9 マリス狩り

 チヴィタでの数日、仲間は次にどうするかもめにもめた。


 崖を調査した夜、半べそのアルが、ナサニエルの依頼をユージーンらに告白。

 目にしてないが、たまごのマリスの反応から、おそらくマリスを持つ巨人がいること。

 なぜそんな事が起きたのかわからない、と探究者はなげいた。


 だがユージーンは、バールと話したあと、恐るべき推察を明かす。

『これまでなかったマリス』を手にした古代こだいひとが、西へ去ったあとにここへ立ち寄っていた。

 つまり、彼が巨人にマリスを渡したかもしれないというのだ。


 では巨人と対峙たいじすべきか、それとも関わらずに東へつべきか。

 いずれにせよ東では、古代こだいひと遭遇そうぐうすることもあり得る。

 意見はまとまらなかった。


 そのあいだ、バールは足しげく鍛冶屋に通い、仲間の装備を細かく注文。

 マルコも採寸さいすんした。

 若ドワーフは、何か特別なしなを鍛治に相談していた。


     ◇


 ある晩。

 マルコとレジーナ、そしてアカネとバールは、風がすさぶ展望台にいた。

 アルには「安全な偵察ていさつ」と話してある。

 エルフとドワーフの目で、塔の上から崖を見張るのだ。


 強風の中、マルコが叫ぶ。


「どう? アカネ!」


「こう暗くっちゃ」


 アカネは柱から身を出し、つぶやいた。

 その時。


 カッ! と天地を裂く稲妻いなづまが光る。

 雷鳴は聞こえなかった。


「カミナリだね」とマルコは遠いまなざし。

 横では、アカネがガタガタと震えている。


「見えた……。一つ目が崖の上に……」


 マルコはレジーナと目を合わせ、何か言おうと口を開く。

 刹那せつな、地響きがして塔が揺れだした。


「また地震だ!」


 レジーナが叫び、マルコの腕を引っ張る。

 その場の4人は、中央の階段へのがれがおさまるのを待った。


 階段の暗がりで、意を決したマルコがささやく。


「一つ目の巨人を、僕らで確かめよう」


 賛同するレジーナ。


「先導者を説得する。でないと……」


 彼女が最後まで言わずともみなうなずき、わかっていた。

 このままだといつか、この岩上がんじょうの街はくずされてしまう。


     ◇


 とある冬の夕べ。

 装備を整えた仲間は、チヴィタの巨岩きょがんからのびるり橋を、東側からおりる。


 風もおだやかで、マルコは赤い夕焼けに染まる雲を見上げた。

 ココのつなを引き橋をおりる彼は、首と手のほかを板金鎧プレートアーマーでぴったりおおわれていた。

 なめらかに動かせる蛇腹じゃばらもちいられたよろいは、見た目より軽く動きやすい。

 浮かない顔でマルコはバールにふり返る。


「本当に……この鎧でかみなりは大丈夫?」


 くぼみのある細長い金属器を持ち、それをながめる若ドワーフが、はっと顔を上げる。


「練習どおり、盾で頭をおおえば何とかなる」


 淡々とした返事に、マルコはため息をついて向き直った。


 バールの鎧もあたらしかった。

 飾りはないが、鎖の輪が白銀に美しく輝く鎖帷子くさりかたびら。ドワーフ戦士が好んで見につける、チェインメイルだ。

 その背後から、アルが冷やかす。


「バールぅ。ひょっとして故郷に帰るから、めかし込んだのかい?」


「な!」と若ドワーフはふり返り、「雪の棚山脈は、まだ遠い」とぶつぶつ答えた。


 アルの背中へ、髪を三つ編みにして白と灰が混じる法衣ローブを着たユージーンが言う。


「金の魔法、なんとかいけそうだ」


 彼は、自らの携帯杖ワンドを示した。

「良かった!」とアルはほっとする。

 アルとユージーンの二人の魔法使いは作戦を考え、特訓を重ねていた。

