19 王都防衛戦11 満月の加護

 魔軍の首謀者、古代こだいひとが集めたマリスは巨大神ティターンんだ。

 だが王女レジーナは、王都グリーでんだ巨大な剣でそれをつらぬいた。

 神の悪意と神の善意はせめぎ合い、互いを消し去る。

 残った悪意の欠片かけらを、異邦人マルコが持つたまごのマリスがい尽くした。

 そうして、防衛軍が目にする光は、夜空の星だけとなった。



 王都グリーがない暗がりで、レジーナの手をユージーンとコーディリアがにぎる。

 王女は二人の微笑ほほえみがかろうじて見えた。

 声がうまく出せず、なぜか気力がでない。

 ともといるのに、さみしくて仕方がない。

 これまでそばにいた大いなる何かが、離れ去ったのだ。

 見ると、左右で微笑ほほえむ二人も、涙を流していた。


     ◇


「まるで……ホロホロ鳥の卵みたいだ」


 探究者グリーがてらすマリスを見て、アルがこぼした。

 マルコが両手でつかむ黒石は、卵のようにつるんとしている。だが、人の頭ほどに大きくなっていた。

 それを暗い袋にぎゅうとつめて、マルコが答える。


「ホロホロ鳥、って南の森の?

 こんなに大きいんだ……」


 魔軍に囲まれているのに、のんきな会話の探究者と異邦人に、バールは苛立いらだった。


「今はいいから。

 マルコ、次はどうする?」


「いったん森まで退こう」


 マルコの返事でバールはいそいそ馬に乗るが、アルは間の抜けた顔。


「そ、そのあとは? どうするの?」


 軍馬ココにさっそうとまたがるマルコは、きっぱり言った。


「アカネの火を待つ」


     ◇


 この時、古代こだいひとは道がいくつかあった。

 グリーを失い気が沈む敵に対して、魔軍を率いて襲えばみやこおとせただろう。

 だが、奪い返すはずだったやみほしは、もうない。


 あるいは裏手うらて目障めざわりな異邦人をってもよかった。少しは気が晴れ、そのまま逃げられた。


 しかし、彼はいずれも選ばなかった。

 彼はいま、牢獄ろうごくの術からやっと解放されたあわれな闇のエルフを抱きかかえていた。


「アン、目をおさまし。アン!」


 呼びかけに、アニヤークはうつろな赤い瞳を開く。

 古代こだいひとが、ほっと息を吐く。


つらかったね。もう家に帰るときだ」


「おじ……さん?」と少女の唇がふるえる。

 紳士に立たせてもらうと、ふらついた。


「あぁ! 気をつけて。

 さ、あそこへ転移を。すぐ地中に戻れる」


 古代こだいひとが指さす先を、アニヤークはぼんやりながめた。

 王都の北、いまでもイチョウが黄色い森の向こう、灰色の山の稜線りょうせんが見える。


だよ」


 そう語る顔をアニヤークははじめて見た。

 紳士の面影おもかげはすでになく、星がてらす老人の顔はしぼみ、しわだらけだった。


     ◇


 軍のあかりは消えて、数十万の兵はつかれて座り込む。

 対する魔軍も、動きがない。


 オーガは野生に戻ったように、鼻を鳴らし匂いを嗅いだ。賊の人間はみな、へたっていた。

 だが神の悪意の呪縛じゅばくがとけたオーガは、やはり野生のままに、敵味方なく人を見るとよだれを流す。


 しかし。

 南の光に気づいたオーガから、四つ足になって逃げ出した。



 はじめ波が聞こえた気がして、傭兵隊長のメルチェはその行列に気づいた。

 光を放ち、陣中を通り過ぎる。

 一角獣に乗った少女を先頭に、静かに何か唱える者らが前線へと歩いて行く。

 その列だけが、満月に照らされたように、白く輝いていた。



 天から見ると、横に広がる防衛軍と魔軍の境目に、光の列が左から入ってくる。

 光の波が届いた人々は次々と立ち上がり、魔物は清い光をさけて逃げた。

 行列はまばゆく、月のように優しく、人を照らしていた。



 王女も先導者も研究長も無言でながめた。

 左手から、広がるあおい髪をらし、一角獣ユニコーンに乗る少女が近づいてくる。

 三人はそれが誰かを知らない。

 水にゆらめくような姿に見惚みとれるがふと、目を見開いた。

 レジーナの瞳にもそれはうつる。

 戦場が壮大な海原うなばらに変わり、その水面みなもにはこうこうと満月が反射した。



 後陣の巫女長みこちょうサチェルと月の巫女みこエレノアはさらに見えた。

 輝く行列が大勢をいやしているのは、まさに月の加護だ。

 エレノアはあまりのちからに驚き、先頭の少女がアカネの双子のアオイと気づく。


「あの子……! どれほどの霊力を––––」


 途中で、エレノアは驚愕きょうがくした顔を夜空へと向けた。

 となりでサチェルも驚き、そして、喜びがあふれる顔を見せる。


「あなたにも、あれが見えるの?」


 その時、霊力に満ちた者には、新月の空に輝く満月も見えたのだ。



 エルフの水となったアオイは、白く光る目を遠くエレノアへ向ける。


「大変なの。あなたも手伝って!」


 瞳が放つ光が、巫女みこエレノアをつらぬく。

 巫女みこは両腕を開き、全身を震わせ絶叫。

 胸のメダルが金に輝く。欠けた部分がち満月のメダルとなる。

 天から見ると、さまよえるエルフの行列に加え、エレノアが発する光の円が広がった。


 エルフの水、アオイの心に宿やどした満月が、神の善意をなくした人々をいやしていた。


     ◇


 夜明け前の王都。

 空中庭園。


 リリーと呼ばれる赤いトカゲが、爬虫類はちゅうるいの瞳を開いた。

 小さくあくびして見回すが、誰もいない。

「そうか、いくさか」と思い出した。


 くんくんと鼻先を上げ、天幕から外に出る。

 この匂いは、かつて北の火龍ストラグルの頃にかいだ月の巫女みこ。それも、生まれたての満月の巫女みこの香りだ。

 リリーは翼を広げ、匂いをたどってみようと羽ばたいた。


 小さな竜は風を切り、西区あとを越える。

 大勢の人間がつどう荒野を見下ろすと、無数の松明たいまつがどこまでも続く。


 満月の加護でちからを取り戻した兵の、最後の進軍がはじまっていた。

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