11 死体降霊術

 背を揺らす振動で、マルコは目覚めた。


「良かっ……た……」


 右で輝く光のなかから、懐かしいような、そうでないような声がした。


 ふと背中の皮膚ひふがはげ、鋭い痛みがはしる。

 アルがあわてて手を伸ばした。


「待って! そのままで。今は辛いだろうが楽にする。

 ジーン! エラ! こっちは大丈夫だからそちらに専念して!」


 探究者は早口でまくしたてると、すかさず詠唱。

 白い光がまばゆく輝き、マルコが目を閉じても、まぶたの裏を暖かくする。

 彼はしだいに安らぎをおぼえ、疾走しっそうする馬車の中で、眠りに落ちた。


     ◇


 次にマルコの目が覚めた時。

 見知らぬ暗がりの中で、彼はこわくなった。

 だが、すぐ横でアルのささやき声がする。

 探究者はまだそばにいた。

 マルコは、ほっと安心した。


 しかし、誰かとひそひそ話す内容がわかると、ぼんやりした不安が、彼を包んだ––––。



 バールがぎょす馬車は、一昼夜を走りに走り『東のいやし手』の住まいを探しあてた。

 あの、レジーナがせがんで買い––––そしてすでに彼女に使った––––桃色ピンクの蘇生薬を調合した、魔法使い。


 夜中の訪問でも彼は扉を開き、そしてアルとユージーンと共に驚愕きょうがくする瞳をわした。


 仲間は、魔法学院アカデミーが生んだ異才、サニタ・コンヴァルのもとへたどり着いたのだ––––。



 その地下室。

 診察台に異邦人マルコが横になり、端の台には、王女レジーナの遺体が横たわる。


 暗がりの中、グリーの光がいやし手サニタの薄汚れた顔を照らす。

 彼が口を開くと、欠けた歯がのぞいた。


「どうする? アル。

 一刻の間なら、王女の魂を戻せると思う」


 アルは、かつて尊敬していた先輩から目をそらし、にがい顔。

 かろうじて冷静をたもつユージーンも、ひたいに汗して、変わり果てた俊才しゅんさいに問いただす。


「神の善意を使えば……彼女の蘇生ができるのですね?」


「禁じられたいままわしい術だよ」


 アルが鋭い目を先導者へ向けた。

 だが禁忌の術者サニタは、動じない。


「私は……どちらでもいい。私の研究なら、王女の命を救えるかもしれないだけ。

 しかしそれには、グリーのちからがいる」


 サニタは、あやういまなざしを二人の後輩に向ける。だが無理強むりじいはしなかった。

 先導者ユージーンが、探究者アルに懇願する。


「探究者……、先導者としてい願う。

 彼女は、アルバテッラの未来をになひとだ。それは間違いない––––」


「でも! でもマルコが……」


 とっさにアルが返した時、天井を見つめるマルコの口が震えた。


「やっ……てみてアル。僕は……大丈夫」


 驚いたアルは、すかさずマルコの上に身を乗り出し、彼を見つめる。

 マルコは「また……呼んでくれるよね?」と泣きそうな顔。


 しばしの沈黙。

 サニタも、ユージーンも、探究者と異邦人の二人を見守っていた。

 やがて、つかれた顔のアルが口を開く。


「わかった。グリーのちからの多くをサニタ先輩へ向ける。

 マルコなんでもいい。なんでもいいから!

 この地の思い出を頭に浮かべて」


 そう言って優しい笑顔を見せたあと、アルはマルコの台から離れる。

 三人の魔法使いは、再びこそこそ話をはじめた。


 マルコは、言われた通りこれまで起きたことを思い出した––––。



 最近腹が立ったのは、ナサニエルの家のご馳走を満足に食べられなかったことだ。

 あれは残念だったが、魔物でも子どもだとかわいらしかった。

 その前は王都。

 いくさは恐ろしかったが、いろんな人と出会えた。嫌なこともあったが、初めて出会う人に自分を受け入れてもらえるなんて、前はあったのだろうか。

 でもそれをいえば、これまでの町や村でもそうだ––––。



 マルコは、おだやかな顔で眠りはじめた。

 この時彼は、アルバテッラで感じたささやかな幸せを夢に見ていた。

 グリーの白い輝きは、わずかなちからであっても確かに、マルコへ向けられていたのだ。

 そしてこの時彼は、神の悪意マリスのことを、なにも思い出さずにすんだ。


     ◇


 三度みたびマルコの意識がめた時。

 暗がりの中、彼は、ぐずって泣く女の子の声を聞いた。


「……うっ……ひっく……。

 なんでわたし……生まれてきたの?」


「あなたは、かけがえのない人ですよ」


 慈愛に満ちた、男の低い声がなぐさめた。

 しかし泣く声はまない。


「うそ! お父さまは愛してくれない!」


「…………」


「お姉さまも……お兄さまも、みんないなくなってしまった。なんで……」


「われわれをあわれみ、いつくしむテテュムダイの御心みこころは、まだ残っています」


「そんなの! お父さまがああなのも……、きっとそれのせい。

 神の善意に引き込まれ、とらわれたから」


 しばしの沈黙のあと、先導者ユージーン・アリストクラットが静かに告げる。


「レジーナ様、あなたはそうならない。

 あなたは神の善意の使い手となるのです」


 そう言って、彼は低い声で子守り唄を口ずさむ。

 死からよみがえった少女、王女レジーナの息づかいが静まる。


 マルコは、じっと天井を見つめていた。

 そして思わず、口をついて言葉が出る。


「これまでの事を思い出してた。

 南の古い町で、ある人と出会ったんだ」


 診察台に座るレジーナと、その黒髪をなでるユージーンははっとして、マルコの方へ首を向けた。

 異邦人は続ける。


「その人は、神の善意と、悪意のあいだにいる。『混沌と上手につき合うことが大事』なんだって」


 マルコは上体を起こして、二人に顔を向けた。


「違う考えや体験が、人を優しくする、とも言ってた。

 よく……わからないけど。

 ……でも失ったり、また出会ったりして、はじめて人は、大切なものに気づけるのかもしれないね」


 目を見開くレジーナと、怜悧れいりな目で見つめるユージーンに、彼は笑顔を見せる。


「おかえり……レジーナ」


 それは、青年というには少しおさないような、甘い笑顔だった。


     ◇


 マルコが上階の扉を開けたとたん、歓声が上がった。

 アカネが彼の顔に飛びつく。


「無茶しやがって! まったく」


「もが、ふが」とうめき、マルコは乱暴に引きがした。

 だが彼は、我が家に帰った気がしていた。

「悪かった」と、さわやかに微笑ほほえむ。

 エレノアとバールも駆け寄り笑顔を交わす。


 だがユージーンの背後から、おどおどしたレジーナが姿を見せると、一同の笑顔が凍りついた。

 あわててとりなすエレノア。


「レジーナ様も! まだ休んだ方がいいわ」


 彼女は少女の手を取ると、奥の扉へ連れて行く。

 ユージーンが「俺も休む」ともらし、後に続いた。

 マルコは、部屋の中をキョロキョロ見回す。


「あの、アルは?」


「倒れるように寝たよ」と答え、エレノアはレジーナの手を引き扉をくぐった。


 残った少年エルフと若ドワーフの向こう、あせた茶色の法衣ローブが見える。粗末なテーブル席で、背を向けたまま。

 その男は、かたかたとさじを鳴らし、ひたすら何かを食べていた。

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