4 変わらぬ主(あるじ)

 アルバテッラ王城。

 謁見えっけんの間の入り口。


 扉を前に、先導者ユージーンは腕組みし、王女が出てくるのを待ちわびていた。

 城をたずねた二人は群衆の間をぬって、王との謁見えっけん敢行かんこうした。


 城の外から中まで、高貴な人と、そうでない人であふれている。

 左を見ると、屋外に面した柱廊ちゅうろうに、王との面会を求める者が遠くまで並ぶ。


「王女ご帰還!」と先導者は何度も叫んで、むりやり割り込んだのだ。

 ふうとため息をつき、彼は閉じられた扉を再び見つめた。


     ◇


 大杖をつく探究者アルは、西区跡をよろめいて歩いた。

 瓦礫がれきが広がる荒れ地を、呆然ぼうぜんと見渡す。

 幼い頃から知る街の変貌に、心は追いつかなかった。

 だがそれより異邦人マルコの身を案じた。見失った不安にかされ、呼び声をあげたい気持ちを我慢がまんする。

 遠い目の彼はしかし、笑顔に変わった。

 こわれた赤い風車の近くにいるのは仲間だ。


 あわててアルは走り出す。

 マルコはじめ、仲間4人がそろっている。

 ほかの誰かを、なだめているようだ。

 その人は背が低く、妙に小さな頭で、淡黄色の髪をふり乱していた。



 息を切らしてアルが合流すると、マルコが片手を上げ笑顔を見せた。


「遅いよアル! なんだか……大変なんだ」


「どうしたの?」というアルの返事にかぶせて、バールが叫ぶ。


「ソーリさん! 落ち着いて」


「これが落ち着いてられるかバルタザール!

 どうしても親方おやかたは、聞いちゃくれない!」


 東区で店を営む地の霊ノーム、ソーリが返した。

 若ドワーフは小さな小人、西区の親方をっこしている。

 バールの腕の中で、親方は威勢よく小さなこぶしを上げた。


「ゼッタイに、ここから動かん!」


 ほうけた顔のアルに、マルコが説明。

 災厄の後すぐ、西区の親方を案じた地の霊ノームのソーリが迎えに来たというのだ。

 しかし親方は、決してその土地から離れようとはしなかった。


 ソーリはなげく。


「もう何日もかよって、店もひらけやしない!

 こんな時だから、ウチに来てほしいのに」


 だが小人の親方は小声で反論。


「ワシらは、きめた土からはなれんのじゃ!

 お前もいずれそうなる! サダメだ!」


 バールや仲間は、肩をすくめる。

 だがアルは、ゆるむ口を手で隠した。

 気づいたマルコが意地悪くたずねる。


「アルなら、どう解決する?」


 探究者は、思わず吹き出す。あくまで土地にこだわる、地の霊ノームの気質がおかしかった。

 だが「ごめん」とあやまり、真顔になる。


親方様おやかたさま、ソーリさん、お任せください。

 私たち皆でこの地を守ります。

 この異邦人マルコと一緒なら、それができるんです」


 その言葉に、アル以外の全員が驚く。

 マルコはぽかんと口を開き、背の高い魔法使いを、呆然ぼうぜんと見上げた。


     ◇


 謁見の間に面する柱廊ちゅうろう

 やっと出てきた王女のうしろを歩き、ユージーンはたずねた。


「王はなんと?」


 しかしレジーナは無言のまま。込み上げる怒りで細い肩がふるえている。

 ユージーンは気まずくなり、廊下に並ぶ人々に目を向けた。

 王をたよる貴族、大商人、肩当てが獅子しし奇抜きばつな鎧の高級軍人もいる。


 やがてレジーナがどまり、ふり返った。


「王は変わらぬ。

 グリーが王都の半分を守るゆえ、案ずるなとのことだ」


 先導者は絶句した。予想はしたが、実際にこうなると、希望は失われ目の前が真っ暗になる。

 しかし、王女の瞳は輝く。


拝命はいめいは、できた。次の防衛戦の司令官は、私だ。

 貴公が言ったとおり、ほかに希望する者がいないそうだ」


「おお!」とユージーンの顔は一気に明るくなる。計画がはじまり、先導者の頭の中が回り出す。

「次は?」と考えた時、レジーナが続けた。


「北門でベラトルに会おう。

 あの者も……ひどい目にあったようだ」


 そう言って、くやしそうにうつむく。

 ユージーンはくわしくは聞かず、王女と共に先を急いだ。



 しばらく歩くと、廊下の列で見慣れぬ一団を目にした。

 ユージーンは横目をやり、剃髪ていはつで白装束の妙な神官らの会話を耳にする。


「はるばる南から来たのに……」

「本当にそう! アエデス様の先読み通り」

「混沌の祭からの神官長、キレッキレ––––」


 ユージーンはなぜか、マルコの甘い笑顔を思い出し、足が止まる。

 レジーナは、ふり返ると不思議そうに彼を見上げた。


「どうしたのだ?

 あれは……テンプラム神官だ。南の––––」


 と途中で、彼女もはっと瞳を開いた。


 二人は、テンプラム神官の一団をじっくりながめる。

 列の中ほど、白髪頭に鳥の羽を付けた老婆が、ちょこんと子どものように座っていた。


     ◇


 王都、北門の夕べ。

 マルコは、城壁前でごった返す軍の野営にいた。

 西区跡でソーリから、「まっとうな軍」は北門だと聞き、そのまま傭兵隊を探しにきたのだ。

 篝火かがりびがてらす大勢の兵の中に、また単騎でマルコはココを進めた。



 キョロキョロ見回すが、まるで兵の区別がつかない。

 そこでマルコは、馬上で声を張り上げた。


「ひとーつ!

 無理せず急がず身をさけよう! ハイ」


 周りの兵が一斉に、奇異なものを見る目でふり返る。

 しかし彼はくじけなかった。


「ふたーつ! 逃げることははじじゃない!」


 遠くで、「はじじゃない……ほんのうなんだ––––」と復唱が聞こえる。

 マルコは馬をはやめた。


「みーつ! 手柄てがら栄誉えいよも、ぐはぁっ!」


 横から何かがぶつかり、あやうく落馬しそうになる。だが背中を見たマルコは、笑顔がはじけた。


 飛び乗った小男がたしなめる。


「シーッ! その『おしえ』は隊の機密だ」


 やつれた王都西軍傭兵隊長、メルチェとの再会だった。

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