15 王都防衛戦7 カゴから出る鳥

 本陣を救いに行くため、コーディリアは机に魔具を並べた。

 白く輝く携帯杖ワンドに加え、赤、青、黄、紫の4つの携帯杖ワンドが転がる。


 となりには暗い手袋。

 神の悪意と、善意をおさえるニーグラム・プレトリウム、すなわち『吸光きゅうこうの穴』と呼ばれる素材でできている。

 普段は儀式のみで使うその手袋を、彼女は素早く左手にはめた。


 もう片方の手で、しき携帯杖ワンドをまとめてにぎる。

 そしてむき出しの膝を窓枠にかけたところで、動きが止まった。


 とんがり塔の高窓から、強風が吹き込む。

 彼方かなたの戦火を見下ろし、彼女はまだ覚悟ができなかった。


「アル、聞こえる? わたし本当は怖いの」


 白い携帯杖ワンドがまたたく。

 彼女は答えた。


「……そうじゃなくて。

 自分が、現実を少しでも変えてしまうことが怖いの」


 魔女は窓枠に寄りかかり、頭をかしげた。



 一方、魔軍の裏手の岩山。

 マルコとアカネがやっと頂上にたどり着くと、バールが笑顔でふり返った。


 アルは前を見据え、鋭いまなざしのまま。

 青く光る携帯杖ワンドに優しく語る。


「君はすでに周りを変えてきた。良い世界となるようにね。

 この携帯杖ワンド魔蛍石まけいせきだってそうだ」


 携帯杖ワンドがまたたくが、彼はく。


「……なら言うね。

 私たちはまたやらかしたんだ。

 ジーンが先走り、私は出遅れた。

 この尻拭いをするのはリア……君のつとめだろう?」



「そうやってまた……巻き込むのね」


 とんがり塔の窓枠に頭をもたれ、コーディリアは涙を流し、笑った。

 しかし涙をぬぐうと、もう変わっていた。

 自分の思いにとらわれた、失敗への恐れから解放される。

 ただ仲間を想い、窓から身を投げ出した。



 新月の夜。

 とんがり塔の横を、帽子をなびかせ魔女が落下する。

 はるかな高みから見下ろせば、視界の地面がぐんぐん近づく。

 恐怖を越えはやさを得ると、彼女は唱えた。


神速しんそくなる変化へんげ


 すると法衣ローブ姿は変形し、あざややかな群青色の小鳥に変わる。


 ツバメだ。


 鳥は翼を広げ、地面すれすれで縦旋回たてせんかい

 光のはやさで一直線に戦場へ飛翔ひしょうした。


     ◇


 ふうと一息吐いて、アルは岩山の頂上で腰かけた。

 周りをバール、アカネ、マルコがわらわらと取り囲む。

 アカネが遠くの光をながめ、「やばそうだな!」と驚いていた。


 アルは異邦人マルコの姿を見て、安心して唱える。


遠景えんけい投影とうえい


 すると、大杖のグリーが白く輝き、崖の先の宙に円形えんけいの幻影が浮かぶ。

 マルコは目を開き、驚愕きょうがくしてそれをた。


 幻影が、本陣前の戦場をうつしている。

 空には百もの古代人こだいじんが浮かび、マリスを手に見下ろす。

 その視線の先、地からえた鉄塔にユージーンが背をあずけ、力尽きて座り込んだ。

 そこにツバメがふわりと舞い降りて、研究長コーディリアの姿に戻る。


「リアさんが来た!」とマルコが叫んだ。

 だが、バールがいぶかしげにたずねる。


「アル……。

 あそこに、魔女っ一人が来たところで、どうにかなるのか?」


 しかしアルは、若ドワーフに会心の笑みを見せた。


当代一とうだいいちの、攻撃魔術師ソーサーラーの登場だ!」


     ◇


 王都防衛の戦況は、目まぐるしく動く。

 右の上級騎馬軍は、めと守りを交互に、ついに被害を減らしていた。右手の荒野で、神官戦士が負傷者を手当てする。


 左の傭兵隊は、いくつもの円陣で、魔軍の左を牽制けんせいする。

 雄大に、戦線を伸ばした。


 中央は、魔法学院アカデミー幼年部を乗せるベラトルの戦車が後退。

 王女がいる本陣が最前線になる。

 魔軍の古代人こだいじんが次つぎと襲い、魔術を繰り出した。

 王女の戦車では王都グリーが輝く。

 その光を背に、先導者ユージーンが防戦。

 しかし、限界だった。



 コーディリアは、観念動力でユージーンを上げると、一緒に王女の戦車に舞い降りた。

 見ると、王女レジーナは椅子に座るまま、目を伏せ詠唱を続けている。

 今にも魔者まものせまるのに、その集中力に魔女は驚く。

 そして、『光の軍』の呪文が途切れてないことに、心からほっとした。

 携帯杖ワンドに語る。


「アル! ジーンを確保!

 ドワーフ? ……の神官戦士が治療する」



 岩山の上でそれを聞くと、アルとマルコは目を合わせ顔がほころぶ。

 遠く離れた探究者は、携帯杖ワンドで助言。


「いいよ、リア! 次はグリーのちからも借りて––––」


「なんて……ちから!」


「流されないで! それはあるじに従う、王女は許してるから大事なのは想像力で––––」


 だが言葉の途中で、アルは携帯杖ワンドをおろすと、口もとがゆるんだ。

 マルコ、バールとアカネも幻影がうつすものに呆気あっけに取られた。


 アルは「君には、言うまでもないことだ」とささやき、誇らしげに目を細めた。



 コーディリアは、左の手袋を王都グリーにあて、詠唱していた。

 神の善意の宝玉から、白雲しらくもくとたぐりよせ、右手のしき携帯杖ワンドを前に突き出す。


 それを、戦場の多くの者が目撃した。

 王女の戦車の上に、あまりに巨大で白い、男の美しい頭が浮かび上がる。

 みなが知る、第三の神。


 魔女は唱える。


「なぎはらえ! テテュムダイの息吹いぶき!」


 神の顔が右左みぎひだりにゆれ、ふううと息を吐く。

 息は激しい嵐となって、魔軍の前衛に加え宙に浮かぶ百もの古代人こだいじんを吹き飛ばす。

 戦場を上から見ると、中央軍の前から一気に敵が払われ、隙間すきまができた。


 さらなる魔法。


「防魔の極光きょっこういにしえわざわいて」


 きらりと夜空が明滅し、かがやく緑と紫色の、光の幕がおりる。

 左陣から右陣まで。

 防衛軍の中央すべてを、明るい幕が魔軍とへだてた。



 遠く岩山から、マルコは冬空をながめる。

「オーロラだ……」とつぶやき、瞳を輝かせた。



 先走る古代人こだいじんが夜空を駆け、雄大な光の幕を抜けようとぶつかる。

 とたん遠くはじかれ、魔軍の奥へと落ちていった。



「ふうぅ」とコーディリアは息を吐く。

 帽子のつばを上げると、耳をつんざく大歓声が軍勢からき起こった。

 彼女は顔を赤らめキョロキョロとするが、ふと気づく。

 目の前の光の幕の下を、白金の髪の少女がくぐってくる。


 コーディリアの表情は、一変いっぺん

 顔を上げた白面はくめんの少女。その真っ赤な瞳と目が合った。

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