12 王都防衛戦4 幼い魔法

 時を戻し、西区あとの夕べ。

 瓦礫がれきの中で、地の霊ノームの師弟と茶トラの猫が仲良く夕食ゆうげをとっていた。


 今日もソーリがたずねていた。

 椀から茶色のスープをすくい、念を押す。


親方おやかた。今夜、人間が負けたら、必ず、東区に来てもらいますよ」


 だが西区の親方は、猫の椀でぴちゃぴちゃとスープをなめるばかり。

「はぁ……」とソーリがため息をついた時、茶トラがぴんと耳をそばだてた。


 小人の親方も頭を上げる。遠くをながめ、小さな声で叫んだ。


「ダイジョーブ! あれは魔法つかいだ。

 チビだがな!」


 そう聞いて、地の霊ノームのソーリは不思議だった。

 親方がながめた方から、確かに何かが地を伝わってくる。

 だが音もせず姿も見えない。

 彼は目をとがらせ、耳をすませた。

 すると、子どものささやき声がする。


「……て! おすなって」

「シー! きこえるよ」

「バレたら……タイガクかなぁ」

「てか学校なくなる! ならった術で––––」


 ソーリがにらむ先で、ささやきが遠ざかっていく。

 彼は、その気配を目で追った。


 やがて、城壁跡の王立軍に、白く光る王女の雲が立ち昇る。

 ソーリは、雲の光が落とす影を見た。


 それは、魔法学院アカデミーの帽子をかぶる、小さい影たちだった。


     ◇


 夜も深まり、防衛軍の陣形が変わった。

 右の上級騎馬軍は混戦するまま。神官戦士団の支えで持ちこたえる。


 左の傭兵隊は、魔軍の左端に円陣を進めて奥まで侵攻。敵の裏手に迫る勢い。


 中央軍は今、王都グリーが輝く王女の本陣まで後退。

 防衛軍の真ん中は大きくへこみ、魔軍の襲撃は、そこのベラトル軍に集中した。



「次は前方右だ! まれるな!」


 ベラトルが叫び、ドスッ! ドスッ! と地響きをたて岩鬼トロールが襲いくる。


 だが援軍の神官戦士ドワーフ隊と、ハラネ国使節団は華麗な連携を見せた。

 駆け出す二人のドワーフが、巨人の足元で前転。立ち上がりざまにそれぞれ足を戦斧で叩く。

 岩鬼トロールあごを上げうめいた。


 キースが赤マントをはためかせ、やりを振りかぶる。


「首だ! よく狙え!」


 言うと二本、三本の槍が風を切り、岩鬼トロールのどに刺さる。

 巨人は両手をぶらつかせ、ズンン……! と顔から倒れた。


「いよっしゃあぁ! 次は……」


 と、ベラトルがキョロキョロとするうしろから、不満げな声。


「俺を……出せ!」


 血だらけで、腕が奇妙に曲がった副長ふくちょう怒鳴どなった。

 横からゴードンがその腕をにぎり、額に汗していやしを唱える。

 厚い手が淡く光り、腕の形を治すと、ふうとかぶと副長ふくちょうが息を吐いた。


 ベラトルは、あきれた顔でふり返る。


副長ふくちょう、おとなしく治してもらわんと。

 でないと、後陣の月の巫女みこへ送り––––」


「あれは?」


 言葉の途中で、ゴードンが叫んだ。


 ベラトルは、ドワーフの顔に青い光がまたたくのを見た。

 さっと向き直ると、前方の空に、礼服姿の影が浮かぶ。

 その手に持つ何かから、青い稲妻いなづまがまばゆくはじけた。


     ◇


 王都グリーの輝きが届く、後陣。

 エレノアは、ほかの巫女みこと共にせわしなく行き交っていた。


 本陣の前から、次つぎやって来る負傷者の傷の度合どあいをみる。

 軽い者はその場でいやし、そうでなければ巫女長みこちょうサチェルの天幕へつれていく。


 ほかも見渡せば、このいくさには各地から様々ないやし手がせ参じていた。

 中でも、とある見すぼらしい天幕は仕事が早い。

 回復した者が続ぞく外に出るのを、彼女は不思議な思いで目にした。


 とその時。


「キャッ! ゴメンなさいっ!」


 何かが腰にぶつかり叫んだ。

 エレノアも「ごめんなさい」と目を落とす。

 しかし誰の姿もなく、彼女は驚き周囲を見回した。


 王都グリーの逆光を背に、負傷した者らがまだまだこちらへやって来る。


 何かがおかしいと感じるが、『霞隠かすみがくれ』の術が残る魔法学院アカデミー幼年部の姿に、巫女みこは気づかなかった。


     ◇


 魔法学院アカデミーの塔、コーディリアの私室。

 研究長は爪をかみ、うろうろ歩き回った。


「まだなの? ジーン……。

 急がないと……いにしえわざわいが」


 ふいに、部屋に光がまたたく。

 はっと彼女は顔を上げ、がばっと窓際にかじりついた。

 本陣前のベラトルの戦車で光るのは、魔法の稲光いなびかりだ。

 コーディリアは、いても立ってもいられなくなる。

 持ち場を離れ、すぐに助けに行くべきか、悩んだ。窓枠に手をあて思いにふける。


「だけど、私はずっと、かごの鳥」


 とんがり塔から飛び出して、外で自分が役に立つ姿など、彼女には想像できなかった。


 しかし次の瞬間。


 コーディリアは息を飲み、胸が締めつけられる。

 見下ろす先、ベラトルの戦車の前で魔者まものが青い閃光せんこうをはなつ。

 それに向かって、帽子をふりふり魔法学院アカデミーの子どもたちが十数人も駆けていた。


     ◇


「『耐魔たいまの加護』。いちか、ばちか」


 神官戦士ゴードンはそう唱えると、一人で魔者まものの前に進む。


 前線の兵はすでに、かみなり魔法から逃げ惑う。

 背後の戦車のベラトルも、恐怖にとらわれて命令が止まった。

 空に浮かぶ礼服姿の者は、きっと古くから人間をおびやかす、魔であろう。


 ゴードンは思い出していた。

 かつてルスティカで、魔の巨人に傷つけられた異邦人マルコの姿。

 たとえマリスの魔であろうと、今夜は斧を投げつける。

 ドワーフはそう決意し、右手の戦斧を握りしめた。


 とたん、空を引きちぎる音。

 雷光が左腕をつらぬく時、ゴードンは戦斧を投げる。


 だが敵はふらりとよけ、片足を斬ったが、とどめは刺せなかった。


 ゴードンは、朦朧もうろうとする。

 両腕を部下のドワーフに支えられ、うしろへ引きずられるがさだかではない。

 だがしかし、彼の目がぎょろりと開いた。


 視界に、つば広帽子の男の子と長い金髪の女の子が飛び込む。

 最凶の魔の下へ駆けると、二人の子どもは白く輝く携帯杖ワンドを振り上げた。

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