2 大灯台の対決

 アカネの手から白い炎が舞い上がり、灯台の扉をおおう氷がける。

 だが彼は眉をひそめ、思いきって取っ手を引く。

 扉はすんなりと開いた。


「もう、あいてた」


 言うと、中に体をすべり込ませる。

 マルコはじめ仲間は、あわてて後に続く。

 ざあと波音がたえない外の世界から、静かに隔絶かくぜつされた灯室とうしつへと侵入した。


     ◇


 中はひんやり肌寒かったが、マルコは今、汗をかく。


「ハァ……まだかなぁ。

 けっこうのぼったけど」


 仲間は、灯室とうしつ内壁に沿って続くらせん階段を、ずっとのぼっていた。

 途中は何層も床があり、ぼうとした明かりが上からそそぐ。

 アルが持つ神の善意、グリーの柔らかい光が石造りの壁と床を照らす。

 はじめは床も慎重に調べたが、こわれた家具のようなガラクタしかなかった。

 だからひたすら、最上階のとうろうを目指している。


 若ドワーフがマルコに答える。


「……もうすぐだ」


「あぁ」とアカネも応じた。


 階段で次の床を抜けると、マルコは明るい天井を見上げた。

 真上は円の形に光るが、光は半透明の氷雪を通って、青白い。

 その柔らかい光はグリーの光にも似て、「まるで神の善意の光だ」と彼は思った。

 ふと仲間の視線に気づき、首をふって我に返る。


「それじゃ、作戦どおりに」


 そう聞くと仲間はみな、力強くうなづく。

 一歩一歩、踏みしめるように最上階へ向かった。


     ◇


 灯台のてっぺん、とうろうはまるで城の広間のように大きい。

 周りは氷雪の壁で、柔らかい光で満ちる。

 中心にきらめく氷の柱がある。中に、火のない篝火かがりび置き場がけて見えた。


 その根元に猫背の老人がしゃがむ。

 ふうと彼が息を吐いたとき。


 階段口から白い炎のかたまりねた。

 どたどた駆け上がるドワーフは、円盾まるたてをかかげアカネを守る。

 群青色のマントをなびかせ、騎士もおどり出た。


 マルコは両手で大きなマリスを前に叫ぶ。


「お前の相手は、僕だ!」


 だが、たまごのマリスはブルブルッと震えた。

 さらにグリーを輝かせるアル、水色の髪が波打つエレノアもあらわれ詠唱。しようとしたのだが、敵の姿を見ると、はっとした。


 柱のかげから、醜い老人があらわれる。

 のんびりだが、まだ、とてもよく通る声。


「おやまあ。おそろいで」


 マルコは唖然あぜんとする。

 声は確かに古代こだいひと。だが、髪は抜け紳士の面影おもかげはどこにもない。

 そこには、背中を丸め、あらわな頭皮がただれ、火傷やけどした顔の異様な老人がいた。



 背後でエルフの火が氷雪をかすあいだ、マルコは老人となった古代こだいひと片手半剣ハンド・アンド・ハーフを向ける。


「責任を……とってもらう」


「どうやって?」


 老人はおかしくて仕方ないように体を曲げ、笑った。

 マルコは王都西区の悲惨な光景を心に浮かべ、勇気を出す。


「もう、わざわいを断つために、この剣で––––」


「無駄ですよ」


 すかさず老人が口をはさんだ。

 アルのよく通る叫び。


「耳をかすなマルコ! 奴の言葉はたくみだ」


 そうは言ったものの、アルも戸惑った。

 作戦では有無を言わさずたまごのマリスにってもらうはずが、震えるだけで攻撃しない。

 となりのエレノアもいやしの術を準備するが、瞳が揺れる。がふと、目を見開いた。


 骨と皮の指をふり、古代こだいひとが語る。


「『たまご』は食あたりでしょう。

 我らは神の悪意そのものではないので。

 ですが、たとえったとて同じこと」


「え?」とマルコは、続きが気になり剣をおろした。

 老人はしたり顔で続ける。


「例えば小指、いや黒い血の一滴でもいい。

 いま私の欠片かけらが残れば……どうなるかわかりますか?

 異邦人」


「えぇ? どうなるの?」


「再生するのです!

 この世に神の悪意がある限り!

 時間はかかりますよ。それはかかりますとも。

 前の美しい姿に戻るまではね。ですが」


 マルコは老人の口が裂けていくのを凝視ぎょうし


「私は気長に待てるのです。

 人をうまでね。

 マルコ、あなたに私を消すことは、決してできない!」


 老人の顔半分が開きけ物の口となるのを、マルコはただ呆然ぼうぜんと見つめた。


 その時。


 白い炎が床を舞い、炎のこぶし古代こだいひとをなぐる。

 だが老人とは思えぬ俊敏さで彼はよける、回る腕も、りも。

 それでも、差し込む外の光に気づくと目を細め、白い炎が燃え移ったマントをはらい、柱の陰にのがれた。


 白炎に包まれたアカネは、一瞬でマルコに駆け寄る。


「なにボーッとしてんだ!

 しっかりしろマルコ!」


     ◇


 それより、ほんの少しだけ時を戻し。

 巫女みこエレノアは、耳元でささやく声を聞いた。


「エラ。残念だがそろそろ頃合ころあいだ。

 われとアルを、柱のそばへ」


 巫女みこは反射的にアルの腕を引っ張る。

 アルが鋭い目を向け、エレノアはこわごわと、肩にのる小竜を見た。


 赤いトカゲはまばたきもせず、爬虫類の瞳を開いた。


 二人と一匹は、マルコと敵の会話をよそに氷柱の反対側に忍び寄る。


「アル、投影しろ。ナサニエルの湖が開く」


 とたんアルはかされるように詠唱。大杖のグリーが輝く。


 すると、灯ろうの氷柱に、驚くナサニエルの顔が縦にゆがんでうつった。

 となりから、やはりゆがんだ笑顔のルアーナが手を振る。


 アルとエレノアは愕然がくぜんと目を開くばかり。

 小竜が柱の鏡面に羽ばたくと、ゆがんでうつるナサニエルが、手で印を組み何か唱えた。



 トカゲはふくらみ、肉が盛り上がる。凶悪にとがった赤黒いうろこが並び立つ。

 急速に伸びる尾。

 灯ろうが狭くなる中、苦しげにあげる顔。

 黄色い瞳の下に、あやしげな黒石が点々と浮かぶ。

 火龍は真紅しんくの口を開き、空気を震わす咆哮ほうこうをした。

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