11 王都防衛戦3 巨人殺し

 王都防衛軍の中央。

 すでにぶつかる前線は、ベラトルの戦車を守る騎兵と歩兵軍、そして魔軍の人間とオーガが入り乱れる混戦だった。


 ベラトルが首を伸ばす。


「あ。追わんでええ! 持ち場を守れ!」


 そろそろ後退したいのに、自軍が敵と入り乱れ、彼はあせっていた。

 戦車から見下ろすと、壮絶な乱戦の中を、つむじ風のようにかぶと副長ふくちょうが舞う。

 身体からだを回し、腕が流れ半曲刀サーベルがきらめく。

 彼の周りは、ばたばたと魔軍の兵が倒れていった。


 しかし、「手練てだれ一人では」とベラトルはあやぶむ。

 せっかく救い出した孤高の勇士を、このいくさで失うつもりは全くなかった。

 まず副長ふくちょうを呼び戻そうと考え、参謀が戦車から身を乗り出した時。


 右手から、赤マント姿の一団が混戦を割って入る。

 なびくマントからやりが伸びて、歩兵の集団なのにその数倍の敵もはじき飛ばす。


 快活な声が響いた。


「者ども! 魔物など恐れるにらず!

 見ろ! 王女レジーナ様の戦車だ!

 我らハラネ戦士、命にかえても王女をお守りする!」


 とたん、ザッ! と数十のやりが天をく。


 ベラトルはあわててしゃがんだ。

 最前線に、キース率いるハラネ国使節団が援軍に来たのだ。

 だがキースは王女の戦車と間違えている。

 これさいわいとベラトルは、違う戦車とばれないよう身を縮めた。

 せっかくなので、異国の軍に頼ろうと思った。


     ◇


 防衛軍の左陣。

 傭兵隊が去った荒野に、巨人が率いる魔軍があふれ出す。

 相対するのは、一人の騎士と二騎の騎馬。


 だが、マルコは落ち着いて叫ぶ。


「大丈夫! 山岩鬼やまトロールだ!」


 ガチャッ! といしゆみのてこを引き、バールが返す。


「ああ! たしかに山岩鬼やまトロールだ」


 すると軍馬ココの上から、アカネが白い炎の矢をつがえた。


「なら俺たちは、ザコの始末だな」


 バールのうしろに乗るアルは、まだ目を閉じたまま。


 ふいに、棍棒こんぼうを手に山岩鬼やまトロールが突進。

 しかしマルコは、前に飛び出し行手ゆくてをはばんだ。見上げると、真上から岩の顔が見下ろしている。

 棍棒が、天へと伸びる。


 山岩鬼やまトロールの両脇から、魔軍の賊とオーガもあらわれた。

 だが。


ドッ! ガチャッ! ドッ! ガチャッ……


 いしゆみが立て続けに鳴り、巨人の左の敵が次つぎ吹き飛ばされる。

 同じく右には、音もなく白い火が飛ぶ。

 オーガと賊は炎に包まれ、のたうちまわった。


 刹那せつな、棍棒がマルコに振り落とされる。

 しかしゆらりと彼はよけ、巨人が曲げたひざへ、んだ。


 アカネの白い火が魔軍に広がり、山岩鬼やまトロールを照らす。

 その首を、さらにぶマルコの片手半剣ハンド・アンド・ハーフ一閃いっせん


 そして、アルの声が響いた。


陽射ひざしのたまり、魔をはらえ」


 白日のまばゆい光がたまとなり、目の前の敵から魔軍の左へ広がりなめる。

 戦場はしばし明るくなり、光球が過ぎたあとには、目をおさえるオーガや賊、岩鬼トロールもうずくまっていた。


 一方、首をなくした山岩鬼やまトロールは、ズンン! と音をたて崩れ落ちた。


 隊長メルチェは開いた口がふさがらない。

 だがゴクリとつばを飲み込むと、腹から声を出す。


「巨人殺し……巨人殺しが味方にいるっ!」


 傭兵隊の荒くれ者たちも勢いが戻り、再び馬を駆り始めた。


     ◇


 魔法学院アカデミーのとんがり塔。

 コーディリアの部屋。


 窓際にへばりつく研究長は、左陣で起きた光と戦いを目撃し、携帯杖ワンドを握る手に汗をかいた。


 術をかけ耳をすますと、小男の兵が盛んに「巨人殺しだー」と叫び駆け回っている。

 そうやって、味方の士気を上げているのだろう。


 ふと彼女は思いついて、彼方かなたの男に狙いをさだめ、こうとなえた。


「遠い山びこ」


     ◇



きょじんコロしだあああああぁぁぁぁっっ!



 メルチェも驚くほどの大音声が、防衛軍の左陣から中央に向かって何度もこだまする。


 びっくり顔のマルコもアルも、耳から手をおそるおそる離し、苦笑い。

 だが周りでは、百騎もの騎馬がひずめを鳴らし駆けていた。

 マルコが倒した巨人の周りを、『くるまじん』が疾駆する。

 アルがはらった魔軍に切り込んで、傭兵隊は再び進軍した。



きょじんコロしだあああああぁぁぁぁっっ!



 左陣からの狂った声に、「なんだあ?」とベラトルは遠くをながめた。

 しかしすぐ、目の前の窮地に向き直る。


 あらわれた岩鬼トロールにすっかりおびえ、キースらハラネ国使節団は戦車の前まで退いていた。

 その巨人の前には、副長ふくちょうがたった一人。


 だがベラトルは思い出し、ニヤリとする。


「ほかにも巨人殺しがいるようだ。

 ふくちょー! 元祖の技を見せとくれ!」


 しかし副長ふくちょう苛立いらだつ。


「あの異邦人……真似しやがって……」


 かぶとを左に向けぶつぶつ言った。


 刹那せつな、そのかぶと岩鬼トロールの棍棒が粉砕する。と思われた時、剣士はくるりと身体からだを回して、きらめくやいばで巨人の腕のけんを斬りつけた。

 たまらず両手をついた岩鬼トロールに、素早く跳び上がる。


 松明たいまつでおぼろに浮かぶたたかいを、ハラネ国王子キースは恐れる顔で見上げた。

 信じられない巨体に、その剣士は楽々飛び乗り、首筋を斬りつけている。

 キースは、あまりの光景に呆然ぼうぜんとなる。


 だがしかし、戦友の声で我に返った。


「ハア! ハァ、遅れて申し訳ござらん!

 ドワーフ神官戦士、参上!

 王女をお守りいたす」


 ゴードン隊が、やはり王女の戦車と間違えて、ベラトル軍に合流していた。



 戦場を上から見ると、混戦を脱した中央のベラトル軍は、ゆるりと後退をはじめた。

 魔軍が寄ればはじき、引けば離れて、王都グリーが輝く本陣へ戻る。


 右の上級騎馬軍は、乱戦のまま。

 騎馬が数頭、一目散に逃げ出した。


 そして左の傭兵隊は先がけとなって、魔軍の左、奥深くへと円陣を進めていた。

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