4 伝説

 白い炎がアカネの指から舞い、ゆっくりと灯台の篝火かがりびをつける。

 篝火かがりびは大きく燃えると、赤あかと輝いた。


 この時、古代エルフが郷愁きょうしゅうを抱く大灯台だいとうだいに、およそ200年ぶりのが戻った。


 感慨にふけるエルフの火の表情は、白炎はくえんがまぶしくて、はっきりしない。

 ふと、背中からとぼけた声がする。


「アカネまだぁ?

 みんなしがみつくの大変で……」


 白炎はくえんは消え、アカネは会心の笑顔になってふり向いた。


「いま行く! マルコ!」


 少年エルフはあっという間に駆け、灯ろうから外の海へんだ。

 落下する先は、雄大に羽ばたく龍。

 アカネがその背中に着地すると、マルコや仲間が笑顔で迎えた。

 エレノアが、ひもで彼もしばった時。

 翼が風をおこし、驚く仲間をのせて巨龍は上昇した。



 崖の上から、さまよえるエルフたちは一部始終を見ていた。

 大灯台だいとうだいに赤いが戻ると、感嘆のため息があちこちからもれる。

 余韻にひたる間もなく、羽ばたく巨大な龍がはるか高みへと昇る。


 アオイもエルベルトも、そして七色なないろきみも大空を見上げた。

 翼を広げ、巨龍は風のように東へ飛んだ。


     ◇


 王都西区あとの夕方。

 瓦礫がれき運びをさぼる男の子が、夕日を指さし叫んだ。

 慣れない重労働につかれた男や女たちも、これ幸いとわらわら集まる。

 男の子は「見たことない大きな鳥だ!」とわめくが、夕日をながめる大人たちは相手にせず、笑ってひと休み。


 だがやがて、目の良い農夫が引きつった悲鳴をあげる。


「ひいっ! 竜だ! ドラゴンだああぁ!」



 一方いっぽう

 魔法学院アカデミーの魔法使いと生徒たちも、西区の中ほどの瓦礫がれきを魔法で片付けていた。

 しかし、王都グリーとともに魔蛍石まけいせきちからも失った今、古くからの呪文を唱え作業する。

『観念動力』を一から詠唱し、瓦礫がれきを運ぶのは時間がかかった。


 ところが、研究長コーディリアと近くにいた地の霊ノームたちは、異邦人が共通の知り合いとわかると意気投合。

 西区の親方やソーリ、そして若地の霊ノームたちも助けとなる。

 魔力に富む地の霊ノームが唱和すると、たちまち多くの瓦礫がれきが宙に浮いて運ばれた。


 そんな時。


「なにやらサワガシイの!」と、小人の親方が小さく叫ぶ。

 コーディリアが帽子をあげて見ると、西から大群衆が走って来る。

 人びとは悲鳴をあげ、「ドラゴンがきた!」と口々に逃げ惑う。


「逃げて!」と彼女は生徒に叫び、夕日を背にする影を見ると、焼かれる覚悟で詠唱。

 だが、その背の白く柔らかい光に気づくと唇の動きが止まる。口はほころび、夕焼けの赤い光で笑顔が輝く。


 巨大な龍がせまり、民の恐怖と絶叫がきわまる中、コーディリアは懸命に手をふった。

 巨龍は南をぐるっと回り、翼を振り北へと飛び去った。


 地に伏せた者がやっと顔をあげると、研究長は誇らしげに言った。


「探求者の龍です!」



 そして、噂が広がる。

 昔を知る者が「北の探求者が失敗し、災厄の龍が放たれた」と言ったり。

 またある者は「南の探求者が龍を使い、城を襲った」と唱え、そして必ず「なんで?」と問い返された。

 西区の民は南門の天幕で、東区の民は街の酒場でこの噂話を楽しんだがしかし、これらの説はすぐに消えることになる。



 また一方、同じ頃。

 西区あとの南の天幕に、先導者ユージーンが息せき切って駆け込んだ。


急報きゅうほう! 今すぐ外へ!」


 かぶとの副長ほか軍人、さらに城の官吏かんりに囲まれた王女レジーナが立ち上がる。

 一同はあわてて天幕を出ると、思わぬ暴風に目をおおった。


 目の前を、夕日が照らす巨大な龍が轟音ごうおんとともに旋回。彼方かなたへ飛び去る。


 あまりのことに、みな呆然ぼうぜんと立ち尽くす。

 だが龍の背に、夕日を反射する光を見た。


よろいだ! 騎士がのってる!」と誰か叫ぶ。


 周りがどよめく中、レジーナとユージーンは目を合わせ、微笑ほほえみ合った。


 二人にはほかの仲間もわかったのだ。


 群青色の法衣ローブがはためき、白い光をかかげるアル。火色髪のアカネとしがみつくバール。

 そして、水色の髪が風でなびくエレノア。


 ユージーンはさりげなく近づいて、王女にひそひそと耳打ち。


「ストラグルですね……」


「リリーだよ」


 レジーナは子どもっぽい笑みを返した。


 ユージーンはしかし、ざわめきがやまない周りを見てまゆをひそめる。


「……どうします?

『王都を救った客分騎士が、害龍がいりゅうも制した』などと布令ふれを出しましょうか?」


 そう聞くと、レジーナは面白がって瞳をひらく。指をんで考えた。


「何があったのかわからない。

 でも、知ってることに想いをのせよう。

『王都を守った異邦人は、今は探究者の仲間とともに龍を安らかな地へと導いている』」


 輝く瞳で言うレジーナへ、ユージーンは優しい笑みを浮かべ、うなづいた。



 こうして、この日の出来事は語り継がれることになる。


 実のところ、仲間は振り落とされないよう龍にしがみついていただけだったが、人びとはそれを知らない。

 なので王都の人は自説をまじさまざまに唱えたが、あの恐ろしい龍を使う異邦人と探究者の一行に、みな畏怖いふの念を抱いた。


 みやこの守りにおいても、王女の軍や魔法学院アカデミーと並び、彼らの働きがあったと噂された。

 さらに合戦で兵を恐怖におとしいれた神の悪意、マリスを異邦人が運んでいることが知れ渡ると、噂話は沸騰ふっとう

 その神秘にかれた人は、異邦人のつとめこそがかぎだった、と訳知り顔で語りもした。


 このようなわけで、異邦人マルコ・ストレンジャーの名は、すでにアルバテッラの伝説となったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る