20 夜明け

 時を戻し、未明の岩山の下。


 ひとり待つアカネは、戦場を遠くながめた。

 魔軍の裏手から、アルのグリーの光が飛び出す。そばで馬を駆るマルコを見て、アカネはほっとした。

 あとは軍の進撃に合わせ、火をつけねば。

「けど大丈夫かぁ?」とアカネは、防衛軍に目を向ける。

 王都グリーも松明たいまつも消えて、ひっそりしている。


 しかし、彼の目は南から戦場へ入る光の列をとらえた。

 驚いて目をこらす。

 行列の先頭は、霊化したアオイだ。

 月のように白い光を放ち、それに髪が伸びている。

「あれは……アオイの月?」ともらし、その輝きを浴びて人々が立ち上がるのを見た。



 しばらくすると、アカネは待つのに飽きてしまった。

 これから駆け抜け、魔軍の裏手を白い浄化の炎でふさぐ。のだが、彼方かなたまでひとりで走るのかと思うと、やる気がでない。

 のけぞって夜空をあおぎ、なげく。


「あー! 火をつける助けがいればなあ!」


 それは、最上位の火の霊『エルフの火』のはつ眷属けんぞく召喚しょうかんとなった。


 南西の星がきらめき、白い火球がせまる。

 見開くアカネの目の前で、炎のかたまり轟音ごうおんをたて落下。彼はうしろにころんだ。


 驚く顔を上げると、地面の穴からのそりとけものが姿を見せる。

 まばゆい白炎はくえんが全身をつつむ。たてがみをゆらし、咆哮ほうこうが空気を震わす。

 獅子ししだ。


 アカネは驚愕きょうがくし、白い獅子ししを指さす。


「お、おま、おまえ」


われ神獣しんじゅうの王! 天翔あまかける霊獣れいじゅう!」


 獅子ししは胸をそらし、ひどくえらそうだ。

 アカネは戸惑うばかり。


「チンジューオー?」


「違う! ……ネメアー。そう呼ぶがいい。

 それで……さっそくだが何をしたい?」


「え?」とアカネは眉を上げる。

 獅子ししネメアーは顔をしかめ、えた。


「呼んだであろう! 我の上の、ガゥッ!

