2 桟橋での再会

 夕方に風はやんで、大河マグナ・フルメナはいだ。

 川の青を夕日の赤が分かつ水面みなもを、細長い船が二艘にそう進む。


 船の両側に並ぶ盾の間から、かいがなん本も飛び出し水をかいた。


「ホーライッ!」


 マルコは歯を食いしばって、力の限りかいを引く。

 反対側のバールも、マルコやハラネ使節団の漕ぎ手に合わせる。力がある若ドワーフは船をぐのはたやすかった。

 そのうしろ、髪が火色に光るアカネも、「ほーらい」とかいを動かす。だがそれは水をくぐらず、彼はさぼっていた。

 彼ら漕ぎ手の背面に船は進む。

 長船ロングシップの後方で、キースがを手に叫ぶ。


「よし! あの桟橋さんばしだ!

 となりに負けるな!」


 そう聞いて、みな左に目を向ける。

 へさきに王女レジーナが立つ長船ロングシップが、すうと追い抜いていった。


 キースが何かどなるが、アカネはとなりの船を見てぎょっとした。

 向こうのアルも、懸命にぐふりをするがかいは水面を跳ねている。

 アカネと同じように、魔法使いもさぼっていた。


     ◇


 アルバテッラ王都の南東。

 大河マグナ・フルメナにかかる桟橋さんばし

 二艘にそうの船が接岸する。


 暮れなずむ桟橋さんばしへ、白い法衣ローブのドワーフたちがどたどた駆けた。


「隊長の言った通りだ!

 東からも、ほんとに援軍えんぐんが来た!」


 先頭のドワーフが肩越しに叫ぶと、野太い声が答える。


「ヴィーリ、止まれ! あれは異国の旗だ!

 それに……早過ぎる」


 王都神官戦士団、遊軍隊長のゴードン・ゴルディロックスは、細長い船をあやしんだ。だが、ほんの少しの間。

 手前の船から、銀髪の法衣ローブ姿の男と、黒髪の革鎧の少女が降りてくる。

「あれは?」と気になり、二人を思い出そうとする。


 だがその背後から、大杖を持つ橙色オレンジの髪の魔法使いと、水色の髪の巫女みこが降りてきた。

 喜びのあまり、ドワーフは叫ぶ。


「オーホホッ! いったいなんてことだ! アルフォンス・キリング! なぜここに?」


 野太い声に気づいたアルは、破顔はがんして杖をかかげた。すかさずふり向くと、桟橋さんばしの奥を杖でさす。


 薄暗いなか、黒髪で、白銀の板金鎧プレートアーマーの騎士が歩いて来る。

 それを見るとゴードンのあごは落ちた。

 ふらふらと足を前に出し、確かめるようにつぶやく。


「貴公……マルコなのか?」


 つぶやきは、野太い歓喜の叫びに変わる。


「ホッ! マルコ・ストレンジャー!」


「ゴーディ!」


 マルコはあっという間にゴードンのもとへ駆け、力強く肩を抱く。

 顔を見合わせると、二人は豪快に笑った。


 桟橋さんばしに降りた、バールとアカネも微笑む。

 旅の仲間とキースは、異邦人とドワーフの風変わりな友情を見て、胸が温かくなった。


     ◇


「くうぅぅ! これこれ! なつかかしい味!」


 マルコは、わざと陽気な声をあげた。


 仲間は、王都神官戦士団の野営に招かれていた。

 王女とユージーン、ハラネ国使節団は天幕の中で、マルコたちは野外のき火の前で、ニンニクがゆを振る舞われた。


 炎がてらすわんの中を見て、アルは軍の窮状きゅうじょうを察した。

 ひとさじすくうと、あまりの水っぽさに驚き、となりのエレノアに苦笑い。

 うつむくゴードンが謝る。


「粗末なもので……申し訳ない」


 エレノアとバールが、あわてて首を横にふった。

「そんなことないよ」「温かいものをありがとう」と口々に慰める。

 アカネも両手でわんかたむけ、かゆを口に流すと舌なめずり。


 ゴードンは、ふうとため息をついた。


 マルコは静かに彼を見つめ、先ほどのしらせを思い出して、また胸が重苦しくなる。



 先の新月に王都の半分、西区が壊滅かいめつした。

 西門防衛に参加しなかったゴードン隊は、翌日、急ぎ王都へ向かった。

 城壁の南で目にしたのは、家を失って泣き叫ぶ、麦畑をうめるほどの避難民。

 残った軍と一緒に天幕を組み、その者らに仮の住まいを建てた。

 隊の食糧も提供し、そうこうしているうちに、王城から例の勅命ちょくめいが各地へ飛ぶ。


「王都を守る意志あるものは、みやこりせよ」


 伝令からそれを聞いたゴードンは、「冗談じゃない」と怒りをおぼえた。

 来いと言ったところで、王都は何の準備もできていなかったのだ。


 今度は南軍を手伝い、南のヌーラム、王都大橋からの人の流れを手配。

 それが済むと彼は、王都の南東、大河のほとりの偵察を再開した。もしも大河から東の援軍がくるなら、無事に迎えたかったのだ。


「まさか、ハラネ国の方々。

 それに、王女様と異邦人殿の一行を迎えるとは、思いもしませんでしたが」


 ゴードンが真面目まじめにそう語ると、耳をかたむける王女レジーナはじめ皆、思わず笑った。



 ニンニクがゆを食べ終えたマルコは、笑みを浮かべて、瞳を上げる。


「ゴーディが来てくれて本当に良かった!」


 となりのアルへ目配せした。

 気づいたアルが、あわてて続ける。


「そ、そうそう! 私たちも、王女様を連れて迷子まいごにならずにすむ」


 そう聞くと、神官戦士隊長はやっと笑顔になった。


「皆様方を王都へ導くつとめは、任せてもらおう!」


 ゴードンがこぶしで胸を大げさにたたくと、その場の者はみな、笑顔で歓声を上げる。


 しかしマルコは、彼の大きな目がまた沈むのを見逃さなかった。

 らしくないともの姿を目にして、聞くばかりの王都の惨状がだんだん実感をともなう。

 マルコは、手に負えない不幸が、自分の肌にも触れようとしている気がした。

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