16 地の底での死闘

 アルバテッラ西の果てに、日が沈んだ。

 さいはての海を見下ろす崖の上。

 さまよえるエルフたちがいた。


 驚くほど長い髪が風に舞う女王、七色なないろきみが遠くを見つめる。


 その先は、月明かりで丸い屋根がおぼろに浮かぶ、西の大灯台だいとうだい

 魔がこおらせて、古代の灯火ともしびを失ってから、およそ200年。

 一族はないままだ。


 だが女王は、ほんのわずかな今の好機を、若い眷族けんぞくとなんとかかそうとしていた。

 左に問う。


「星読みエルベルト」


 星が二つ光る額飾りサークレットをつけたエルベルトが指をさす。


荒星あらぼしごう、すでにれり」


 第一の民はみな、無言で夜空を見つめた。

 彼が指さす南西、ひときわ明るい白い星。それとほぼ重なり、もう一つ星がまたたいていた。


 女王は何世紀かぶりに、そわそわ落ち着かない。

 さらに左に声をかけた。


「アオイどう? 何か変わった感じする?」


 南の半月を見上げるアオイはやがて、少しあとの未来と、すぐ先を見通した。


「満月の加護を得て、第三の民は次の新月を乗り越える。

 でも、まず炎が目覚めないと……」


 月読つきよみ姫はふり返る。

 緊張した顔の、母に告げた。


「アカネの覚醒かくせいは、今夜」


     ◇


 アルバテッラ東の雪のたな山脈。

 その地の底で、岩一面に青白い光が咲く。

うももり』、とエルフに歌われた深淵しんえん


 その奥でマルコたち仲間は、二人の邪悪と対峙していた。

 マルコがき出すたまごのマリスの先。

 あの古代こだいひとと、『やみのエルフ』アニヤークがにらむ。



 先に見つかった時、逃げろと仲間は呼び合ったが、二人は神速でせまった。

 そのまま古代人が真っ赤な口を開き、マルコの顔をいちぎる。

 と思われた時、マルコはマリスを出して、敵は瞬時にうしろに跳ね飛んだ。

 それから、膠着こうちゃくしたままだったのだ。



 バールは、マルコの円盾まるたてを静かに取ると、かばうように前に出る。

 もう片方の手には戦棍メイス。次は、自分がどうなろうと一撃みまうつもりだ。


 アカネは、アルとエレノアを後方に導く。

 松明たいまつにささやき、火矢をつがえる。

 魔法使いと巫女みこに指一本触れさせない覚悟だった。


 少女アニヤークの、赤い両目が光る。


「おじさん!

 こいつら、計画を邪魔する悪い奴?」


 かつてたまごのマリスに指をわれた紳士は、再生した指をさすり気をしずめる。

 憎悪がよみがえるが、やみの少女に笑顔を向けた。


「そうだよ、アン。

 この方々はね……普通じゃない」


 古くから生きる悪意の人は、マルコとうしろのアルに目を向ける。


狂気の攻撃魔術師バーサーク・ソーサーラーとは、たばかりましたね。

 あれから随分ずいぶん、調べましたよ。

 探究者と、召喚された異邦人––––」


 それから紳士は、マルコとアルの旅路たびじを、丁寧に披露する。

 いつ終わるかわからぬほど、話は長かった。


 だが、マルコの耳にその話は入らない。

 たまごのマリスと、頭の中で語り合っていた。


「通じたと思えば白の再生で巻き戻る……。ほら! あれを食べよう」


きみは……誰? なんで頭に声が……」


「またか! 『マリ』って呼んだの忘れた?

