16 王都防衛戦8 ソーサラー対決

 王都防衛軍の正面に、魔軍の古代人こだいじんを防ぐ極光オーロラがかかる。

 闇のエルフ、アニヤークはそれをくぐった。

 少女と、魔法学院アカデミー研究長コーディリアは、王都グリーが照らす本陣で対峙。

 今ここに、攻撃魔術師ソーサラーふたりの闘いがはじまる。


 アニヤークはまぶしそうに手をかざすが、戦車の前にふらりと進む。


「おまえか〜この魔法。

 おじさんがカンカンに怒って早く––––。

 迅速じんそくなる!」


 いきなり少女は手を開く。

 だがコーディリアも。


呪詛じゅそ遅効ちこう!」


 五色ごしきに輝く携帯杖ワンドを突き出す。


 時が、ゆっくり流れてみえた。

 アニヤークの手から暗黒の霧が舞い、戦車の上のコーディリアへ向かう。

 だが霧は五色ごしきの光で5つに分かれ、さらにそのすじが分かれて流れが遅くなる。

 すじかびあがるのは、一つ一つが黄金こがねかがやく異国の文字。魔女に触れようとする。


 が、彼女は左右に目をやり発した。


「読めた!

 呪詛じゅそかえし、『迅速じんそくなる』」


 とたん黄金こがねの文字は反転し、逆流。

 筋は集まり再び一つとなった暗黒の霧が、アニヤークを襲う。

 少女は血相を変えて両手を合わせ、突く。


はらいよけ!」


 指先で黒い霧は左右に分かれ、濁流だくりゅうとなって背後に流れ行く。


 光の幕の向こうでオーガや賊の悲鳴がひびいた。

 暗黒の霧は、数百年分の命をむさぼる。

 返された闇の魔法は、アニヤークのうしろの魔軍で暴れ、殺し回った。


 汗ばむアニヤークは、こわごわ指を見る。

 中指の先が、灰緑はいみどり壊死えししていた。

 ふり返ることなく少女は、赤目を上げる。

 とんがり帽を目深まぶかにかぶる魔女は、法衣ローブが風で揺れていた。



 その頃、魔軍の背後の岩山。

 幻影がうつす闘いに、仲間は騒ぐ。

「あいつだ! なんでここに?」とアカネが叫び、「長くはもたん」とバールももらす。

 マルコが引きつった顔で二人をなだめた。


 アルは、青い携帯杖ワンドに静かに語る。


「気づいたよね。その子はほぼ無詠唱だ。

 大丈夫。グリーのちからで次も返せる」



 それを聞いたコーディリアは、周りが危険だと思った。

 戦車からび、敵の前へおりる。

 と同時に、またも闇のエルフが手のひらを返す。


てつくぞう!」


 前に東の果てでアカネを固めた氷、つまり水の魔法。

 だが唇が動く間に、魔女は唱えることができた。


みずこくして、みずもりおおせ」


 宙に携帯杖ワンドの黄色と、青の残光がはしる。


 着地した彼女をバリバリバリッ! と氷がおおい、止まった。

 が次の瞬間、地面から大量の土埃つちぼこりが舞う。

 氷像ひょうぞうから水を吸った土がパリッと割れると、コーディリアは身を起こした。


 かたや、氷粒こおりつぶが舞うアニヤークの手から、ぴょこんと双葉ふたばが生える。

「うぁあああっ!」と少女が叫ぶ間に、芽は枝となりつたとなって左腕をおおい尽くす。

 アニヤークはすかさず詠唱。


け! 火球!」


 炎が少女の腕でぜ、彼女は吹き飛んだ。

 やがて、赤黒い左腕をゆらし、闇のエルフが立ち上がる。

 乱れた白金の髪の下で、歯ぎしりする。

 法衣ローブを揺らしてたたずむ魔女は、魔のことわりを熟知している。

 闇のエルフは初めて恐怖を感じ、唇が震え出した。



 岩山では、うってかわって大歓声。

「リアさんすごい!」と、マルコがバールとアカネの肩を組む。


 しかし、アルのほおを冷や汗が流れた。


「そろそろ……限界だよね?」


 青い携帯杖ワンドがまたたき、「ええ……」と研究長のかすかな返事。


 アルは思う。

 壮大な防魔の術をかけたまま、はげしい闘いをいられている。魔力はグリーに頼れても術者の心はこわれ、狂うだろう。


 アルの目が鋭くなり、うながす。


かえしの……牢獄ろうごくを」



 コーディリアははっとした。

 目の前でふらつく少女にそれを使うのか。

 探究者の冷酷な強さに驚く。


「アル……残酷なのね」


 そうつぶやくとしかし、魔女は目を閉じ、詠唱をはじめた。



 相手がつぶやき出して、アニヤークは発狂しそうだ。

 こんなの聞いてない。

 白い石、王都グリーのちからがあるとはいえ、地上にこんな術者がいるなんて。

 決定的な呪術で、逃げなければ。

 そう考え少女は、ふと思いつく。

 地上にない埋もれた魔法。敵の心を、闇にとす。


 そうして、両の手のひらを向けた。


しずめ、混沌こんとんからしょうぜしかげ


 だがしかし、視界に闇が落ちたのは、アニヤークの方だった。


     ◇


 真の暗闇で、アニヤークはほっとした。

 途中は思い出せないが、安全な地中へ逃げられたのだ。そう思った。

 だが、わずかに疑問がわいた時、左にあの魔女があらわれる。


混沌こんとんからのみず、北をひたす」


 アニヤークは狂って叫び、とがったつらら石を何本も魔女にはなつ。

 敵をつらぬき、紫の光を放って消えた。

 だがつららは戻り、少女は驚いてよけた。


 すると今度は、背後に魔女があらわれる。


混沌こんとんからのは、南をやす」


 アニヤークは泣きながらふり返り、敵の足元を割った。

 魔女は落ち、赤い光を残して消えた。

 しかし少女の心も沈み、髪をかきむしる。


 さらに左に、それがあらわれた。


からかぜが吹いて、東をみどりおおう」


 アニヤークは揺れる瞳を向ける。

 やっとわかった。

 少女は今、閉じ込められているのだ。


     ◇


 岩山に浮かぶ幻影を見て、マルコは不思議だった。


「あの子……どうしちゃったの?」


 幻影がうつす闇のエルフは、コーディリアの前にいるまま。

 恐怖におびえた顔であっちを向きこっちを向き、ひとりわめいている。


とらわれた」とアカネが鋭くつぶやく。

 アルはうなづいた。


「そう。彼女の心を闇の牢獄に入れたんだ。

 危険だから……リアにそうしてもらった」


 それを聞くと、仲間は少し哀しげな顔で、遠くを見つめた。



 ふと、バールが顔を上げる。


「あれは……?」


 マルコも天にかかる極光オーロラの前に目をこらす。

 空に浮かぶいくつもの紫の光。

 それとぼんやりした雲が渦巻き、巨大な、天を抜くほど巨大な、人の形が浮かびあがっていた。

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