13 王都防衛戦5 居場所に帰る人

 夜半やはんの王都防衛戦。

 中央のベラトル軍は、押しこまれていた。

 本陣の王女の戦車から、王都グリーの輝きが前線を照らす。

 ベラトルの戦車前は、逃げる兵で大混乱。


 魔軍の刺客しかく古代人こだいじんがマリスを手にかみなり魔法をもちいたのだ。


 誰もあらがえない中、あろうことか、法衣ローブ姿の魔法学院アカデミー幼年部が最前線におどり出た。



 この時、先手を打つ者が、二人いた。


 魔法学院アカデミー研究長の部屋。

 コーディリアははやく考える。

 いま飛んでも間に合わない。戦場に『転移門』を出すのはあやうい。

 だから彼女は、光る携帯杖ワンドに絶叫した。


「ジーン! 今すぐ詠唱をやめて!」



 一方、本陣うしろの後陣。

 前線の青い光と喧騒けんそうを、エレノアは不安げにながめた。

 ふいにとなりで、男がぶつぶつ言う。


「いかんいかん」


 男はゆらりと前に出る。

 彼女は、王都グリーの逆光の中で見た。

 あせた茶色の法衣ローブ、わら色のボサボサ髪。それをかきむしり、「いかーん!」と叫ぶ。

 巫女みこが思い出す前、『東のいやし手』サニタは腕をふりふり走り去った。


     ◇


 ベラトルの戦車の前で、古代人こだいじんが宙をゆらゆらただよう。

 整った身なりの礼服姿。ゴードンにやられ片足がない。右手に持つマリスの青い光で、皮がはげた顔が見えた。


 バチバチバチッ! と稲光いなびかりが照らす地面に二人の子どもが駆け込んだ。


 王子キースはそれを見て思い出す。

 西の海のいくさで、ひとりで魔物と対峙させた、異邦人マルコの背中。

 それよりにがい思いが、込み上げる。


 幼い魔法使いは、金髪のとうなづく。

 ふたりは古代人こだいじんを見上げ、「せーのっ!」と携帯杖ワンドの輝きを高くかかげた。


ピシッ! ガシャーーッ!


 落雷が小さなふたりをつらぬく。

 がしかし。


「はね返りっ!」


 光の中から声がして、雷光はすうと天へ消える。

 キースが見上げたその時。


ピシピシッ! ガッシャーーーッ!


 今度の落雷は浮かぶ古代人こだいじんをつらぬいた。

 真っ黒な残骸ざんがいがふらふら舞うと、落ち葉のように地面にはりついた。


 それは、もとは初歩的な呪文だ。

 だが幼い魔法は息が合い、そしておそらく王都グリーの加護で、完璧に古代人こだいじんを返り討ちにしたのだ。



 キースほか、呆然ぼうぜんと立ち尽くす大人たち。

 あいだから「わああぁ!」とかわいい雄叫おたけびがして、十数人の小さな魔法使いが携帯杖ワンドを手に飛び出す。


「とべ! カミナリゴロゴロ!」


「こおれ! カチンコチンに」


 などと唱え、前線のオーガや賊をしびれさせ、不快にさせた。



 そしてキースが、ついに瞳を上げる。

 ふり返ると、堂々と命令。


百戦錬磨ひゃくせんれんま! 王立軍の精鋭せいえいたちよ!

