6 アルバテッラの年明け

 王都、新年の日。

 空中庭園に、来たる合戦かっせんにそなえる仲間がいた。


 清浄な木漏こもれ日のした、マルコが剣をり構える。

 離れて、王女レジーナが片手半剣ハンド・アンド・ハーフの剣先を見つめる。

 形はまるで、大河をくだった長舟ロングシップのよう。彼女はそんな夢想をした。


「それで、グリーのあるじになってみてどう?

 なにか変わった?」


 マルコの声で、はっとレジーナは夢からさめる。


「私は……ほぼ変わりない。

 今はまだ王にちからを向けているから」


「バレないようにね!」


 マルコは楽しげに笑った。


 レジーナは不思議に思う。

 異邦人はなぜ逃げ出さず、この国の危機につきあうのか。「マリスが関わるから」と彼は言うが、疑問は残る。

 しかし王女は、「これも祝福かな」と彼を信じた。


 すると遠くから、少年のえらそうな声。


「マルコ! 生きた木は傷つけるなよ!」


「わかってるよ! うるさいなぁ」


 不満げに答えるマルコが向く先に、アカネがいた。


 髪が光るエルフは、若ドワーフのいしゆみの訓練につきあっていた。

 ガチャッ! と音がし、素早くてこが巻き上げられる。

 バールが片目を寄せ、横に広がる弓の引き金に指をかけた。

 ドッ! と矢は放たれ、枯れ木に命中。


 アカネは引きつる顔で、バールの見事なわざめるしかない。


「ま……まあまあじゃないか?

 俺は弓派だけどそれだけ腕の力があれば、クロスボウも悪くない……」


「ありがとう、アカネ。

 これで馬の上でも護衛できる」


 若ドワーフは、ニカッと笑顔を返す。

 そこに「すごいじゃん!」とマルコが入り3人は笑い合った。



 彼らへ歩きながら、王女は考える。

 あの第一の民と第二の民の若者が協力するのは、マルコのためだろう。

 前に、北の探究者の妻ルアーナに言われた『満月の加護』とは、このことだろうか?

 彼女は微笑ほほえみ、3人に呼びかける。


「心強い味方だ!

 満月の夜にはグリーの力も得た。

 これが、満月の加護かな?」


 その言葉にマルコがふり返り、「あぁ……ルアーナさんが言ってたやつね」と笑顔を見せた。

 しかしアカネは意義を唱える。


「んんん! 違うんじゃないか?」


「え?」と驚き、レジーナは続きを待った。


「俺も関わるって言ってた。なんだろな? 

 いくさは新月の夜だろ?

 満月の加護なんてあるかなぁ。

 あの婆さん、ボケてたかもよ」


 いたずらっぽく話すアカネを、マルコがあわててたしなめた。


 レジーナはうろたえたが、エルフに悪気はないと思い直す。

 それより、加護の謎を他の者にも聞こうと思った。


     ◇


 王城へつながる空中庭園のすみ

 ユージーンとアルが策を語り合っていた。

 その背後から、巫女みこエレノアがおずおずと声をかける。


「あの……」


 先導者と探究者が同時にふり向く。

 巫女みこはためらったが、意を決した。


「私はやっぱり、月の院部隊に参加しようと思うの。

 ちからなきひともてらすのが月のつとめ。

 私は、月の巫女みこだから」


「そう。決めたんだね」


 とアルは、優しい笑みを浮かべる。

 商業の街ヌーラムの巫女長みこちょう、サチェルがひきいる一団もみやこ入りしている。

 それからエレノアが悩む姿を、彼はずっと見守っていた。


 ユージーンも冷静に応じる。


「こたびの参謀ベラトルの策をふまえても、それが良いです。

 異邦人と探究者の遊撃騎馬隊は、敵の背後に回る危険な役なので。

 巫女みこ殿は、本陣で力をつくされよ」


 仲間にわかってもらえると、エレノアは胸のつかえがとれて、ぱあと笑顔になった。

 なごませるように、アルが冗談めかす。


「リリーはどうするの? また胸にドラゴン入れて––––」


「やだ!」と巫女みこが赤面した時、うしろから少女の高い声がした。


「おそろいだな!」


 レジーナは笑顔で駆け寄ると、開口一番、こう切り出す。


「みんなは覚えてる? 北の探究者の家で『満月の加護』の話をされたの」


「あぁ、そうだった」とアルは顔をゆるめ、「こんな話もあって––––」と夫妻のとりとめのない話をはじめた。

 王女がさえぎり「新月の夜もきくかな?」と本題に戻そうとするが、アルの余談はつきない。



 先導者はそれを聞かず、王女の変化が気になっていた。心を開き、表情も明るい。

 彼女は、王都グリーを発動して『光の軍』を召喚したいと相談してくれた。

 彼は、王女の成長が心から嬉しかった。


 ユージーンが感慨にふけり、じわあと涙ぐむとなりで、巫女みこが「あのー……」と片手をあげる。


 みな一斉に彼女に注目。

 エレノアは、笑顔を輝かせた。


「私たち巫女みこは、光がないときも加護を得るように学ぶの。

 レジーナ様、それは、心の月」


「心の月?」と王女もつぶやき瞳を開いた。


     ◇


「心の月?」


 かつての北の探究者ナサニエルは、湖畔のほとりに座り、妻におうむ返しをした。

 かつての満月の巫女みこルアーナは、新年のきよい月夜を楽しみ、心配性の夫を励ました。


「そう。その湖に光る月のように、心のいずみに月の姿をとどめるの」


 そう聞いて、ナサニエル老はあわててふり向く。確かに湖面には、満月をすぎた月が、きらきらとうつっていた。

 だが老人は納得なっとくしない。


「それがどう加護になる?

 半月後に、あいつら本当に勝てるのか?」


 婦人はおだやかにさとす。


「それはあの子ら次第。私は信じてるわ。

 問題はそのあと。つかれた人々をいやす光が必要。

 王女……の先に、光をうつす、水が見えた」


 そう言う彼女は、んだまなざしを湖面に向けた。


 探究を続けるナサニエルにも、妻の全てはわからない、謎だ。

 だが彼も信じた。

 彼女があの目をするとき、その予見はたいてい当たるのだ。

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