18 急転

 地底の死闘から一夜が明けた。

 その日をのんびりと過ごした仲間たちは、昼もだいぶ過ぎて、砂漠の国ハラネ使節団の屋敷にいた。

 王子キースから招かれたのだ。


 前と同じ応接間に通され、テーブルで待たされる。

 キースはじめ使節団は、挨拶あいさつしたあと奥に下がったまま。

 いまわしい昨夜のことにはふれず、みな思いおもいに談笑した。



 お茶を片手に、マルコが笑顔をバールに向ける。

 その顔にはもはや、かすりきずしかなかった。


「バール。あの絵って、ひょっとして……」


 マルコが指さす壁の肖像画を、若ドワーフも見上げる。

 その顔には、爆発の痛々しいきずがいくつも残る。しかし、平然としていた。


「ああ、僕の先祖だ。彼は僕の父の従兄弟いとこの父で、その妹が僕の母の父と––––」


「ああぁ! ところで」


 アルがって入った。

 すでにマルコは、複雑なドワーフの家系に頭を抱え、固まったままだ。


 アルのまぶたれ上がり、眠けをさまそうと目をしばたかせる。彼は話題を変えた。


「バール。せっかく帰って来たのに、実家に顔を出さなくていいのかい?」


「まさか!

 そこで旅が終わる! とんでもない!」


 傷だらけのバールは、何か振り払うように首を何度も横にふった。



 アカネの髪は今、逆立ってはいなかった。だが窓から日がさすと、燃えるように火色にゆらめく。

 エレノアは、不思議そうにそれを見る。


「なんだか……イメージ変わったね」


 アカネはうつむくまま「あぁ」と生返事なまへんじ。だが思い直したように、すぐ顔を上げた。


「変わらず俺は、みんなを守る。マルコが、マリスのかたをつけられるように。

 だから、これからも……よろしくお願いします」


 彼は輝く頭を、ぺこりと下げた。


 仲間はみな、目が点になる。

 バールは何が起きるのかと肩を震わせて、アルが好奇心で目を丸くする。

 しかし、「ありがとう」とマルコがあたたかくこたえると、レジーナもユージーンも、ほっと笑顔になった。



 卓上で、赤いトカゲがうとうとしている。

 エレノアが目を寄せて見つめ、真剣な顔で言った。


「そろそろ、名前をつけてあげなきゃ」


 マルコの声がはずむ。


「赤いから、アッキーはどう?」


却下きゃっか。少しかぶる」


 アカネが、いつも通りひとりよがりな意見で反対。

 エレノアは迷う。


「う〜ん。もっとかわいく、リリーとか?」


 すると、離れた席のユージーンが咳払い。


「ゴホッ! 名前は……あるだろう。

 北方の破壊者」


「北の災厄。大罪を恐れぬ古龍」


 鋭い目のアルが続けた。

 ユージーンが、低い声で明かす。


「火龍ストラグル。今は、かりそめの姿だ」


 エレノアは戸惑い、赤いトカゲをまじまじと見つめた。

 そして泣きそうな顔でキョロキョロして、レジーナに目で助けを求める。

 お茶を一口飲んだ王女は、いたずらっぽく答えた。


「以前はどうあれ、今は仲間。だから私も、リリーに賛成」


 王女は、晴れ晴れした少女の笑顔を浮かべていた。

 ぱあと巫女みこの顔も明るくなる。

 赤トカゲも目を開け、「くぅ」と上機嫌に首をあげる。

 ユージーンはふうとため息。だが、笑顔になってアルと微笑ほほえみ合った。


     ◇


 扉から王子キースがあらわれた時。

 彼の緊張した表情を見て、マルコは不思議に思った。

 だが王子はすぐ、おどけた笑顔で切り出す。


「夕べは本当に参りました。王女の胆力たんりょく

 3人だけなのに『全軍、突撃』とは……。

 おそれながら、その度胸に感服かんぷくしました」


 彼の陽気な語りに、その場のみな笑った。

 先導者ユージーンは好機ととらえ、すかさずうったえる。


「いかにも! アルバテッラ王女レジーナ様は、若くして数々の困難を乗り越えました。

 貴国でも、軍才で貢献できるでしょう」


 彼は、王女が策謀渦巻く帝国宮殿にいるより、軍に関わるほうがましだと考えたのだ。


 しかしキースは、暗い顔でユージーンへと歩み寄る。

「補佐官殿、これを」と言って、赤い封蝋ふうろうがついた手紙を差し出す。

 ユージーンは驚いた。


「補佐官? 私はもう––––」


「状況が変わった。我々にも恐るべきしらせが届いた。まずはご確認を」


 真剣な目のキースから、ユージーンは手紙を受け取る。封を開き、中身に目を通した。

 彼の顔が、みるみる青ざめる。

 となりのレジーナにひそひそ話すが、王女はきっぱり言った。


「よい。みなに知らせよ」


 決然とした少女の横顔を見つめるユージーンは、どうしたことか、震えていた。

 仲間は固唾かたずを飲んで見守る。

 先導者は、みなに告げた。


「先の新月の侵攻で、西の城壁は全壊。

 王都の半分が……陥落した……」


 一斉に起きるどよめき。

 だが震える声は続く。


「王都を守る意志あるものは、みやこりせよ、とのこと」


 仲間は、れる瞳を交わし合った。


     ◇


 沈黙を破ったのは、ハラネ国王子キース。


「我々はみな、アルバテッラ王都へ向かうべきかと」


 王女レジーナがうなづき、立ち上がる。


「ご配慮、感謝します。一刻も早く、王都へと戻る手段を考えねば。……そして」


 レジーナは瞳を真っすぐマルコへ向けた。


「異邦人マルコ・ストレンジャー殿。

 できれば––––」


「行くよ」と、マルコは自然と口から出た。自分でも不思議だったが、決意は固かった。


「神の悪意の石が、関わってる。もう逃げてられないから……。でも、どうすれば……」


 だんだん、マルコの声が小さくなる。

 しかし、良く通るアルの声。


「考えよう! みんなで。

 きっと何か手があるはず。……そういえば。

 先導者、策はあるんじゃない?」


 呼ばれたユージーンは、顔に赤みがさし、ニヤリとした。


「さすがだ、探究者。

 しかしこんなに早いとは……。

 恥ずかしながらこの先導者、先を読むのも困難な時を迎えたようだ」


 彼の本音に、ふっと仲間に笑みが戻る。

 先導者は続けて願う。


「皆のちからを貸して欲しい。

 行き先は、私が導く」


「続こう。先導者の導く先に」


 王女が堂々と応じると、仲間も勇気がわいてきた。

 だが、ユージーンは頭を抱える。


「最初の問題は、どうやって帰るか、だ」


 すると、キースの日焼けした顔に笑みが広がる。


「それなら提案がある。

 我々には、貴国で買った船がある! 川賊さえ避ければ、途中、魔物にもあわない。

 あれはいいものだ!」


 そう言って彼は、マルコに満面の笑顔を見せた。


 マルコは、キースの青い瞳の中に、西の海を見出みいだした。

 西の海へは、雄大な大河マグナ・フルメナが流れ行く。

 仲間とともに乗る船は、キースが指揮して川面かわも波立なみだたせるだろう。

 風と水に流されて、一気に王都へ帰還するのだ。

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