10 王都防衛戦2 激突

 光なき新月の夜。

 地平に松明たいまつが散らばり、魔軍の赤と、黄色がゆれる。うごめく大地となり、王都に襲いくる。

 しかし王都グリーの加護で、防衛軍の士気も高かった。



「では、初手と参りましょう!」


 半笑いのベラトルは王女に叫ぶと、自分の戦車を走らせた。


「ご武運ぶうんを!」とレジーナは応じて、彼女の王宮戦車はゆるりと進む。御者台には二人の衛士。

 先導者ユージーンは、その横を軍馬であゆみ詠唱した。

 レジーナも目を閉じ、雲の巨人を心に浮かべて発動の呪文をつぶやく。

 王宮戦車のグリーがまばゆく輝き、戦場を遠く照らす。


 王女と先導者の瞳が、同時に開く。


「全軍、突撃!」


 それはまるで、巨大な神が発したように、王都の西をうめる全王立軍にとどろいた。


……ォォォォオオオオオォォォッ!


 北は上級騎馬軍団、南は傭兵隊まで、全ての兵士が雄叫おたけびを上げる。

 空気を震わせ、恐れを知らず、荒野をうめる魔軍へと突撃した。


     ◇


 魔法学院アカデミー研究長の私室。

 コーディリアは携帯杖ワンドにぎり「よし!」と一声ひとこえ魔蛍石まけいせきを口に寄せ、ユージーンへ報告する。


「ジーン、聞こえる?

 うまくいった。全軍が前進してる!

 次の詠唱は長いけどがんばって。

 『光の軍』!」


 魔法学院アカデミーの塔から見下ろす彼女は、戦場を一望できた。



 なだれのようにせまる魔軍に対して、味方は中央から先に進軍。先頭はベラトルの戦車と騎兵。歩兵軍も続く。


 右手は、華美な装飾の騎馬軍。中央を追い越す勢い。


 そして左も騎馬軍。奇妙なことに、魔軍の前で、左回りの円をいくつもえがいた。


     ◇


 戦車にゆられる副長ふくちょう

 かぶとの奥の目に、恐怖がうつる。

 視界をうめる松明たいまつを持つのは、人間の賊。

 そのあいだは、黄色い目を光らせ牙をむく、オーガの大軍。


 彼は不安が胸に込み上げるが、かすれ声は冷静だった。


「大丈夫なのか?」


 だがベラトルは、へらへらした返事。


「うちらはおとりですわ。王女の魔法のための、時間かせぎ」


 はっと驚くかぶとが参謀を見ると、ベラトルは周りの騎兵に命令する。


「伝令! 一戦いっせんまじえるが、押さんでええ!

 兵を入れ替え、命令を待て!」


 即座そくざに数騎が左右に散る。

 両翼の隊長、軍団長へと伝令を届ける騎兵の背中を、副長はながめた。


両端りょうはじまでは……間に合わない」


 それでも、ベラトルはやはり緊張がない。


「計算のうちで。

 右の貴族は、こちらの命令なくても、そのうち退却。

 左の傭兵隊は……、これは本命。逃げると見せかけ遊撃騎馬が駆け抜ける」


 とたん戦車が激しく揺れる。

 前線が激突して、魔物と兵が目の前の宙をはじけ飛んだ。


 副長ふくちょうは、すらりと半曲刀サーベルを抜く。


「フン。参謀さんぼうは遠くを見る。

 その足元に、護衛のつとめがある」


 そう言うと、かぶと副長ふくちょうは戦車から飛び降り最前線に切り込んだ。


     ◇


 防衛軍の左手。

 傭兵隊は、円をえがく『くるまじん』で、魔軍と激しく衝突した。


 マルコが片手半剣ハンド・アンド・ハーフを右手に振りかぶる。


「ぅぉぉおおおおっ!」


 剣は、よだれを飛ばすオーガ松明たいまつ片手の賊もまとめてなでりにした。

 背中からアカネが、あわてて手綱たづなを引く。


「ココ! 左だ! 左によけろ!」


 すると軍馬は左に回り、マルコとアカネをのせ、くるまじんに戻っていく。

 アカネが責める。


「死ぬ気か? マルコ! 作戦忘れたか?」


 マルコは「わるい!」と横顔を見せ、味方に合流しようと馬を駆る。剣の間合いに手ごたえを感じて、笑みが浮かんだ。



 傭兵隊の円陣は、魔軍の左に沿って回りながら進む。

 陣の内側から、隊長メルチェが叫んだ。


「進め! 俺に遅れるな!」


 彼の馬が速足はやあしで進む右側を、次つぎ騎馬が疾走して追い抜く。

 松明たいまつや武器で右の敵をめ、メルチェの前で左に旋回せんかいした。


 隊長のあとに副長と、バールを前に乗せたアルの馬が続く。

 禿頭の副長がふり返る。


「あんたの隊長……なんで……戦ってる?」


 背中に魔法学院アカデミーグリーを輝かせるアルは、白い光の前で「いやぁ」と曖昧あいまいに返した。


 ベラトルの策では、遊撃騎馬隊はなるべく戦わず敵の背後に回る。

 だが人員は、マルコを隊長にアル、バール、そしてアカネの4人だけ。

 傭兵隊から人を加える話もあったが、仲間だけがやりやすいと断ったのだ。

 遊撃騎馬隊の任務は、傭兵隊と共に側面を突破し、敵の背後に火をつけることだった。


 アルが説明する。


「その、マルコが気づいたんです。

 この作戦の最初の壁は––––」


 とその時。

 メルチェのあわただしい号令。


「チッ、今日は早い。

 巨人だ! 全軍、散開さんかい!」


 とたん、傭兵隊の馬は一斉に左へ流れる。

 歯が立たない巨人をやり過ごし、しばらくしてからまた陣を組むのが、彼らのいつものやり方だ。


 だがしかし。

 何百騎も騎馬が離れたあとの荒野に、ただ一騎が残る。

 軍馬ココが白い鼻息を吐き、何かを見つめている。

 エルフの髪が白く逆立ち、火がまとう。

 そして騎士は、高く片手半剣ハンド・アンド・ハーフをかかげると、馬からおりた。


 副長は愕然がくぜんとした。

 マルコたちはいったい何をしでかすのか。

 すると、「では」とよく通る声がとなりを過ぎる。


 若ドワーフが手綱たづなをさばき、マルコの騎馬へと向かう。

 副長は、目を閉じ詠唱する魔法使いアルをちらりと見た。


 魔物の群れから、一体の岩鬼トロールが前に出る。

 しかしすでに味方はおらず、対峙するのは、たった二騎だけだった。

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