18 王都防衛戦10 神の善意を使う人

 巨大神ティターンは腰をかがめ、本陣前の極光オーロラを引き裂こうとした。

 周りは、百もの古代人こだいじんがマリスを手に宙を舞う。

 それらがはなつ紫の雲が、悪意に目覚めた第三の神を再現。

 テテュムダイの大いなる悪意は、防衛軍の一人ひとりの心を傷つけていた。


     ◇


 レジーナは、夢を見ていた。

 目を閉じれば、新年の日のマルコの笑顔がありありと浮かぶ。

 笑う前、異邦人は細長い剣を振った。


 そう。

 その剣先が、長舟ロングシップのようだった。

 場面は変わり、大河をくだる長舟ロングシップを彼女は横から見ていた。

 マルコや仲間が必死にぐのがおかしい。

 船を抜くとき目にした鋭い船首は、まさに巨大な切っ先。


「超巨大な剣」というのなら、長舟ロングシップも大きくなければ。

 河から飛び立ち天を駆け、そらにも浮かぶ、巨大な船。


 そんな剣。


     ◇


 空の異変に最初に気づいたのは、傭兵隊長メルチェ。

 長いいくさでも円陣をたもち、魔軍の左に展開していた。

 ふと、彼は馬を止める。

 王女の戦車がある北東の空が妙に明るい。副長に大声をかけ、指さした。



 後陣のエレノアと巫女長みこちょうサチェルは、そろって真上を見上げる。

 天をおおう白い雲が、細くなる。

 清浄な光にいやされ二人の顔がほころんだ。



 本陣のユージーンとコーディリアも、首が痛むほど見上げた。

 なんとか、白雲しらくもの先端がとがるのがわかる。

 ユージーンが前を見ると、白い兵はもういない。

 とがった雲は、巨大神ティターンへと向いていた。



 防衛軍左陣、傭兵隊のさらに南に、第一の民の集団がいた。

 さまよえるエルフだ。

 七色なないろきみは遠くの空を見つめ、ひとごと


「ロムレス……見てる?

 貴方あなたの子らが、あの星を使うわよ……」


 おだやかな顔でふり返ると、呼びかけた。


「我らの精霊よ、もう間もなくです」


 女王が見つめる暗がりで、長い碧髪へきがみがうなづくように揺れた。


     ◇


 魔軍の左奥の、岩山。

 仲間は驚愕きょうがくしてながめた。

 王女の戦車の上に、恐ろしく巨大な、白い雲が立ち込める。

 雲は長く、細い、優美な曲線を描く。


「まるで、巨大な船のようだ」とバール。

 だがマルコは、瞳を輝かせた。


「あれが、レジーナの剣だ」


 ふいに腰にまた手を回すと、彼はあせって仲間を促す。


「僕らも行こう! マリがかす……あ!

 持ち場に向かうときだ」


「ええ?」とアカネのしぶる返事。

 それでもマルコは、少年エルフと若ドワーフの肩に手をあて、せきたてる。

 アルはぐずぐずとして、本陣の白い巨剣をまだ見ていた。


「使い切って……しまうのかい?」


 誰ともなく言うと、探究者もあわててマルコを追った。


     ◇


「お……重い」


 目をつむる王女レジーナは、額に汗してつぶやいた。

 真上に浮くのは、白雲しらくもの超巨大なやいば

 切っ先は、極光オーロラをこじ開ける巨大神ティターンへ向いたままだ。


 コーディリアがとなりで気をもんだ。


「発動を……。

 次はあるじの意志で、剣を飛ばす発動を」


 すると、先導者ユージーンが立ち上がる。

 法衣ローブひるがえし、後陣へ向いた。

 王都グリーの加護で、大音声だいおんじょうを発す。


すべてのひとぐ!」


 呼びかけは、全軍にひびいた。

 ベラトルと副長ふくちょうが戦車の上で立ち上がる。

 逃げた歩兵も思わずふり返った。

 左右に散った騎兵も馬を返し、巫女みこいやし手も注目。


 先導者はげた。


「お導きのとおり、我らを襲う悪意を、討つときが来た!」


 不安げな人々の表情が、戸惑う。

 大音声だいおんじょうは続く。


「発動を!

 われらの意志いしで、かみ善意ぜんい発動はつどうせよ!」


 静まり返った軍の中から、「発動」とささやく声がした。

 そよ風のような声はすぐに強風となって、大気を変える嵐となる。


「発動せよ!」



 コーディリアは、驚愕きょうがくして天をながめる。

 白雲しらくもの巨剣が、少し、前へずれた。

 彼女の耳に、ときの声が反響する。


「善意を発動せよ!」



 その時。

 ついに極光オーロラを広げ、巨大神ティターンは崩れた右脚みぎあしを入れる。

 だがその一瞬、人の想いは一つになった。

 すなわち神の悪意を防ぐため、神の善意を使おうと。


 巨大神ティターン隙間すきまを広げ、上体をくぐらせる。

 刹那せつな、白く輝く壮大な剣が、深々と胸板に刺さった。


     ◇


 二騎の遊撃騎馬が、闇の荒野を疾走する。

 探究者のグリーが輝くと、白い光が魔軍の裏手を照らし出す。

 マルコは片手半剣ハンド・アンド・ハーフを振り回し、右に左にオーガを切りひらいて駆けた。


 アルが問う。


「どこまで行く?」


 異邦人は肩越しに答える。


超巨大人ちょうきょだいじんのうしろ! 見えればいい!

 バール! 方角は?」


「合ってる!」と、アルの前に座るバールが応じ、いしゆみを敵にった。


 マルコはひとり馬を駆る。エルフの火となったアカネは、すでに持ち場に向かったのだ。


 アルは、マルコのうったえを考えていた。

 巨剣が巨大神ティターンをつらぬけば、神の悪意の石が散ってしまうと異邦人は言った。

「本当に?」とあやしんだ時、前方の巨大な背中に、縦に白く輝く線が伸びた。


     ◇


 星が照らす大地で、巨大神ティターンは天まで巨体をのけぞらせた。

 断末魔の叫びがとどろく中、白く鋭い巨大剣がゆっくり胸に沈み、切っ先が背から出る。

 しかし善意と悪意がもたらす矛盾むじゅんが巨神の中で爆発し、互いの存在を打ち消した。


 古代人こだいじんらがあわててを飛び交う。

 魔者まものが手に持つマリスは、一つ、また一つと砕け散る。

 風が欠片かけらを運び、その先に、たまごのマリスをかかげる騎兵がいた。



 渦巻く暴風。

 アルのグリーに照らされマルコは、両手でマリスを高く上げる。

 黒石は円形に広がり、異邦人の背中の円盾まるたてに似ている。

 しかし、上から見ればそれは大きな口だ。

 紫の欠片かけらを吸い込んでは、喜んでむしゃむしゃった。



 本陣のコーディリアは異変に気づいたが、しかし口にはしなかった。

 王女の背後の王都グリーが、みるみるちぢんでいく。

 神の善意を悪意にぶつけて、思いもよらぬことを恐れるが、見届けようと前を向いた。



 巨大神ティターンはひざまづき、白いやいばが沈むごとに身は縮んだ。


 閃光せんこうがはじけるまぶしさで、多くの者らが直視できない。

 だが全て終わって顔を上げた時。

 王女の戦車の白い光も、空にかかる極光オーロラも敵の上を飛んだ紫の光も消えた。


 ただ空は変わりなく、星が輝く。

 そして、祝福を失った人々はもはや立てず、その場でひざまづいた。

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