 その実力で……子どもらを救えぇっ!」


 一瞬、ほうけた顔の歩兵軍。

 だが異国の兵長がマントをひるがえすと、みな火がついた。

「うおおぉぉ!」と、再び前線に突撃。

 途中、幼年部をつかまえた者は、バタつく子を抱えて戻り、戦車の中へ放り投げた。


 次つぎと子どもが投げ込まれる戦車から、ベラトルも次の命令。


弓兵きゅうへい! 弓兵きゅうへいを前に!」


 だが遠くをながめ、表情が変わる。

 空飛ぶ影が今度は数人、おそるべき速さで向かっていた。


     ◇


とおせ。とおしてくれ!」


 いやし手サニタが前線の兵をどかすと、悲惨な光景が広がっていた。

 地面は黒ずみ、あちこちに兵の亡骸なきがら


 子どもらが泣きじゃくる戦車で、参謀が「はなて!」と声をらす。

 数百の矢が飛び、オーガや賊は寄せつけぬが、宙に浮かぶ影はかわした。


 そしてその下には、槍をふらつかせる異国の兵と、3人の子。


 ためらうことなくサニタは、取り残された者へと駆けた。



 足元で幼年部の子が泣く中、キースは駆け寄る奇妙な男に訴える。


「子をかかえ、逃げろ……」


 だが先ほどの衝撃で、朦朧もうろうとする。

 次も槍を地に突き刺し、かみなりを受けたとて、最後だろう。


 しかしサニタは言うことを聞かず、子どものにしゃがみ込む。

 キースの背後で、治療をはじめた。

 バッ! と法衣ローブを開くと、裏地に数十もの薬瓶くすりびん

 ついでに汚れた肌着のにおいがただよう。


「おええぇっ!」と男の子らは鼻をつまみ、泣くのも忘れた。

 いやし手は、地面に横たわる女の子の金髪を抱え、桃色ピンクの薬を飲ませる。


「ほーら、戻ってこい。すぐに立てるぞ」


 サニタが器用にびんを傾けると、女の子の目がパチリと開く。

 わあと歓声が上がるが、一人は顔の火傷やけどけ、涙がこぼれた。

 すると彼は、黄色の小瓶こびんも取り出す。


「甘ーい薬だ。うまいぞ。一気に飲め」


 と笑顔でその子に渡す。

 火傷やけどした子は口に含み、「にっがっ!」と顔をしかめた。

 だが薬はきいて、顔の皮がみるみる再生。

 最後の一人に青い小瓶こびんを渡し、サニタは「さあ帰るぞ」と立たせた。


 がその時。


ガシャーーッ!


 どさり、とキースが倒れ、ぐずる子どもらが取り囲む。


「すぐ治る!」とサニタはおどけてみせた。

 小瓶こびんを、キースの口に寄せる。


 だがさらに悪い事に、手の甲に雨粒あまつぶが落ちぞっとした。皮膚が、灰色にただれていく。

「『くさあめ』か……いやな魔法だ」と思うが、やはり笑顔で言った。


「さあ! 近くに寄れー。ぬれないように。

 防魔のかさ!」


 白い円すいが、サニタの頭上で輝く。

 久しぶりの魔法が発動して、彼は驚いた。

 かさは落雷もふせぐが、長くはもたない。

 子どもに嘘までついて、どうにかやってはみたものの、ここまで。


 サニタはキースに薬を飲ませ、一息つく。

 そして子ども達を両腕で、強く、強く抱きしめた。


     ◇


 輝くかさの下からのぞくと、白っぽい法衣ローブと光が駆け寄ってくる。


 誰かが、朗々ろうろうと唱える。


「金龍のつばさ、防魔の盾となれ!」


 サニタと子どもらは、唖然あぜんと見上げた。


 大地が盛り上がり、金属の大きなつばさ、巨龍の羽が空に広がる。

 くさあめも、稲妻いなづまもふせいだ。


 さらに唱える。


「翼の羽、矢となり魔をつらぬけ」


 突如あらわれたつばさがゆっくり羽ばたいて、ぴっと跳ねた。


 鋭い羽の疾風が舞う。


 少したって、古代人こだいじんが数体、どさどさっと目の前の地面に落ちた。


 サニタは、ほうけた顔で見上げる。

 すると、涼しげな瞳が見返した。


「遅くなりました先輩!

 そして……。おかえりなさい」


 あたたかいまなざしをそそぐ、先導者ユージーンがそこにいた。

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