14 砂漠の王子

 冷たくぬかるんだ泥が、マルコの鉄のくつではねた。

 寒さの中、人ごみから白い息が舞い、家々いえいえから蒸気がもれる。

 ニックスマインの通りは盛況だ。


 仲間は山にそびえる巨像に向かっていた。

 先頭のバールが、レジーナとユージーンを案内する。

 ほかの仲間は後に続いた。


 アカネは、かつてバールが鉱山でマリスを捨てたことを、まだぶつぶつ言う。

 マルコはそんな少年エルフをなだめた。


「まぁ見たとこ、ここの人たち活気あるし。

 僕のマリスも震えないし、影響は––––」


「第三の民は仕方ないが、第二の民のあいつがなぁ……」


 アカネが、頭のうしろで手を組み偉そうに言うので、マルコはむっとした。


「なんだよ……。種族、関係ある?」


「長い目で見て考えないんだよ!

 いつかとんでもない事があるのに、すぐに見て見ぬふりする。

 バールはわかるはずだ。千年後か明日か、いつかマリスの災いが起こる」


 断言する第一の民、エルフのアカネに横目をやり、マルコは口をとがらせる。

 だが反論はできなかった。


 前を歩くアルは、「ゴーディも似たようなこと言ってたな」と思い出す。誠実なドワーフ神官戦士が恋しくなった。


 一同が向かう切り立った山肌に、昨日みた『テテュムダイの像』があらわれる。

 その足元は、縦に裂かれた洞窟の入り口。

 その前に、見慣れぬ装束しょうぞくの異国の軍隊が、整然と並んでいた。



 砂漠の国ハラネの使者との面会は、マルコは自分に関係ないと思っていた。

 赤いマント姿の軍人は目つきがこわいので、離れて街並みをふり返り、大あくびをする。

 すると騒ぐ声がして、バールが呼んだ。


「マルコ! すぐ来て!」


 あせってマルコは仲間の間をかき分ける。

 エレノアが、輝かく目を向けた。

 転びそうな勢いで、マルコが先頭に飛び出した時。

 見たことのある、深い青の瞳が開く。


「マルコ! なんてことだ。

 バール、エレノア、アルも」


 黒灰色の髪。整った口髭くちひげが動いた。

 マルコもつぶやく。


「……キース?」


 マルコは、西の海で出会った戦人いくさびとキースだとわかると、嬉しさのあまり抱きついた。


「キースだ! なんでここに?」


 とたん、となりの赤マントの男が血相を変える。


ひかえよ! ハラネ帝国使節軍団長キース・セレスフロス第七王子である!」


「また王子?」とマルコはうろたえ、あわてて身を離す。

 だがキースは、マルコの腕を握り返した。


「よい。彼らは友人で、魔とも戦う戦士だ。

 ……世間は狭いな」


 彼の日焼けした顔に、心からの笑顔が浮かんだ。

 口元がゆるむアル。

 大きな口を広げ笑うバール。

 そしてエレノアは、胸の前で指を組む。


「今度こそ……本物の王子様なのね」


 うるんだ瞳の下、胸元で赤トカゲが押しつぶされて、窮屈そうに「ゲェ」ともらした。


     ◇


 ハラネ兵舎にあてがわれた屋敷は暖かく、テーブルについたマルコは、赤茶色の煉瓦レンガの壁を見回した。


 使節団の長い挨拶が終わり、ハラネ国王子キースが、アルバテッラ王女レジーナに謝罪した。


「レジーナ殿、我が国へ至るみちに、障害があるのです」


 キースの話によると、雪のたな山脈をくぐる山中の道で、崩落があったとのことだ。

 不明なドワーフ坑道とつながってしまい、安全がわかるまで通れない。


 レジーナと顔を見合わせたあと、先導者のユージーンが応じる。


「我々も長旅で参ったばかり。ですので気にまないでください」


 キースの後ろに立つ使節団はみな、ほっと安堵あんどの表情。

 先導者は続けてたずねる。


「それで、中の調査は進んでるのですか?」


 とたん赤マントの男たちは首をふり、そこかしこでささやいた。

 だが、ふり返りもせずキースは、真っすぐユージーンを見返す。


「それが……あやしい音や光におびやかされ、恥ずかしながらかんばしくない。

 魔の国ア、失礼! 貴国に慣れぬ者が多く」


 ユージーンは静かにうなづくだけで、レジーナに目配せすると、相手の出方でかたを待った。


 王子キースは、ユージーンから目をそらすと、今度はじっとマルコに視線を注ぐ。

 しかしマルコは、バールそっくりの肖像画を見つけて、それに気をとられていた。


 アルが、もぞもぞしはじめる。

 新たな依頼の気配を感じて、となりに座るバールのころもを引っ張る。

 だが若ドワーフは、満面の笑みを返した。

「だめだこりゃ、受ける気だ」と彼は思い、今度は反対側のアカネに目をやる。

 すると少年エルフは、うつむいてガタガタ震えていた。


 アルが気遣きづかい、ささやく。


「大丈夫かい? これはことわろうか?」


 しかしアカネは、首を振るばかり。


 やがてしびれを切らしたキースが、苛立いらだって叫ぶ。


「マルコ殿! 貴公の助けを借りたい」


 驚いたマルコは、「え? なになに?」とキョロキョロ見回す。

 エレノアは見てられず、手で顔を隠した。


 こうして、隣国の使節団は、異邦人の一行に山中の道を調べてもらうことを望んだ。

 仲間は、どうすべきかそれぞれが考えた。ただし、話を聞いてなかったマルコ以外が。


 だがアルは、暖かい目をマルコに向けた。

 そしてふと、がんとして南の洞穴ほらあなに入らなかったエルベルトのことを思い出す。

 再びアカネが気になり、顔を向けた。


「エルもそうだ。エルフは暗い穴が苦手?」


 アカネは、反抗的な目で探究者を見返す。


「第一の民みんなじゃない。

 闇を……好む者も––––」


 答える彼の表情に、やがて影がさした。


     ◇


 湿った洞窟どうくつは、真の暗闇ではなかった。

 足元を、静かに水が流れる。

 水面に明かりがうつる。

 流れをさかのぼった奥、一面に輝く、青白い光があらわれた。


 そこはまるで、地中に咲く花の森。

 光る幼虫、土ボタルが生み出す、まばゆい光の洞窟が広がっていた。


 陽気な鼻歌が聞こえてくる。


「コロン! 水と炎の目がさめる〜っと」


 身軽に跳ね飛ぶその子は、しゃがみこんで川面かわもに自らをうつす。

 真っ白い肌に、白金に輝く髪。

 あまりに美しく整った顔に、真っ赤な両目が光る。

 茶目っけたっぷりに、水面にうつる自分に片目をつむった。


 彼女は、あふれ出す喜びをおさえることができなかった。

 一族のもとを離れ、謎の地震のみなもとを探したかなり前、この素敵な地にたどり着いた。

 長い間、見つけた石––––第三の神の石––––で遊んでいたら、あの高貴なる人と出会ったのだ。


 これからまた会うあの紳士に、必ず約束を守ってもらわねば。

 思いを新たに口に出す。


「おじさん! 外に連れてってくれるって、絶対だよ」


 その少女、『やみのエルフ』アニヤークは、とっておきの笑顔を浮かべてみた。

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