12 囚われた人

 サニタの家の居間。

 マルコは、となりに座る変わったいやし手を横目で見た。

 麦わら色のボサボサ頭。

 口髭くちひげの中へ、狂ったようにさじをかき込む。

 だがアカネがわんを置いてくれると、マルコもひどく空腹なことに気づいた。

 目の前で、エンドウ豆とウサギ肉のスープが湯気をたてる。


 少年エルフが得意げに胸をそらす。


「ウサギは俺の獲物えものだ」


 すると変人が、汚れた顔をあげる。


「し、新鮮な肉は久しぶりだっ!」


 不意をつかれ、アカネはおびえてうなづく。

 気にせずマルコは、一口すくってみた。

「うまい!」と目を開き、夢中になってさじを運ぶ。

 ほっとしたように、アカネとバールが顔を見合わせ笑った。


 少し食べて落ち着くと、マルコはこれまでの事を二人に聞いた。アカネから「あれから三日たつ」と聞いて驚く。

 向かいに座るバールに目をやる。


「巨人は……どうなった?」


 とたん若ドワーフは目を伏せ、たどたどしく答える。


「槍が当たって……崖の下へ落ちた。死んだかどうか––––」


「生きてる生きてる! あれがそう簡単に死ぬわけない。夕べもかみなりが光ってた」


 急にサニタが口をはさんだ。

 三人は、呆気あっけにとられてまばたき。

 だが、バールはほっとしたように胸をでおろす。


「よかった……。ところでサニタさん、この恩にむくいる公平な取引はできない。

 できるだけのことをします」


 サニタはわんをすくった指をなめ、答える。


「ああ! ぼろだがゆっくりしてけ!

 あの王女さんにも休みがいるしな。

 地下には入るな」


 見た目はみすぼらしいが、陽気なサニタの声を聞いて、マルコは「案外いい人かな?」と嬉しくなった。

 しかし、探る目つきのアカネが、テーブルに身を乗り出す。


「おっさんさぁ……『死霊使い』なのか?」


 みなの動きが止まった。

 しかし、サニタは快活に笑う。


「私が? まさか! そんなわけハハハ!」


 あまりに明るく笑うので、みなもつられて大笑い。

 だがしかし、マルコは地下室の会話を思い出していた。


「この人ひとくせありそう」とあやぶむマルコは、調子は合わせたが、笑顔は引きつった。


     ◇


 それから数日。

 仲間は、東のいやし手サニタのもとでおだやかに過ごした。


 バールとエレノアは「仲間の命の恩人」のために、おんぼろ家屋かおくを直したり、家事をした。

 張り切る二人にかされて、マルコもしぶしぶ屋根の修理など手伝う。


 レジーナとユージーンは、庭を歩いたり、剣の稽古けいこ

 魂の定着は体を動かすのが一番、とサニタに促されたのだ。


 アカネはたびたびいなくなり、近くの森から獲物を持ち帰った。

「北方は鹿肉が美味らしい」とアルがわざとらしく催促したが、エルフは取り合わず、気ままにウサギや小動物を狩った。


 そしてアルといえば、たいていはぶらぶらして仲間の邪魔をした。

 だがふとマルコが気づくと、サニタと二人でひそかに話している。

 アルの目は真剣で、片やサニタは大杖の暗い袋におびえ、あるいはがれて見つめる。

 マルコはそんな二人を邪魔することなく、誰かに呼ばれると手伝いに専念した。


     ◇


 そんなある日。

 意を決したサニタに呼ばれ、アルとユージーン、そしてマルコが暗い地下室にいた。


 しんとえた地下はほこりの匂いがする。

 いやし手が奥の扉を開き、三人を案内した。


「アルは昔から……しつこかったな!

 私の研究の秘密を教える。これ見て気が済んだら、もう東へ向かったらどうだ?」


 暗がりの中、サニタは小部屋にある大きなつつから何かをはがしはじめた。

 アルがグリーの袋を外し、白く柔らかい光があふれる。その時、サニタの肩がわずかに震えた。


 つつからはわらがはがされ、サニタの顔のそばから白い煙が立ち上がる。

 グリーの光を反射する霧の奥は、ガラスのようだ。


 アルの目が見開く。


「冷気の魔法で、保存。あぁ……そんな」


 意味がわかって、マルコもユージーンも息を飲む。

 サニタがガラスのしもを手でこすると、中には目をつむる女の顔があった。


「妻だ」


 そう、サニタはつぶやいた。



 マルコは、かなしい男の話を、ただ聞いた。

 魔法学院アカデミーを卒業した稀代きたいいやし手サニタは、北の探求者が活躍したあとも魔物に悩む北の民のために、そのちからをふるった。

 やがて伴侶を得たが、幸せは突然断ち切られる。正体もわからぬ魔が、彼の妻を殺したのだ。

 それから彼は変わった。

 禁忌の術に手を出し、妻の死体を復元。

 残るは、魂の転移のみ。

 彼は神の善意、探求のグリーにすがった。


「だけどな、今思えば当たり前だけど、ナット先生には断られたよ。

『それは探求ではない』って」


 そう言って、年よりけた男は、暗く沈んだ目をアルに向けた。ちらとグリーを見たあと、最後はマルコを見据える。


「今ならわかる。アルが選ばれた理由。

 探求の向かうべき先が」


 サニタはあきらめたように、ほろ苦い笑みを浮かべた。

 何も言えないアルのとなりから、ユージーンが訴える。


「王都に来てください! サニタ先輩。

 他者のちからも借りるのです。リアもいます。

 神の善意がなくとも、これからも先輩のわざは––––」


「ジーン、先走るな!」


 サニタが怒鳴った。

 すると、どうしたことか、空気が変わる。

 マルコにとって、不思議なことが起きた。


 ユージーンもサニタも、そしてアルさえ、何かおかしくてたまらないように吹き出したのだ。

 忍び笑いは止まらなくなり、暗い地下室に明るい笑い声が響く。


 腹をかかえ、涙を流して笑う魔法使いらをながめ、マルコは戸惑うばかりだった。


     ◇


 翌日。

 東へ旅立つ道で、アルは愉快そうにマルコに教えた。

 あの一言は、サニタがユージーンをたしなめるお決まりのセリフだったのだ。


「何度もなんども何度も聞いてたからね。

 つい、みんな、昔を思い出しちゃって」


 口もとがゆるむアルの横顔を見て、マルコは胸があたたかくなる。


 あれで良かった。

 不幸に襲われたサニタは、過去にとらわれていた。

 しかし、別の思い出からは励みを得た。

 きっとまたいつか、本来の自分を取り戻して、彼は前に進むんじゃないか。そんな風にマルコは思った。


 ふり返ると、遠く見える家のかたわらで、風に吹かれるいやし手がまだたたずんでいる。

 いつまでも、仲間を見送っていた。

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