13 鉱山の街

 朝には一面のしもが大地をおおった。

 白い息を吐くマルコは、彼方かなたの山並みを見つめる。

 右は、切り立った真っ白な山がどこまでも続く。

 左はひと山越えるとなだらかで、遠くの森にやがて隠れた。


 となりで、馬を寄せたアルが語る。


「マルコ、正面右手が雪壁ゆきかべの山脈。

 左が雪のたな山脈……」


 探求者は指さすが、おずおずと自信なさげにふり返る。


「バール! 街は、あそこだよね?」


 すると、御者台から若ドワーフの返事。


「ああ! このまま街道の先。

 僕の故郷、ニックスマインだ!」


「ね?」とアルは得意げにマルコに微笑ほほえむ。

 マルコはおかしかったが、荒野の終わりに期待した。



 仲間は、いやし手サニタの家から、東街道に沿って旅をしていた。

 野営をしながら、野犬やけんおおかみ、さらに山賊や野良のらオーガの襲撃を退しりぞけた。

 ちからを合わせ、なんとかここまで辿り着いたのだ。


 アルバテッラ東の山脈では、王女レジーナ、付き人ユージーンとの別れが待っている。

 二人は鉱山の街で、隣国ハラネの使者らと落ち合う。

 山脈をくぐって、東の砂漠の国へ向かうことになっていた。



 マルコはふり返り、御者台でバールの横に座るレジーナを見た。

 復活して、前よりおさない顔になった少女は、まだ回復の途上だ。

 この時マルコは、先行きへのぼんやりした不安を感じていた。


     ◇


 鉱山の街、ニックスマインの建物が近づくと、街道にも活気のある人が増えた。


 たくましい男たちは毛皮の外套がいとうを着て、声をあげ荷馬で行き交う。馬車も多い。

 女たちもころもの上に毛皮をはおり、寒い中でも盛んにおしゃべりしながら歩く。


 その間をぬって、マルコはココを並足なみあしで進め、うしろからバールの馬車がガタゴトついて来る。

 畑を過ぎて家屋かおくばかりがつらなる頃には、第二の民ドワーフの姿も増えた。


 街に入りマルコが正面の白い山肌を見上げた時、巨大な彫像の頭が見えた。

 左からアルが、嬉々ききとして声をかける。


「見た? マルコ、あれが––––」


「『北を指さすテテュムダイ』だ」


 ふと右に、馬上のユージーンがいた。

「え?」とアルの笑みが固まるが、マルコは壮大な光景に目を奪われる。


 栄えた街のどの塔よりも高く、切り立った山の前に、白っぽい巨大な神の像がそびえていた。

 その立ち姿は、美しい筋肉をあらわに腰巻きだけ着ける。

 曲げた左腕の先、指は顔に寄せる。

 顔は右にかしげ、左目の中で何かがきらきら光っている。

 そして右腕は、左手のなだらかな山脈へと向くが、ひじから崩れ手首から先はなかった。


 アルがまくしたてる。


いわれがあってね、私も初めて見た––––」


「昔、人々は指さす先の山に入り、第二の民ドワーフと鉱石を見出みいだしたそうだ」


 ユージーンが先に要点を明かした。

「あ! それ言おうと」とアルが目をくが先導者は知らん顔。


 しかし、マルコは何かが気になった。

 馬上で像の手ぶりを真似て首をかしげる。


「どうした?」


 ユージーンの問いに、マルコはおどおどと答える。


「あの、山よりも高い、というか。

 手がないからわかんないけど。もっと先を指さしてる気がして」


 アルもユージーンも驚いた顔を見合わせ、同時に発した。


「山脈の、さらに北?」



 その時。

 馬車の横から、驚いた叫び声。


「王子?」


 通りの老女が、馬車をあやつるバールを指さす。

 すると人が集まり「ほら! コナンドラムの」とか、「坊っちゃん!」と声がする。


 バールはあわてた。

 手綱たづなをレジーナに譲るが、王女は寝ぼけまなこでくしゃみをするだけ。

 なので荷台へ顔を向けるが、すでに街人まちびとの大合唱が起きる。


「王子! 王子! 山の王子が帰ってきた」


 マルコとアル、そしてユージーンはただ、呆然とそれをながめる。

 大歓迎する人々が馬車に集まり、笑顔で若ドワーフを見上げる。


「なんだ? 何事だ?」と屋根の上からアカネが顔を出した。

 バッ! と荷台の幕を開け、勢いよく姿を見せるエレノア。


「王子さま? どこどこ?」


 キョロキョロと首を回す巫女みこの胸元から、赤トカゲが「シャー!」と威嚇いかくしていた。


     ◇


 街の高級宿。

 パチパチとはぜる煉瓦レンガ造りの暖炉だんろの上に、こわい顔のドワーフの肖像画がかかる。


 奥の広々としたテーブルで、仲間は食卓を囲んでいた。

 卓上で、赤いトカゲが厚切りの塩漬け肉を頬張ほおばり、エレノアがいとおしそうにながめる。

 衝撃がめぬマルコはつぶやいた。


「王子……。バールが、ねぇ」


ところ変われば……だな」


 とユージーンも相槌あいづちを打つ。

 広く豪華な食堂には多くの人が詰めかけ、富をもたらす鉱山ドワーフの御曹司おんぞうし、バルタザールへ挨拶あいさつにきていた。


 それを終えた彼は、ひたいを拳でこすり、すでに食事中の仲間のテーブル席に着く。


「ふぅ……使者の居場所がわかった」


 マルコがユージーンに目配せして、遠慮がちに切り出す。


「じゃあ……明日は」


「ハラネの使者に面会しよう」


 静かに、ユージーンが応じた。

 エレノアがさびしげな目を上げる。


「残念ね……せっかく仲良くなれたのに」


 彼女は、となりで黙々とスープをすするレジーナを見つめた。

 だが、バールが励ます。


「山をくぐるのは、暖かくなってからだろう。それまでマルコの調査をみんなでできる」


 なんのことだか、マルコはすぐに思い出せなかった。間の抜けた顔で考える。

 アルが微笑み、助けた。


「ほら……あれの置き場」


「ああ!」とマルコは、あせって首を回す。

 腰の袋に入った神の悪意マリスは、その後なんの反応もない。

 ただ、巨人の一戦をへた今は倍の大きさ、ガチョウの卵ほどだ。

 暗い袋は、ふくらんでいた。


 それをじっと見ながら、何か鉱山と関わる大事なことを、彼は思い出そうとする。


「どうしたの?」とエレノアがつぶやく。

 レジーナもアカネもみな、マルコに注目。


 突然、マルコはバールを指さす。


「あれ……だ!

 昔バールが宝石を掘っていた時、マリスを捨てた場所!

 神の善意も悪意の石も、全部捨てたって。

 そこなら……!」


 若ドワーフがはっとし、仲間の顔もぱっと明るくなる。

 ただ一人、赤髪のアカネをのぞいて。


「捨て……た? マリスを?」


 少年エルフのただならぬ雰囲気を察して、一同は凍りついた。

 彼の鋭い視線から顔をそむけて、バールはぼそぼそと釈明。


「む、昔のことだ。白い石もあって……。

 神の悪意を、誰も入れぬ地の底へ––––」


「地の底へ、マリスを捨てただってえぇ!」


 ガタッ! と立ち上がるアカネの赤髪が、逆立つ。


 マルコはただ、呆気あっけにとられておこるエルフを見つめた。

 そんなアカネを見たのは、初めてだった。

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