8 王都防衛戦0 発動のはじまり

 そしてこの年はじめての、新月の日。

 王都の夕べ。

 荒れ地となった西区のあとに、ささめ雪がまばらにふっていた。

 

 マルコは、腰の袋とは別に、人の頭ほどの暗い袋を背負う。

 ふと空を見上げると、ふわりふわりと雪が舞いおりた。

 なにかを思い出そうとする。

 背中から、よく通る声がする。


「マルコ! そろそろやみそうだ。

 急ごう……って何やってるの?」


 横に並んだアルは、あきれ顔。

 マルコは口を天に向け大きく開いていた。

 その唇の間に、一つ、二つ、泡雪あわゆきが入る。

 彼はびっくりした顔で、むぐっとそれを飲み込んだ。


「前に……はずれ森で、雨を飲んだんだ。

 アルもやってみたら?

 緊張が、ほぐれるかも」


 そう聞くと、アルはふっと笑みを浮かべ、思い出す。


「……ゆきにはいわれがあってね」


「なに?」とマルコは、興味深げな顔。

 探究者が続ける。


「前に……第三の神の善意が天にった話、したよね?

 雪はそのなごりじゃないか、と言われる」


「へえ」とマルコは先をうながす。


「だから今みたいにね、雪を浴びたり口に入れると、神さまの善意により、言伝ことづてが聞けるらしいんだ」


「ふうん」と相槌あいづちしたあと、マルコは肩をすくめた。


「残念だけど、何もおげはなかったよ。

 聞けると良かったのに……」


 そう言って、彼は向き直る。

 となりに、鋭い目のアルが並ぶ。


 ふたりが見渡す西区あとを、人の大波おおなみがうめつくす。

 数十万もの王立軍が、布陣していた。


     ◇


 王都防衛軍の陣立てが、南北にのびる。

 大きな天幕のなか、黒い板金鎧プレートアーマーを着た王女レジーナがいた。


 彼女は参謀ベラトルに肩を貸し、立つのを手伝う。

 参謀は情けない声を出した。


「こりゃっ! 面目めんぼくない」


 彼は粗末そまつつえをついていた。

 ひざを痛め、立ち上がるのもひと苦労。


 先導者ユージーンが、つらい顔で見つめる。

 北門の迎撃戦のあと、勝利したベラトルは投獄とうごくされたのだ。

 おかしなことに「魔物と取引して、勝利を得た」と、高級軍人に疑われた。

 解放は、王都が半壊したあと。

「魔物と取引」は現実ばなれのでたらめだ、と皆が気づいてからだ。

 それまで、自白をいられたベラトルは、脚にさわりが残ってしまった。


 先導者は決して許せないが、一方で悩む。今夜のいくさには、高級軍人も加わるのだ。

 禍根かこんはひとまずおいて、まとまらなければと覚悟する。


 しかし、ささやかな救いもあった。

 肩を組む王女とベラトルが天幕を出ると、外からかすれた声。


わろう」


 顔全体をかぶとおおうが、今は立派な軍服姿。

 以前、北の砦跡とりであとで出会った手練てだれの剣士、『副長ふくちょう』がベラトルの護衛だった。


     ◇


 西の城壁あとに、無数の篝火かがりびがつらなる。

 真ん中に、馬が引く王宮戦車が二台。


 黒鎧姿の王女が、一台の上にのぼった。

 戦車の前に、先導者と探究者が並ぶ。

 となりの戦車は、ベラトルと彼に肩をかす副長ふくちょう

 そしてレジーナの背後に、異邦人マルコが立った。


 彼女は、目の前に広がる壮大な軍列を一望するが、とても視界に入りきらない。

 居並ぶ軍人もまた、近くの歩兵をのぞき、王女の姿など点でしかなかった。


 戦車前に、上級騎馬軍団長が馬を進めた。

 かぶとについた大きすぎる一角いっかくをふり、叫ぶ。


「王女殿下! はばかりながら、この大軍勢は重荷と見受けられる!」


 歩兵が一斉にどよめく。

 いくさはもうすぐなのに、貴族の軍人が公然と司令官にたてついたのだ。


 ユージーンとアルが彼をにらむ。

 だが二人とも、唇は途切れずに動いた。

 詠唱だ。


 先導者は、その軍団長がベラトルをおとしめたこと、先のいくさで真っ先に逃げたことを知っている。

「許さぬ」と思うが、詠唱を終えこう叫ぶ。


謹聴きんちょう! 謹聴きんちょう

 王都防衛軍司令官から、お言葉!」


 歩兵は今度は、戦車の上に注目。

 だが王女は、立てた儀礼剣に両手をのせ、下を向きつぶやくだけ。


 軍団長は肩ごしにふり返り、部下といやしく笑うと、なおも口を出す。


「王女! 私に一軍いや三軍の指揮を––––」


「だまれ!」


 突如、レジーナが顔を上げた。

 うしろのマルコと目を合わせ、うなづく。

「な?」と驚く軍団長には目もくれず、彼女はとなえた。


「王都を守る神の善意、全軍にちからを発動!」


 その言葉でマルコは袋をとり、人の頭ほど大きな白い石を、高くかかげた。


 神の善意、王都グリーと呼ばれるその石は今やそのちからを解放する。

 いく筋も白い雲が石から生まれ、すさまじい勢いで王都の西を襲う。



 歩兵軍のうしろ、月の院部隊に並ぶエレノアは、となりの巫女みことおしゃべりしていた。

 だが、前から濁流だくりゅうのように白雲しらくもが押し寄せると、口を開け光を見上げた。



 陣立ての南、仲間と、傭兵隊の生き残り。

 隊長メルチェと禿頭の副長は、せま白雲しらくもを見て悲鳴をあげ、思わず逃げようとする。

 アカネとバールは、第三の民らが突然騒ぐ理由がわからなかった。

何事なにごとだっ?」と目をむくアカネに、バールがつぶやく。


「はじまったんじゃないのか?」


 そして、メルチェの大声。


「あれ見ろ! 王女の……王女の魔法だ!」



 北側、神官戦士団の列。

 キースとゴードンが、話し込んでいる。

 王女の護衛にまぎもうと、たくらんでいた。

 だが、急にキースがおびえ、ゴードンはふり返る。


「どうされた? 本陣が明るいようだが」


「あれが見えませんか?」とキースは驚き、自分の目がおかしいのかと疑う。

 だが彼もまた、アルバテッラに立つ第三の民なので、なんど目をこすってみても第三の神の祝福が見えた。



 全軍の真ん中。

 王宮戦車の上に、巨大な雲、レジーナの形の雲が立ち昇っていた。

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