14 王都防衛戦6 水の目覚め

 王都防衛軍の中央が、古代人こだいじんの襲撃で本陣まで押される頃。

 左では、傭兵隊の円陣から遊撃騎馬が駆け抜けた。

 目指すは魔軍の背後、左端の岩山。


 背中に魔法学院アカデミーグリーを輝かせ、全力疾走の馬上でアルが叫ぶ。


「あれだ! あの岩山の上で待機!」


 軍馬ココを駆るマルコは、グリーの白い光がおぼろに照らす山を見上げた。

 むき出しの岩肌の所どころに、橙色オレンジがかった緑が残る。

 城壁ほどの高さの頂上からは、戦場を見渡せそうだ。


 だが突然、背中からアカネの声。


「おい……少し寄ってくぞ。一族がいる!」


「え?」とマルコが肩越しにふり返ると、馬はすでに左に回り、南の湖へ疾走。

 アルとバールが驚いて見つめる。


「えぇ? どこ行くの?」とうろたえるアルに、マルコが声を枯らす。


あとで行くよ! 

 あの、か、家族と会うんだああぁぁ!」


 みるみる遠ざかる馬から、彼は叫んだ。

「かぞく?」とアルはいぶかるが、前から若ドワーフが答える。


「アカネの一族だ。エルフがあの湖にいる」


 そう聞いて、アルも目をこらす。

 南の遠く、銀色に光る森と、湖が見えた。


     ◇


「ちょっと、ここで、待っててくれるか?」


 らしくなく、アカネが遠慮がちに言うのでマルコは即答。


「ああ、わかった! ご親戚しんせきによろしく」


 軽い返事にアカネは戸惑うが、きびすを返して首を横にふる。

 エルフの火となって、初めて一族に会うのがなぜかこわい。だが異邦人のとぼけた言葉で気がまぎれ、足を前に出した。


 マルコは、エルフの少年の背中を、ずっと見守っていた。

 東の果てで目覚めたアカネは、ときに髪が白く燃え上がる。

 彼が歩く先には、ぼうと光る、さまよえるエルフたちがいる。


「アオイも元気かな?」とマルコは思う。

 たてがみを振るココを、「どう、どう」となでて、かたわらの湖面に目をやる。

 水面みなもは波一つなく、まだ何もうつしてはなかった。



 さまよえるエルフたちは、白い炎が近づくにつれ、まぶしげに目を細めた。

 口ぐちにささやく。


炎だインギス!」


エルフの火だインギセルフ!」


 星読みエルベルトは、感無量だった。

 つきあいの長い王子には、たびたび振り回された。

 だが何か乗り越えたに違いないその姿が、胸を熱くする。


希望の火だインギスペム……」


 確信して、そうつぶやいた。



 アカネは、母親の七色なないろきみと双子のアオイに近づくと、どうしようもなく緊張した。

 二人を前にすると、髪も身体からだも白く神々こうごうしい炎で包まれる。

「あの……」と、彼は何か言おうとした。


 しかし、七色なないろきみはひざまずく。

 かなしみと、よろこびに瞳が揺れると、清々すがすがしい笑顔に変わった。


「我らの精霊、我らのほまれ。

 この世の果てを、お頼みします。

 ……わたしの子」


 言葉に詰まり、長い髪は青くなり、草地に広がる。

 泣き伏せるエルフの女王を見て、みんながもらい泣きした。


 ただ一人、アオイをのぞいて。

 彼女だけがまぶしい白炎はくえんを凝視する。胸に手のひらをあてる。


 アカネは居づらくなり、アオイに救いを求めた。


「アオイ、俺……」


 アオイはふっと我に返り、双子を励ます。


「平気だよアカネ。私もすぐ行くから」


 そう聞くと、白い炎の中でアカネの顔が微笑ほほえんだ。

「じゃあ、先に行ってる」と彼は、マルコのもとへ駆け去る。


 馬に飛び乗ろうと、白炎はくえんは宙をんで回転した。


     ◇


 アルバテッラ唯一の長命の種族、エルラウディス・ナナオが母で、古代の王ロムレス・ウルヴズハートを父に持つ。

 ハーフエルフのエルミズナ・アオイ・ロムレスは、胸の鼓動こどうはやまり何かあふれ出そうだ。


ひとならぬひと』のロムレスは、異種族の母と心をかよわせた。

 そしてまれた彼女の心には、誰もがつながる海がしょうじた。


 その瞳に、それはうつる。

 空飛ぶ丸い浄化の白炎はくえん

 湖面にうつる、丸いひかり。


 目を閉じれば幻像げんぞうが広がる。

 彼女の心の壮大な海に、こうこうと照り返す、満月。

 弟を追って、彼女も自らの霊化を決めた。

 あふれ出るまぼろしを人へとつなげ、その心を、月で照らそうと。


 瞳を開き見上げると、新月の夜空に、まばゆい満月が輝いていた。


     ◇


 息を切らして、アルとバールはやっと岩山の頂上にたどり着いた。

 大杖にもたれ、アルがたずねる。


「ハア、ハァ、戦況は……どうなってる?」


 バールは崖から首を伸ばし、暗闇でも遠く見通すドワーフの目で、戦場をながめた。


「まずい……な。ユージーン死ぬぞ」


 彼の目に、彼方かなたの本陣でひとり戦う先導者が見えた。

 王女の戦車前で、王都グリーの輝きを背に魔法を唱える。

 だが、召喚した巨大な金龍も、金属人形アイアン・ゴーレムもすでにこわれ、横たわっていた。

 宙に浮く百もの影が、彼を囲み魔術を繰り出す。

 バールはなんと言うべきかわからず、アルを見上げた。


 探求者は鋭い目で戦場を見つめる。

 即座に、青く光る紺碧こんぺき雷鳥ライチョウ携帯杖ワンドを取り出した。

 魔法学院アカデミーのコーディリアへ発する。


物見ものみへ、こちら遊撃隊。持ち場についた。

 物見ものみ––––」


 すると携帯杖ワンドが素早くまたたく。


「アル! アルなの? ジーンが!

 ジーンがもう……」


 取り乱した声にも、彼は落ち着いていた。

 すうと一呼吸して、よく通る声を出す。


「よく聞いて、リア。

 今を打開するには、きみがあそこへ降り立つしかない」


 それを聞いてバールは驚き、光る携帯杖ワンドに語る魔法使いを、まじまじと見つめた。

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