1 追跡

 わずかなまどろみから目覚めざめると、かされるようにマルコは身を起こした。


「ハッ」と吐く息は白く、目の前をただよう。

 しんと冷えた辺りは、夜明けの森。

 正面の木の根元で、ずんぐりとした身体からだも身を起こす。

 明るい灰色髪の者は大あくびして、暗がりの中、マルコに向けあごをしゃくった。

 その先にマルコが目をやると、白く、柔らかい光に包まれる魔法使いがいた。


 大杖を両手で持ち杖先の宝石が輝く。

 声はいくつにも重なって聞こえ、白い雲が石を取り巻く。


 するとマルコは、自分の身体からだ白雲しらくもが取り巻いていることに気づいた。

 雲が消えると異邦人は再生され、活力がみなぎり思い出す。


 グリーで召喚術を唱えた魔法使いはアル。

 休息を終え、目の前で火を起こす若ドワーフはバール。

 彼らをマルコが先導し––––いや、たまごのマリスにかされ––––、合戦かっせん後も古代こだいひとを追って暗い森を抜けここまで来た。


 アルが森の向こうを大杖でさす。


「マルコ、あれは、西の大灯台だいとうだいだよ。

 古代のエルフがつくった」


 マルコが樹々きぎの間を見ると、朝のはじまりので、白く丸い屋根が浮かび出す。


 マルコは思い出した。

 彼ら仲間は、西のさいはての海にのぞむ大灯台だいとうだいに宿敵を追い詰めたのだ。


     ◇


 王都を守る大合戦は、防衛軍の勝利に終わった。

 夜明けと共に魔軍は滅び、西区の人びとと兵は、戦場あとで祝勝のうたげを開いた。

 翌日には、王女レジーナを中心に人びとは早くも王都西区の復興に乗り出す。


 そして前に進む第三の民は知らなかった。

 次の晩も魔軍の生き残り、つまり首謀者の古代こだいひとを追跡する者らがいたことを。



 だが、うたげの間も日がな一日、彼らを探す者がいた。

 満月の巫女みこエレノア。

 彼女は、王都西のれ森で泣き叫んでいるところを、火色髪ひいろがみのアカネと再会。


 彼は音もなく目の前に飛び降りると、巫女みこの肩にのる小竜をにらむ。


「なんでトカ……リリーも一緒なんだ……」


 と呆然ぼうぜんとした。


 それから翌朝にかけ、少年エルフの導きで彼らもたどり着いた。

 旅の仲間5人と一匹は、大灯台だいとうだいの前で合流したのだ。



 背が高い橙色オレンジの髪が日に輝くのを見ると、エレノアは灯台へつづく桟橋さんばしけた。

 ころびそうなエレノアを、アルは柔らかく抱きとめる。

 赤いトカゲは驚き、宙に羽ばたいた。


 彼女は彼の胸で嗚咽おえつする。


「ウッ……ずっと……さがして……心配で」


「……心配させて、ごめん」


 アルは優しく、彼女の水色の髪をなでた。


 その前を、頭の後ろで手を組んだアカネがてくてく歩く。


「マルコ! バール! なーんでこんなとこまで––––」


 とたん、若ドワーフのバールが「シー!」と口に指を当てる。

 灯台の扉を指さすと、エルフに耳打ち。

「ふんふん」とアカネはうなづくが、急に鋭い目で顔を上げた。

 中に古代こだいひとがいると知ると、彼は問う。


「マルコ、ついに対峙たいじするのか?

 ……って、なにやってんだ?」


 マルコはお尻を向けて、海に向かって何かを振っていた。あわててふり返る。


「見るな! あ……ちょっと待って」


 そう言われると見ずにはおれないアカネとバールは、すぐさまマルコのとなりに並ぶ。

 とたん二人は顔をしかめた。


「あー!」となげくマルコがにぎるのは、人の頭ほどの黒石。

 神の悪意、マリスと呼ばれるその石は今、「おええぇぇ!」と口を開き、海に向かって黄色と茶色の液を吐いていた。


 マルコが真剣な顔で言い訳する。


古代人こだいじんを食べたら、消化に悪かったみたいなんだ!」


 アカネとバールは一瞬顔を見合わせ、気味が悪そうにマルコを見つめた。


     ◇


 新春の日の大灯台だいとうだい

 仲間はいよいよ、突入を決意しようとしていた。


 あきらめきれないエレノアが、念を押す。


「待っても……もう誰も来ないんだよね?」


 アルはほろ苦い笑顔で、胸元から携帯杖ワンドを取り出し振った。

 おとといの晩まで青く光っていた『紺碧こんぺき雷鳥ライチョウ』の携帯杖ワンドは、まるで光を失っていた。


「王都グリーが消失したから。リアに連絡もできない。

 それにたぶん、彼女たちは追撃どころじゃないだろう」


 アルが言うと、マルコとエレノアは王都の仲間に思いをはせた。

 王都のグリーがなくなった影響は計り知れない。

「レジーナは大丈夫かな」と、マルコは心配した。


 だがアルは、口をゆるめマルコを見る。


「それでもマルコ、私たちだけでも決着をつけたいんだろう?」


「もちろん! マリも確かめたがってる。

 ……作戦は……ないけど」


 とマルコの返事は尻すぼみ。


 しかし、髪が白炎はくえんに輝く『エルフの火』、アカネが立ち上がる。


「なら急いだ方がいい。日があるうちに」


 白い大灯台だいとうだいはるかな高みを見つめる。

 仲間はみな、大灯台だいとうだいに詳しい古代エルフの言葉を待った。

 彼はつぶやく。


「ここは、随分ずいぶん昔に封印された。

 魔が使う『万年雪まんねんゆき』でな。

 けど、俺の火でかせば……」


 アルが立ち上がる。


「日の光が差し込む! いいぞアカネ!

 いけるよ、マルコ!」


 真昼の日の下、みな笑顔で立ち上がる。

 巫女みこの肩で赤いトカゲが驚き、羽ばたいて「きゅるるるうぅぅ!」と不満げな声。

「あ! ゴメンゴメン」と言ってエレノアが笑うと、つられてみな笑った。


 空から見ると、大灯台だいとうだいの屋根全体が半透明の氷雪でおおわれている。

 中で、人の影が動いた。

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