 使役しえきはなんだ?」


 気位きぐらいが高い上位の火の霊ネメアーは、それきり語らずそっぽを向く。


 途方に暮れたアカネは、白く燃える獅子ししをしげしげながめた。

 そのたくましい背と、座る草まで白く焼く姿を見て、ニヤリとした。


     ◇


 夜明け前の防衛軍は、中央のへこみに魔軍をとらえた。

 左右は奥まで騎兵が展開。

 あとは魔軍の裏に火がはしれば、参謀ベラトルがえがく大包囲ができる。

 ちからが戻った中央軍が、進みだした。



 再び舞う松明たいまつの火の粉が、ベラトルのつかれた笑みをてらす。

 彼は、かぶと副長ふくちょうにへらへら命じた。


「ふくちょー! 右の包囲があまい。

 ここは王女に任せ、うちらは右陣に回る」


 副長ふくちょうは驚きかぶとを向ける。


「右? あんたのあしをそんなにした貴族どもを、助けにいくのか?」


 するとベラトルは、自分の不自由なあしを少しながめ、やはり気の抜けた笑顔を上げた。


「こんなときですから、はあ。

 ……仕方ないですなあ!」


 かぶとが一瞬、かたまる。

 だが腹に手をあて、ゆれだした。

 おかしくてたまらず、副長ふくちょうかぶとの下で笑っていた。


     ◇


 魔軍の背後のれた森。

 バールは、遠く防衛軍に目をこらす。


あかりがゆれてる」と言い、「進軍かも!」とふり返った。

 しかし、マルコとアルはぽかんとした顔を横に向けていた。


 バールも同じく、南を見て叫んだ。


「ぁぁぁあああああ?」


 白く燃える獅子ししにまたがり、炎をなびかせアカネがぐんぐん近づく。

 マルコは興奮してアルの腕を引っぱる。


「アル! あれライオンだよね?」


 だが探究者は凝視ぎょうしするまま。初めて見る、恐ろしい獣物けだものだ。

 アカネと獅子ししは、草も枯れ木も浄化の炎で燃やしながら駆けた。

 仲間に手を振り、通り過ぎる。


「これでかこんだ! 一人もにがすなあぁぁぁ」


 腹に響く獅子しし咆哮ほうこうも過ぎ、白い炎の壁が立ち上がった。

 マルコも笑顔でアカネに手をふると、アルとバールにふり向く。


「僕らは、火を越える古代人こだいじん、倒す!」


 言うと異邦人は、暗い袋からたまごのマリスを取り出しはじめた。


     ◇


 王都防衛の夜が明ける頃。

 アカネの白炎は魔軍の裏を一気に横切り、壮観な包囲網ほういもうが完成した。


 魔軍の両端も正面も、防衛軍の松明たいまつ隙間すきまなくふせぐ。

 逃げ道もふさがれ、もはや大混乱の敵を、包囲陣が追い詰める。

 しかし急がなかった。

 なぜなら、日が昇れば、魔物は死滅するのだから。


 ここに参謀の策は仕上がり、先導者が導く勝利はもう間近だった。



 白い炎の壁の先では、マルコたちが死闘を繰り広げた。

 白い火だるまになって飛び出すオーガ岩鬼トロール、賊は相手にせず、古代人こだいじんねらう。

 マルコは片手で剣を振り、左手からマリスの口を伸ばす。たいてい、古代人こだいじんった。


 アルは思わず目をそむける。

 すると突然、マルコが絶叫。


「アル! バール! あいつだ!」


 アルが顔を向けると、白く燃えるマントが恐ろしい速さで駆けるのが見えた。

 それをマルコが追い、遅れてさらにバールが追う。


「待って!」とアルが手を伸ばす。

 だが彼は、白い息を上に吐いた。

 見上げると、空が明るい。

 夜明けが来たのだ。


     ◇


 新月の闇は明けて、アルバテッラの東から日がのぼる。

 西のさいはての海をてらし、森を越えて、戦場をさらした。

 累々るいるいと続く魔物の死体。賊の死体もあるが多くは捕虜となった。


 からくも勝った兵は、座り込む。

 王都は守れたが、グリーはなくなった。

 みなかちどきをあげる元気もなかった。



 満月の巫女みこエレノアが、朝日が差す戦地を走る。

 つとめは残るが、神官に任せた。

 アルたちに今すぐ会いたかったのだ。


 背中から翼の音がして、小竜が肩にのる。

「あなたも?」とエレノアはリリーに笑顔を向けた。

 すると前から、楽器の演奏が聞こえる。

 見ると、戦車をおりるレジーナがいる。

 ユージーンとコーディリアも背を向けて、何かを見つめる。

 巫女みこも追いつき、瞳がひらいた。


 朝日で輝く第一の民が、うたう。

 アオイや七色なないろきみ、エルベルト。

 さまよえるエルフたちが、みやこを守りきった第三の民を祝っていた。



さあ! そとに出て

思いのたけを 声にして

うたおう! おどろう! いろどろう!

我らをてらし いつくしむ

笑い楽しむ こころのままに



     ◇


 名も知らぬ娘が、あせた服で南の城壁前を歩いていた。

 日が差すいくさあとに出ると、歓喜の声をあげ、くるりと回る。服はまぶしい金色こんじきに反射し、髪は若葉の緑に光る。


 エルフのうたに誘われて、避難所の天幕から西区の民が次つぎ飛び出す。

 もとより神の善意が届かなかった人々は、朝日でちからがあふれ、いくさあとに駆け出して様々な色に輝いた。


 天から見ると、黒ずんだ戦地に色が集まりまばゆい光が広がってゆく。

 それは勝利の笑顔と言祝ことほぎのうたとともに、大地をあざやかにいろどっていた。


 神の御心みこころのままに。

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