17 炎の目覚め

 アルバテッラ唯一の長命の種族、エルラウディス・ナナオが母で、古代の王ロムレス・ウルヴズハートを父に持つ。

 ハーフエルフのエルヒノア・アカネ・ロムレスは、その第一の民としての生涯を閉じた。


 しかし父ロムレスは、生まれながらに神の悪意に血肉を奪われ、そして取り戻した。

 父は、『ひとならぬひと』であった。

 その血と、長命族の血が混じる彼の生は、たぐいまれなる奇跡に満ちている。


 今、アカネのたましいは肉体から離れ、白い炎に焼かれる体をただ見つめた。

 自らの姿を外から見ると、かつての自分をやむことがいくつも思い出される。


 だが、離れて横たわる異邦人が目に入るとやんでもやみ切れなかった。

 守ると誓ったひとを守れなかった。

 ひとあだなす者を止められなかった。


 そうした想いのなかに、やがて、かねが響き渡る。

 あの、尊い方々の声が聞こえてくる。


 ゆっくり、彼はその、神命しんめいを受け入れた。


 すなわちこの世が果てるその日まで、浄化の炎となって、あだなす者を焼きつくさんと。


     ◇


「アカネーーーッ!」


 探究者アルが絶叫。

 肩を抱かれるエレノアも、胸元からのぞく姿凝視ぎょうしする。


 アカネの全身が白い炎に包まれ、皮膚は焼かれ、奥の骨がけて見えた。

 だがしかし、やがて血肉は再生され、炎はしずまる。

 前と変わったアカネは、髪が橙色と深紅の火色ひいろに燃え上がっていた。

 彼はゆらりと仲間にふり向き、かすかに微笑ほほえんだ。



 闇のエルフは、岩の上から白い炎をながめていた。


「おじ、さん……マズイ」


 笑い続ける古代こだいひとの腕を引っぱる。


 だが、またたく間に広がる野火のびのように、髪が燃えるアカネが目の前にせまる。

 それを見据みすえアニヤークは、一心に詠唱。

 ひらりと手のひらを返す。


 バリバリバリッ! と音がして、すんでのところで剣を振りかぶるアカネはこおりつく。


 それを見たアルは驚愕きょうがくし、エレノアに目を向ける。

 水をべる巫女みこは思わずもらす。


「魔法が……早過ぎる」


 これ以上なく、瞳が見開いていた。


 しかし、アカネの氷像から白い蒸気が立ち上がる。

 彼の中から再び、白い炎が燃え上がった。

 闇の少女は、古代こだいひとの背中にかくれる。


「マズイまずいマズイ!」


 そのわめきにこたえ、古代のけ物がゆらあと背を伸ばす。


やかましい!」


 と彼は、氷像となったアカネを突き刺す。

 鋭い爪は氷を砕き、アカネを貫いた。


 と思われた刹那せつな、炎が舞うアカネの身体からだが宙を回る。古代人の背をる。

 だが魔物は素早く身を伏せ、驚く身のこなしで体を起こした。腕を回しアカネに裏拳をみまう。

 ところがそれも、アカネはかがんでよけ、炎の剣が縦に一閃いっせん



 若ドワーフは鋭い目で見つめていた。

 岩の上で、白い炎と黒い影が踊り、舞う。

 一筋の炎がくうを裂き、け物の腕が宙に浮いた。



 古代こだいひとは一瞬、呆気あっけに取られた。

 しかし地面に落ちた自らの腕––––たまごのマリスに手首をわれた腕––––をさっと拾うと、瞬時にうしろに跳ね飛ぶ。


「げっ」とアニヤークはうろたえ、すかさず詠唱して古代人のとなりに瞬間移動。

 邪悪な二人は、得体の知れない、白く燃えるエルフを離れてながめる。


「なんだ、あれは?」と、古代人は焼ける痛みに口をゆがめた。

 だが、切り離された腕を切り口に戻すと、湯気を立て再生が始まる。