 とにかくきみあるじだ。言ってくれれば、あいつを食べる」


「なんで……食べるの?」


「食べなきゃ食べられる! わかるだろ?」


 その言葉が頭に響くと、昼を食べたのに、マルコはおなかいた。

 だがしかし、彼はまだ自分の意志をたもつ。


「いいかい。僕の願いは、仲間を守ること。今をしのいで––––」


「了解! それじゃ大きく振り回して!」


 しかし、マルコはまだ、ためらっていた。


 古代人は引き続き、計画について語り出す。

 となりのアニヤークが強くうなづくので、彼は楽しかった。


「神の悪意のめぐみで、みにくい街、王都なるものを洗います。

 闇の美しい者が、大地を取り戻すのです」


「いいね!」とアニヤークは合いの手。

 彼女は外のことはよくわからなかったが、とにかく新しいことに興奮した。

 紳士は、親しみ深い笑顔で目を細める。


「それもアン、貴方あなたがあれほどのマリスを見つけてくれたおかげですよ」


「いやぁ、上からふってきただけ! たまに白いの落ちると、爆発して面白いの!」


 楽しげな、二人の会話の意味がわかると、バールは愕然がくぜんとして肩を震わせた。


 出し抜けに、マルコがたずねる。


「なんで……王都を攻めるの?

 なぜ人をにくむの?」


 紳士はあきれ、ふうとため息をついた。


「そう……質問すれば何でも答えると––––」


 古代こだいひとは突然、マントをひるがえける。

 だからマルコは、たまごを持つ手を振りかぶった。


     ◇

 

 時はゆっくり流れ、やみでもバールの瞳にはそれがうつった。


 マルコの右手から、たまごが伸びて、きばき出す口となる。

 紳士の顔半分が開き、け物が襲い来る。手袋をした彼の手が、服から白い物を出す。

 突き出す古代人のこぶしに、たまごのマリスが食らいついた。



 刹那せつな閃光せんこう


 耳をつんざく轟音ごうおん



 アルがエレノアを引き寄せ爆風から守る。

 洞窟は崩れ、光る岩が瓦礫がれきとなって降ってくる。

 粉塵ふんじんの中、アルはマルコとバールの姿を探した。

 すると突如響く奇声。


「キャハッ! お前たちはボクが––––」


 しかし闇のエルフの笑顔が固まる。

 ほこりだらけのアカネが、獣の小剣をアニヤークののどに突きつけていた。


「去れ。やみちた同族」


 言うとエルフはせきこみ、髪をかき上げる。

 アニヤークはふと、驚愕きょうがくした表情に変わった。


「お前……赤い髪?」


 素早く口を動かすと、姿がかき消えた。


 アカネは、吹き飛ばされたほらの奥を見る。

 左の土砂にマルコとバールが倒れる。

 そばでピクピク動く物体は、グリーを飲み込んでしまったたまごのマリスだろう。


 岩の上で古代こだいひとは、激痛に顔をゆがめながらも、手首がない腕をあげた。


「同じ手は食わぬ。

 なぜ、滅ぼすのか? なぜらうのか?」


 語るけ物の横に、真っさおな顔でアカネを見つめるアニヤーク。彼女は声を震わせる。


「もう行こう。奴を刺激しないで」


 しかし、悪意の人は口をゆがめ笑った。


「お前らはみな、私の子だ。

 親が子をものにして何が悪い!」



 アカネは、怒りのあまり、頭が割れそうになる。ふらふらと目眩めまいがした。


 土砂から若ドワーフがマルコをかかえ出し、彼の首がだらりとれた。

 それを見たアカネの目に、熱い涙がにじむ。

 皮膚ひふを引き裂きたいほど熱い。

 そしてなぜか、詠唱もしてないのに、両手に炎が生まれた。


 闇のエルフがうつろにつぶやき、叫ぶ。


「『もの、自ら燃やし……』

 おい! もう行くから。自分焼くなよ!」


 そう言ってアニヤークは、狂い笑うけ物を引っ張った。


「そうか……」とアカネは気づく。

 彼はその苦しみからのがれ、いや受け入れるために、白い炎に包まれた手で赤髪に火をつける。


 アルは、呆然とそれをながめた。

 エルフの頭から全身を、白い炎が包む。

 その肉体が焼かれ、いたましいにおいがした。

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