15 神の悪意を捨てた場所

 翌朝。

 巨神象の足元、砂漠へと抜ける洞窟前。


 マルコは首が痛くなるまで上を見上げる。

 下から見ると像の頭ははるか遠くで、青空を先が崩れた右腕が分けていた。

 若ドワーフの得意げな声がする。


「当然、古代のドワーフが作ったものだ」


 すると、対抗する少年エルフの声。


「高い所はエルフが協力したはずだ。ドワーフがあそこに登れるはずがない……」


 たちまちバールとアカネは、互いの説を主張し、言い争いをはじめる。

 マルコは肩をすくめ、ほかの皆の方へきびすを返した。


 仲間は、二手に別れることにした。

 レジーナとユージーンは残り、ハラネの使者キースと今後の話し合い。

 ほかの5人が、洞窟を調べる。


 テテュムダイ像の脚の間、縦に割れる巨大な洞穴どうけつの前で、調査の一行は見送られた。

 キースがしげしげとマルコをながめる。


 群青色ぐんじょういろ魔法学院アカデミーマントの下は、板金鎧プレートアーマーが白銀に輝く。

 背中には、細身だが長い長い片手半剣ハンド・アンド・ハーフ

 チヴィタの街で、マルコのためにバールが注文した一つだ。加えて客分騎士のまるい盾。

 マルコは完全武装だった。


 異国の王子は心底感心して、目を細める。


「どこから見ても、立派な騎士になったな」


 マルコは頭をかいて照れ笑い。


「あれから……色々とあって」


 やはり群青色の、魔法学院アカデミー法衣ローブ姿のアルが告げる。


「では、これより調査に参ります」


なんじの行く先に神のご加護を、探究者」


 ユージーンが、重々しく応じた。


 バールとアカネを先頭に、マルコ、そしてアルとエレノアが続く。

 レジーナはまだぼんやりした表情で、5人の背中を見つめるだけ。

 調査の一行は、穴の暗がりに吸い込まれていった。


 この時は誰も、闇にひそむ悪夢を予想することはできなかった。


     ◇


 5人の仲間は、日が傾いても帰らなかった。


 携帯杖ワンドでユージーンとアルが連絡を取り合っていたが、昼にはそれも途絶えた。

 しばらくして、ユージーンは追加の調査隊派遣を要請。

 しかしハラネの使者団は魔の気配を恐れるばかりで、成り手がいない。

 やがて先導者ユージーンと、ハラネ国王子キースは、口論をはじめた。

 そんな中、王女レジーナは誰にも気づかれず、ふらりと兵舎から外に出た。



 アルバテッラ王最後の娘は、この東の果ての街をまるで別世界だと感じた。

 夕方は一段と人通りが激しく、誰も自分にふり返らない。


 街並みの向こう遠くは、赤あかと沈む夕日がまぶしい。

 思えば、初めて王都を出た時、彼女は実は楽しかった。

 だが今となっては、みやこを思うと心配で胸が苦しい。

 さすらいの旅を思い返すと、単眼巨人キュクロプスせんでの無謀な真似がやまれた。


 あの時は魔法の薬を過信し––––事実それがサニタのもとまで彼女を延命させたが––––、復活しても自分が自分じゃない気がする。

 ふと魂が離れ心がここにない感じがする。

 王都にいた頃は必死になって生きてたが、それも所詮しょせん、厚い城壁に守られてのことかもしれない。


 辺境の地で少女は、自分のことをあきらめそうになり、涙ぐんだ。


 なんとか兵舎へと戻る途中、それは突然、視界に入った。

 日沈前の空、雪壁山脈の上で光る、半月。

 呆然と、レジーナはそれをながめた。


 彼女は思い出す。旅のはじめ、わくわくした開放感でながめたナサニエル家の湖畔の月。あれも半月だった。

 彼女は思い出す。婦人ルアーナの励まし。


「満月の加護。

 マルコや、アカネと……一緒にいれば」


 そう口に出すと、王女は再び輝く瞳を上げた。

 かつてのように大股で歩き、兵舎の扉へと向かう。


 彼女はついに、今なすべきことに気づく。

 あの仲間たちを放ってはおけない。放っておいて、良いはずがない。

 恐れて行けぬと言うのなら、それでもみ出せる者だけで追えばよいのだ。


     ◇


 時を戻し、洞窟のなか。

 一行は、その現場にたどり着いていた。


 自然のまま、または人が作った岩の道を、いくつも過ぎた地の底。

 広間には、アカネの松明たいまつと、アルのグリーしか明かりがない。

 だが左の巨大な亀裂から、わずかに青白い光がもれる。


 アルの強い要望で、一行はそこで早めの昼を食べた。

 マルコは黒パンをもぐもぐ頬張り、亀裂の周りをうろうろする。

 揺れる青白い光と、遠くで響く高音は確かにあやしい。

 広間から続く先の細いみちを見ると、奥にもかすかに青白い光が見える。

 この先も、いくつも亀裂があるのだろう。

 このまま先に進むのはこわい、とマルコは思った。


 一方、バールはアカネのことを気にした。


「大丈夫か? 第一の民が、こんな奥まで」


 だがアカネは、おびえた目でうなづくだけ。

 闇で落ち着いたバールは、ふいに謝る。


「ゴメン」


「え?」とアカネは驚き、若ドワーフに顔を向けた。

 バールが語る。


「マリスを……捨てたことだ。

 あなたがた長命の種族から見れば、先々の災いの種をまくおこない。許せないと思う」


 そう聞いてアカネは驚く。目の前のドワーフは、エルフの考えを理解していた。

 彼は「あ……う」と戸惑うばかり。

 ぶり返す怒り半分と、その理由が伝わった嬉しさ半分で、頭の中は混乱した。


 若ドワーフは、遠いまなざしになる。


「あの頃、僕は……とらわれていた。

 石の魅力……いやつまり、自分の考えしか頭になかった」


 そう言って、バールはその場を離れた。

 亀裂へ歩くその背中を見ながら、アカネは思う。


「自分の考えしか頭にないのは、俺の方だ」


 50年の反抗期をへて初めて、彼は自分自身から離れて、自らを見つめだした。



 みなアカネに体調を聞いたが、「平気だ」と答えるので先に進んだ。

 亀裂に踏み入ったあと。遠くの闇を見たバールが、おだやかな笑顔でふり返る。


「これは……エルフも気に入る場所かも」


 マルコもアルも興味がいた。

 エレノアは胸の赤トカゲに目を落とすが、すやすや眠るので安心して歩く。

 障害もなく、順調に岩場をおりる。

 そして、神秘の光景があらわれた。


 地下を流れる細い川が、白い輝きを反射し揺れる。

 天井をおおうゴツゴツした岩のあちこち、青白い光がともる。遠くでながめるとそれは、葉がこんもりとした樹木のようだ。

 まるで、夜に光る青い森だった。


「わぁ……」とマルコが感嘆する。

 バールが、控えめな笑みでつぶやいた。


「やっぱり。ツチボタルのほらだ」


 だがしかし、アカネは恐怖で目を見開き、肌寒い穴の中なのに汗をかく。


「俺たちは、違う言い方をする。

 ここは……『うももり』だ」


 彼の目は、光を得て、川の上流はるか彼方かなたを見通す。

 向こうからも、二人の影がこちらを見つめていた。

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