17 王都防衛戦9 ティターン

 夜半やはんを過ぎた王都防衛。

 王立軍を上から見ると、真ん中がへこみ左右の騎馬隊が魔軍をおおいはじめる。

 だが中央本陣前の戦いは、熾烈しれつを極めた。

 魔法学院アカデミー研究長の魔法で、極光オーロラ古代人こだいじんはばむ。


 しかし、魔軍では百もの紫光しこうが雲をはなち、天へのびる巨体がたたずんでいた。



 魔軍の左奥、岩山の仲間は一望できた。

 バールが語る。


「あれは、マリスを持つものたちだ。

 それをかかげてなにか、空をおおうなにかが生まれている」


「超巨大な、魔物だ!」


 とアカネが応じた。

 マルコは、不安げな顔でアルを見上げた。


「なにが……始まろうとしてるの?」


 その時、アルの青い携帯杖ワンドがまたたく。

 コーディリアの必死な声が響く。


「アル? 敵が何を召喚しているか、そちらからわかる?」


 その場のみな、探究者に注目。


「う……ん」とつぶやくアルは、空の下に徐々に形作られるそれから目が離せない。

 声が、震えた。


「あれは……巨大神ティターンだ……」


     ◇


 本陣、王女が座る戦車の周り。

 光の幕の向こうで、紫の影が立ち上がる。


 防衛軍はみな、口をけ天を見上げた。

 そして、逆らってはならぬおそれをいだく。

 本能に従い歩兵は、一歩、また一歩とあとずさり。


 第二の民ゴードンは、恐ろしく巨大な人形ひとがたがぼんやりとしか見えずうろたえた。

 だが、周りの歩兵も騎兵も退く中、一人で戦車前に進むと、戦斧を握りしめた。



 戦車では、王都グリーの前に王女レジーナが座る。

 両どなりは、研究長コーディリアと、回復した先導者ユージーン。

 3人はいのるように、一心に詠唱した。

 神の善意の発動魔法、『光の軍』が間に合うように。


 ふと極光オーロラの向こうで、人とも獣ともつかぬ悲痛な咆哮ほうこうとどろく。

 中央軍はどよめき、後陣へと逃げ出した。



 後陣、月の院部隊。

 エレノアは、わめいて殺到さっとうする兵の背後をながめた。

 極光オーロラの向こう、巨大な二本の柱が近づく。

 それが両脚りょうあしだと気づき、彼女はぞっとした。


 おびえて目をそらすと、となりには巫女長みこちょうサチェルがいる。

 背筋をこおらす咆哮ほうこうがしても、老女は静かに前を見つめるまま。

 なのでエレノアも、師を見てなんとか正気をたもてた。


 だがサチェルは、誰かをいたむような、心からかなしげな表情に変わる。

 エレノアは、老女のつぶやきを聞いた。


「あれは……地にのまれる第三の神。

 あぁ……なんと、おいたわしい」


     ◇


 極光オーロラの裏の岩山からは、紫の巨人の全身が見えた。

 美しい筋肉が浮く背中を向け、肩から上は天空にかくれる。

 ゆっくりと、防魔の極光オーロラへとあしを運ぶ。

 仲間は、あまりに雄大な御姿みすがたに圧倒された。


 だがしかし。

 歩く姿の右半身が、まるで土砂のように、あるいは霧のように、崩れ出す。


 するとアルは取り乱し、涙があふれた。


「神さま…… テテュムダイの半分がこわれる!

 私たちの悪意のみなもとは、なくせやしない!」


 彼は、立つのもつらそうにしゃがんだ。


 アカネとバールは、不思議そうに顔を見合わせる。

 彼らの目には、巨大な影しか見えない。

 第三の民、すなわち人間のアルが、なにに衝撃をうけなげくのか、わからなかった。


 そして異邦人マルコはその時、両手を腰のうしろに回して、必死の形相だった。

「わかってる、わかってるよ」とひとりごち、へたり込むアルにかつを入れる。


「アル! もっとよく見えるように魔法を!

 レジーナを支えなきゃ!」


 とたん、アルははっと顔を上げる。

 マルコの腰を一瞥いちべつするが、涙をふいて立ち上がった。


     ◇


 本陣の戦車からは、魔法を唱える3人と、数人のドワーフ神官戦士以外、人が消えた。


 ユージーンは詠唱を終えると、目をひらきとなりを見る。

 王女はまだ目をつむるまま。

 その奥でコーディリアが顔を上げ、叫んだ。


「ジーン!

 あとは王女が兵を想像するだけ!」


「ああ!」と先導者も力強くうなづく。

 しかし、前を見ると一瞬で青ざめた。


 正面の極光オーロラから巨大な指が飛び出す。

 先導者も研究長もガチガチ歯を鳴らした。

 指が幕をくと巨大な尊顔そんがんがのぞく。

 半分は美しく、もう半分はくずれていた。


 耳をつぶす、悲鳴と咆哮ほうこう


 ユージーンはそれが自分の絶叫か、それとも目の前のいびつな神の声か、わからない。

 空気が震え肌を刺すと、神の善意にすがるおろかさと、大いなる悪意からは逃げられないことが身にしみる。

 作戦は失敗だ、と思った。


 がその時。

 戦車前に白く光る人影がいくつも浮かぶ。


 先導者の目が見開く。横を見ると、コーディリアの瞳も輝いている。

 二人は笑顔で、白い兵の影を見た。

 だが今にも幕をやぶ巨大神ティターンに目を戻すと、複雑な表情になった。


 ユージーンが王女を励ます。


「レジーナ様、さらに多くの軍勢を!

 いくさの前に目にしたような」


 コーディリアもうなづくが、王女は目を閉じたまま、眉をひそめた。



 ゴードンが不思議そうに見回す。ドワーフの目には、その白い兵はただぼんやりした光。

 だが影の一人ひとりは、ユージーンでありコーディリアであり、またはベラトルでありメルチェだった。

 むろん、さすらう旅の仲間もいる。

 王女は、親しい仲間から光の軍勢をみ出そうとしていた。



 コーディリアは不安だ。

 光の軍とは、もとはオーガや賊を押し返す役目だった。

 頼れる仲間の姿とはいえ、あの紫の巨神にかなうものなのか。

 とその時、手元の白い携帯杖ワンドがまたたく。


「リア! マルコが王女様にって、あ––––」


 アルの知らせに彼女はバタバタとあわて、王女に五色ごしき携帯杖ワンドを近づけた。

 レジーナの顔の横で、白い魔蛍石まけいせきが輝く。


「レジーナ、聞こえる? 僕だよ、マルコ。

 作戦変更! 兵じゃない!

 超巨大なの倒すなら、超巨大な、剣だ!」


 

 瞬時、王女レジーナの瞳がはじめて開く。

 ひらめくように、まぶたの裏に新年の一瞬がうつったのだ。

 それは、神をも恐れぬ異邦人が振るった片手半剣ハンド・アンド・ハーフの、剣先。

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