3 変わり果てた王都

 一晩と二日の旅をへて、神官戦士が導いた一行は王都が見下ろせる丘の上にいた。

 真冬でくすんだ麦畑が広がり、曇り空の下にあの大都市が浮かぶ。


 たったひと月ぶりなのに、マルコは彼方かなたにかすむ城をひどく懐かしいと思った。

 だが、変わり果てた城壁と眼下の光景に、みな言葉もない。


 ユージーンがレジーナに目をやる。

 王女は冷たい風に顔をさらすまま、一心に遠くを見つめていた。


 マルコは、あまりの情景に不思議な感覚になった。

 南門から西の城壁と街が、すっかりない。

 門の前は、遠くでもわかるほど多くの人で混雑している。みやこへ入る馬車はほんのわずかで、出てくる荷馬にうまや群衆が続く。

 南へ伸びる街道は遠くまで人がつらなる。

 その右手、かつて黄金色きんいろだった麦畑には、灰色の天幕が密集していた。

 むき出しの大地をうめる天幕から、き出しの細いけむりがいくつも天に伸びる。

 あまりの変わりように、マルコにはこれが現実とは思えなかった。


「南門は……とても通れぬでしょう」


 神官戦士ゴードンの声で、みな我に返る。

 アルが不安げに、ユージーンを見た。

 先導者が問う。


「では……東門ならどうでしょう?

 見たとこ、さほど人は集まっておらぬようだが」


 すると、ゴードンは深くうなづく。


「良いでしょう。

 王女様がいれば……通れるはず」


 ドワーフはそう答え、沈んだまなざしを向けた。


     ◇


 馬車は、東の果ての街に置いてきた。

 だが軍馬ココは、アカネがなんとか船にのせて、連れてきた。

「どうしても」とマルコが言い張ったのだ。

 彼はそんな一頭の馬を引いて、仲間と共に王都の東門まで歩いた。


 すっかりこごえ震える一行と、ドワーフ神官戦士が近づくと、板金鎧プレートアーマーの門番がわめく。


「ここは誰も通れぬ! 南へまわれ!」


 ユージーンがすかさず応じる。


「アルバテッラ王女レジーナ様、ご帰還!

 王都を救うためみやこりしたい」


 すると門番は面あてをあげ、異国姿も混じる一団に近寄り、黒髪の少女を疑った。

 だがレジーナが大きな瞳で見返すと、あわて出す。


「しっ失礼しました!

 王女様ご帰還! 門を開けろ!」


 マルコら一同の前で、鋲がうたれた大きな扉が重々しく開く。

 マルコもレジーナも、ほかの仲間も、開く門の先を見て唖然あぜんとした。

 扉のなか、東区の街はなんの被害もなく、冬の日差しを浴びて白い通りが輝いていた。


     ◇


 ゴードンはじめ仲間は、王都東区をまかり通る。

 マルコは美しい街並みをキョロキョロながめた。なんの変わりもない。すれ違う明るい衣装トーブの人々も、穏やかなものだ。

 しかしソーリが営む地の霊ノームの店は、看板が外されていた。

 バールが扉の張り紙を見て、「休業中だ」とマルコに教えてくれた。


 

 やがて、王都を東西の二つに分ける大通りに着いた。

 みなの足が、止まる。


「ひどい……」と、巫女みこエレノアが口もとに手をやった。


 通りの反対側に鎧姿の軍人が並ぶ。

 泣き崩れる茶色い服の西区の群衆が、兵にすがる。だが通りを越えることも禁じられ、民は軍人の前にしゃがみこんでいた。

 その向こう、かつて西区の街が栄えたところには何もなく、遠くの荒野と曇り空が見渡せる。

 魔軍の災厄は西区だけをほろぼし、神の善意グリーに守られた東区は、その救済をこばんでいた。


 アルが心配して、マルコに目をやる。

 だが彼は衝撃のあまり、立ち尽くすまま。


 ユージーンは拳を握りしめた。しかし。


「城へ向かうぞ」


 と素っ気ない声がかかり、見るとレジーナがすたすた北へと歩き出した。

 一方、背中からはマルコの声。


「あの! 僕、会いたい人がいるから!」


 ココにまたがり、彼は通りの向かいへ駆ける。

 すぐにアカネとバール、そしてエレノアがあとを追った。

 アルは、その場で駆け足してユージーンに言いわけ


「ジーン! 私たちは……偵察ていさつに行く!」


 大杖をふりふりマルコたちのあとを追った。

 その背中に、先導者が叫ぶ。


「では魔法学院アカデミーで落ち合おう!」


 彼もあわてて王女のあとを追った。

 ふり返ることもなく歩くレジーナは、唇をみしめ、泣いていた。



 とり残された、ハラネ国使節団。

 キースは戸惑い、ぼけっと立つドワーフらに問う。


「我々は……どうすれば?」


 神官戦士ゴードンが、大きな目でぎろりとにらむ。

 しかし彼もどうすれば良いかわからず、そのまま動きが止まった。


     ◇


 群衆の間を抜け、マルコは西区跡を一騎で駆けた。


 何かを探し、瓦礫がれきが広がる荒れ地を見渡す。

 傭兵隊の皆はどうなったのか?

 隊長メルチェと禿頭の副隊長は?

 胸が押しつぶされ、たまらず彼は空を見上げ、やみくもに叫びたかった。

 その時。


「にゃあぁ」


 と声がした。


 涙目のマルコは、あせって見回す。

 つながりがあるなにかを求め、彼は必死だった。

 見ると、こわれた赤い風車のずっと手前で、影が動く。

 ココをせかして近づき、馬から降りる。

 瓦礫がれきの間に見つけると、目が見開いた。


「トラ! それに……西区の親方おやかた!」


 ほこりまみれの茶トラの猫。

 それにくっつく、小人の地の霊ノームが顔を上げた。


 笑顔でマルコは駆け寄るが、地の霊ノームの親方は両手を上げ、小さく叫ぶ。


「とまれ! アブナイ!」


 気づいた異邦人は、そろり、としゃがむ。

 小人の小さな顔と向かい合うと、互いに、ささやくように笑い合った。

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