 グリーは召喚術しか使えない。そして相手は、雷魔法が一切きかないのだ。

 アルは、ユージーンのちからをあてにした。


 さらにそのうしろにレジーナが続く。

 彼女は、るつぼこうの肩当てが両肩に着いた細身の革鎧を着て、足取りも軽い。豪華なさやは今はなく、刺突剣フルーレき出しだ。

 エレノアとアカネは馬車馬を引き、不安げに最後尾を歩く。


 仲間は、チヴィタの街のために、巨人からマリスを奪う戦術を練り上げていた。


     ◇


 しんとえた夜の荒れ地。

 崖のそばを、マルコとアカネを乗せたココがあゆむ。

 仲間の馬車はそのななめ後ろ、崖から離れてついていった。


 馬上から崖をうかがうアカネが、聞いた。


「マルコ……お前、こわくないのか?」


「ん?」とマルコは生返事。片手に巻いた、暗い袋が震える時をのがさぬよう、気をとられている。

 アカネはいらついた。


「敵はただの巨人じゃない。古代種だぞ?」


「アカネにも、こわいものあるんだね」


 マルコはとぼけた返事をする。

 アカネはあきれた。


古代こだいひともだけど……昔からいる種族には俺も役に立てないぞ」


「そんなことない……。

 アカネの鬼火おにびで、あれできないかな?

 レジーナがやった、目くらまし」


 その言葉にアカネは驚き、先日の決闘でのレジーナの剣を思い出す。マルコの目の前で、剣先をふりあざむいたわざ

 同じ事を鬼火おにびでやるのか、とエルフは感心した。

 一方でマルコのことを「なに考えてるのかわかんないやつだ」とも思った。


 マルコは心中しんちゅうかくしていた。

 今の彼の心にひそむのは、恐怖ではなく、「早くマリスを食べたい」という欲望だったのだ。



 馬上のアルとユージーンの目に、少年エルフがかかげる松明たいまつうつった。

 アルが叫ぶ。


「いた!

 レジーナ様とエラは馬車にひかえて。

 バールは馬車を寄せて。ジーンは……」


 指示する探究者がとなりを見ると、すでにユージーンは詠唱。

 御者台からレジーナは、彼の魔法を初めて目にした。

 携帯杖ワンドから白くとがった光が広がり、銀髪の三つ編みをらす。


「地からしょうぜし鉄塊てっかい、天をけ」


 ユージーンが唱えた。

 突然、彼の見つめる先、人の背丈の三倍はある鉱物の塔がえ出る。

 マルコとアカネを乗せるココが驚いて、前足をあげていなないた。


「あれは?」と御者台のエレノアが首を前に出した。

 緊張で引きつる顔のアルが、ちらりとユージーンを見たあと、喜ぶ目を彼女に向ける。


「成功だ! あれに落雷らくらいを誘う!」



 いきなりあらわれた鉄塔を前に、マルコはココの首をなで落ち着かせる。

 しかし、アカネの叫びがとどろいた。


「来るぞ!」


 地響きがして、マルコも目をやると、断崖だんがいに大きな大きな指がかかる。

 バチッ! バチバチッ! と、はじける音とともに右手の崖から紫の光が上がってくる。


 背中のアカネが、マルコの肩に抱きつく。

 エルフは震えていた。


 しかしマルコは、崖から徐々にあらわれるけ物の顔を、ただながめた。

 暗い髪の下に、雷光がほとばしる一つ目。

 瞳は縦に細くなって、地上をねめ回す。


「猫の目みたいだ」とマルコは余計な事を考えた。

 しかし雷光が照らす巨人の顔を見て、そして右手に握るマリスの振動を感じて、あやしい笑みが浮かぶ。


 巨人の一つ目の右側、耳からほおにかけて、何本ものとがった刺青いれずみがはしっていた。


 間違いない。マリスがある。

 確信したマルコは、巨人のマリスを狩ってやろうと、真っすぐに右腕を伸ばした。

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