 @suguro60

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