 彼は心底ほっとして、思う。あれは古代の炎だ。しかし、彼より古いものではない。

 少なくとも『はじまりの火』などよりは、ずっと新しい。


 闇のエルフがささやく。


「ボクら一族の、おにだ。

 あれは、エルフの火インギセルフ


 白い炎に包まれたアカネは、霊化したばかりで疲れ切っていた。

 もう、体が動かない。

 炎をともしたままでよいのかわからず、敵をにらむ。


 白く輝くエルフの精霊を見返し、古代人はうそぶく。


「エルフの炎だか知らないが、まだ若い!

 私を焼き尽くすなど、かないません。私を倒すには、もっと由緒ゆいしょある、古い炎でないと」


 その時。


 呆然と立ち尽くすエレノアの胸元で、姿が首をもたげた。

 その爬虫類の瞳に、遠くにいる古代こだいひとの姿をうつす。

 それは、探求者ナサニエルに『子供返こどもがえり』をかけられた、北の火龍ストラグル。

 彼は、古代人の言葉を聞き逃さなかった。


     ◇

 

 エルフの火、アカネの身体からだから、白い炎がゆっくり消える。

 彼は、片膝をついた。


 悪意に満ちたひとは、弱みに必ずつけ込む。

 古代人は、んだ。


 だがしかし、け物の爪先に、群青色ぐんじょういろのマントがひるがえる。

 ぎりぎり魔物はび下がった。

 ブンッ! と風をうならせ、片手半剣ハンド・アンド・ハーフの切っ先が伸びる。

 古代こだいひとの指を数本、切り飛ばした。

 け物の前に立ちはだかったのは、マルコだった。


 古代人はまたも体を失う痛みと、怒りで気が遠くなる。


 さらに、円盾まるたてを持つバールが駆け寄った。マルコと二人で、アカネを守る。

 異邦人は、腰に回した手を突き出した。

 拳を包む、黒いぼろ切れがピクピク動く。


「去れ! でないと、次こそこのマリスが、あなたを食べる!」


 だがぼろ切れは、震えるだけ。

 マルコは、はったりをかけた。


 古代こだいひとは目を細め、それが本当なのか試したい気がする。


 その時、洞窟にいくつもの小さな太陽があらわれた。

 よく通る声が響く。


そらのきら星、闇をめっせ」


 それは、ほらを真昼のように照らし出す。

 しかし、ただそれだけ。

「地の者、焼き尽くす!」と、アルがりきんで叫ぶが、完全なはったりだった。


 まぶしさのあまり、古代人は指が欠けた手をかざす。

「行こう!」と背中から、アニヤークが引っ張る。



 そうして、洞窟中にかん高い声が響いた。


「王の道をけがす魔よ、ただちに去れ!

 ハラネ帝国軍、一個師団が相手だ!

 全軍、突撃!」


 この場に追いついた王女、レジーナだ。

 だがとなりから、「へ?」と王子キースの戸惑う声。

「おおおおぉぉ!」と、ユージーンとキース二人だけの雄叫おたけびが、洞窟内に響く。


 古代こだいひとは、新手の者がいる奥に目をこらすが、魔法の光がまぶしくてよく見えない。

「ボクもう、行くね!」とアニヤークの声がして、地下の川を駆ける水音がした。


 古代人は、必死に自らを制し、怒りをおさえる。


すで大勢たいせいは決した。……あがくといい」


 そう捨て台詞ゼリフを吐くと、黒マントをひるがえし、闇の奥へと消えた。



 悪夢のひとときが過ぎ去ったあとも、残る面々はまだ固まっていた。

 だがやがて、「ぷはあああぁぁぁっ!」とマルコの声がして、糸が切れたように彼は、岩の上で寝転ねころがる。

 するとほかの仲間も力が抜けて、その場でへたりこんだ。

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