7 西のたすけ、南のたすけ

 大河マグナ・フルメナ下流の森。

 王都の真西は枯れ木だが、その南、横長の湖のまわりは青あおとしている。

 さまよえるエルフたちがいた。


 七色なないろきみは、遠い目を東の夕空へ向ける。

 ここしばらく、第三の民が苦難にあえぐみやこしらせを、静かに聞く毎日だ。


 だが、その背中を見るアオイには、潮目しおめを起こすような、力強く荒々しい波の音が聞こえた。

 星読みエルベルトが、となりから気遣きづかう。


「月を読む日々で、おつかれか?」


 額飾りサークレットの下から、光る目を向けた。


「なんでもない……」とアオイは目をそらす。

 だがエルベルトの返事がないので、ふと、彼の瞳を見ると奥までのぞけた。


 彼の心はいま、風が吹いてもおだやかにただようさざ波。


 ふいに彼女は、双子ふたごを思い出す。


「アカネに何かあったと思う!」


「ああ。きっとほのお目覚めざめた」


 控えめな笑みで、エルベルトは応じた。

 アオイは思い切って吐き出す。


「それから私は、人の中の水音が、聞こえるようになったの……」


 月読み姫は、自らに起きたゆるやかな変化を告白した。


「ふむ」と星読みはあごに指をあて、考える。

「目覚めが近い」とげたところで、不安にさせるだけで彼女は嫌がるだろう。

 だから、少し話をそらしてみた。


「様子を見ましょう。

 ところで、満月の時はつらそうでしたね」


「まぶしかった! もう、月は見たくない!

 もう私の中にきざまれたから!」


 アオイは取り乱し、倒れるようにエルベルトに抱きつく。

 星読みは柔らかく彼女を受け止めた。

「平気ですよ」となぐさめる。

 エルフの少女はしゃくりあげ、泣きはじめた。


 そのとき一瞬。

 エルベルトの目に、彼方かなたまで広がる壮大な海が見えた。


 彼はしばし、呆然ぼうぜんとする。

 それから、少女を落ち着かせるためか歌をささやき出す。


「エルフの水 エルフの水

 浄化の炎 目にうつすとき その海 何処いずこもつなぐ––––」


     ◇


 アルバテッラ、大河の南。

 新春はしばも枯れ、薄茶色の大地がどこまでも続く。

 大平原が広がる、ルスティカの朝だ。


 なかの町通りとつながり、南北にはしる王都街道に、古びた馬車が止まっていた。

 荷台は穀物がこんもりして、大きな鳥の羽や獣のかわ、干し肉が詰まったたるもわんさとんである。


 だが青年団のダニオは、その荷の上に座る娘に見惚みとれていた。

 うしろでしばる桃色ピンクの髪はあざやかに、風で房がゆれ朝日を反射する。

 肌が露出した白いあしを組んで、目は遠く、北を見つめていた。

 張り詰めた表情の白い顔は、はっと驚くほど美しい。

 ダニオはそう思った。


 御者台から壮年の男が礼を言う。


「いやぁ助かったわ! こちとら、さらに北なんて初めてだからよ。心細くって」


 と、全く心細くなさそうな、端村はしむらの小熊亭亭主、ポンペオの威勢のいい声。


「寄り合い長にもよろしくな、にいちゃん!

 それで……次の街は、るーらん?」


 ダニオは苛立いらだち、横目をやる。


「ヌーラム! このまま真っすぐ行って、川にぶちあたれば他の馬車もいる!

 それについて西にいきゃいいからっ!」


 早口で返すダニオに、ポンペオは首をのばしてゆるい笑顔を見せた。


「いやあぁぁ助かったわ!

 こちとら初めて––––」


 だしぬけに、荷の上から娘が口をはさむ。


「ねぇねぇねえ、お父さん! その先の王都まで、このまま行っちゃおうよ!」


「こらぁシェリー! だめだっ!

 母さん心配して待ってるんだぞ。

 俺らにできるのは、食いもん届けるまで!

 ……るーらむ、にな」


「えぇ、なんでよぉ! ちょっと行くだけ。

 すぐそこじゃない?」


 話し出す端村はしむらのシェリーを見て、ダニオは呆気あっけにとられた。

 ずっと大人だと思っていたのに、としはそう変わらないようなので驚いたのだ。

 彼はおかしくなって、「くっくっ」と笑いがもれる。


 すると娘は目ざとくそれを見た。


「ちょっと! なんだよっ!

 田舎者いなかものと思って、バカにしてるでしょう?

 なによ……王都のひとつやふたつ……」


 そう聞くとダニオはえられず、腹を抱えて大笑い。

 シェリーは恥ずかしくて、赤くなった。

 だがひらめいて、意地悪な顔でダニオにたずねる。


「ちょっと、お兄さん––––」


「ダニオだ。オレは青年団長のダニオ!」


「ダニオは、王都に行ったことあるの?」


 そう言ってシェリーは、得意げな顔。

 ダニオは思わず目をそむけた。


「オレは……ない」


「ほらあぁ! やっぱり」


「でもダチがいる! そいつは、すげー剣士で、きっともう王都で……がんばってる」


 それを聞くと、シェリーは真顔になる。

 今はきっと、アルバテッラ中が王都を心配している。

 青年のとも––––それはマルコのことだが––––のことを、思いやった。

 だがしかし、生来せいらいの負けん気がおもてに出る。


「それ、ズルイ! そんなの私にもいるよ!

 すっごい狩人かりゅうどでちょとカ、カッコいい……あいつも王都にいった! ……はず」


「……そっか。そいつも無事だといいな」


 あやしい彼女のとも––––これもマルコのことだが––––のことを、ダニオは笑わなかった。


 二人は微笑ほほえみ、ポンペオが「じゃあな! ハイッ!」と声をあげ、馬車は進み出した。

 シェリーは、再び強いまなざしを北の方、王都へと向ける。


 軽く手をふったダニオは、なかの町通りへとふり返る。

 馬車が続ぞくとやって来る。

「今日もいそがしいな」と口に出して、彼は自分のつとめを思い出した。



 南は端村はしむらから、広大なルスティカまで。

 みやこの苦難を思いやる人々が、あらん限りの支えを積んで、街道を北上する。

 荷馬車はつらなり、アルバテッラの中心へ向かっていた。

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