8 魔法の薬

 岩上がんじょうの街、チヴィタの二日目。

 マルコとアルはじめ4人は、東のり橋で降りて南方のがけを目指していた。


 エレノアをのせたアルが、馬を進める。


「巨人がマリスを持つなんて、あり得ない」


「なんで?」と馬上のマルコが問いかける。そのうしろに立ち乗りするアカネも、興味深そうに探究者を見つめた。


「だって……」とアルは空の雲を見上げ、それからマルコを見返す。


「古代から崖下に住む巨人がマリスを見つけたなら、ナット先生が討伐に行った時にわかったはずだ。

 その後、誰かがマリスを運んだとも、考えられない」


「北の探究者は、三体目を残したのよね?」


 背中からエレノアがただした。

 思わずアルが吹き出す。


「先生は『魔法がかなかった!』って言うんだけど、一番上の兄は大きくて手強てごわい。

 一つ目に見られると落雷らくらいに打たれる。

 忍び足で近づいたけど、目を覚まして……。あわてて逃げたんだって」


 一同は笑って、若き日のナサニエルの冒険に思いをせた。

 アルは笑いながら付け足す。


「だから私は、マリスの件はただのうわさだと思う」


 そう聞いてマルコは、なぜか少し、残念に思った。

 前方の空には、うろこ雲が広がる。

 その下、遠くで地面が終わっていた。



 地割れを上から見ると、茶色の大地が突然切れて、昼でも暗い闇が沈んでいる。

 反対側、はるか南の崖は、やけに暗い森に完全におおわれていた。


 大地のはしっこへ、黒髪の革鎧姿と、群青色の法衣ローブ姿の二人が、腹這はらばいになって進む。


「だーいじょーぶー?」


 遠くからエレノアの声がして、マルコは地面すれすれの顔をアルに向けた。


「本当に大丈夫だよね? くずれないよね?」


 しかし、アルは無言のまま、ほふく前進を続ける。

 すると、少年エルフがすたすた前を歩き、崖のきわから下をのぞいて手招き。


「早くっ! 真っ暗で……何も見えないな」


 マルコとアルはバカらしくなって、中腰でアカネのもとへ歩み寄った。


 マルコものぞき込むと、崖下は確かに暗くどこまで深いのか検討もつかない。

 だが吸い込まれる気がして首を出し、おのずと腰の袋に手が伸びる。


 ブブブブ……。


 暗い袋はかすかに震えていた。

 とその時、マルコの腰帯を何かがしっかとつかむ。

 驚いて見ると、真剣なまなざしのアルが、前のめりのマルコを引っ張っていた。


     ◇


 人がひしめき合う、チヴィタの裏通り。

 バールとユージーン、そして王女レジーナの3人は、街の買い物に繰り出していた。


 ドワーフの鍛冶屋へ向かう道中、バールがその技術の素晴らしさを話す。

 ユージーンはそれほど興味はなかったが、とりあえず相槌あいづちをうつ。

 ふと、最後尾のレジーナが歓声を上げた。


 はっとユージーンはふり返り、守るべき彼女へ駆け寄った。

 少女ははにかんだ笑顔で、手に持つ小瓶こびんをかかげる。


綺麗きれいだろ? 魔法の薬らしい」


 小瓶の中は、どろりとした桃色ピンクの液体で、日差しを浴びて光る粒がきらきら輝く。


 屋台の老婆も、しわくちゃの笑顔をユージーンに向けた。


蘇生そせいの薬だよ。どんな大ケガにもてきめんにくよ」


 先導者も愛想笑いを返す。

 だがほおを染めて瓶をながめる王女を見て、「妙なものに興味を持つ」と不思議だった。

 赤面したレジーナは、彼に横目をやる。


「ほ……ほほっ、ほ、ほし––––」


「買いましょう」とユージーンは即答。

 レジーナは唇をゆるめ、目を閉じ喜びをみしめる。

 彼は、心から喜ぶ少女の顔を初めて目にして、呆然ぼうぜんとなった。

 老婆がもみ手をしながら身を乗り出すと、若ドワーフの声がする。


「待てまて、待てい! た、旅のまかないは僕のつとめだ」


 バールもドタドタと駆け寄る。彼と老婆の激しい商談がはじまった。


 若ドワーフはまず、薬の出どころをただした。

 老婆が、東方に住む癒し手について説明。元は王都の由緒正しい魔法使いで、近隣の村から変人扱いされてるものの、その魔力は確かだと訴えた。


 バールはさらに、その者の住まいや両親など、老婆が知るはずのないことまで追求。

 そのあとで、なにやかやと難癖なんくせをつけ、商品を値切った。


     ◇


 しばらくのち。チヴィタの鍛冶屋。

 バールは上機嫌の笑顔だ。

 ドワーフ鍛治かじとの取引をまとめていた。


 ユージーンとレジーナは、ドワーフがはがねを打つ暑い工房を見せてもらった。いくつものつぼたてに重なり、宙に浮いた足場から、火花が降ってくる。

 交渉は、ほとんどバールが受け持った。


 珍しい工房に、レジーナが興奮する。


「これが『るつぼこう』か?」


 ひげがほぼげた、ドワーフ鍛治が答える。


「おう! 威勢いせいのいいじょうちゃんだな。

 いかにもそうだ。

 巨人から伝授された、鉄を超えるはがねよ」


 レジーナはユージーンのそでを引っ張り、「私の剣はここで作られたんだ!」と楽しげにささやく。

 彼も目を細め、軽くうなづく。


 ユージーンは、はしゃぐ王女の様子が気になっていたが、やっと理解した。

 彼女は、今だけの自由を楽しんでいる。

 砂漠の国ハラネに着けばこうはいかない。外交とは名ばかりの、人質ひとじち

 間者かんじゃ、または最悪、側室そくしつにさせられるかもしれないのだ。

「守ろう」と固く誓って、先導者は顔を上げた。



 ふいに、げたひげのドワーフが、彼に目をとめる。


「あんたも西から来たのか?」


 ユージーンは、「北回りだが。なぜだ?」と不審な顔で問い返す。

 鍛冶屋かじやは恥ずかしそうにひげをかいた。


「あぁ! 違ったか。いや、前にあんたみたいな立派な紳士がいたもんでな。

 西から来るのは珍しいから」


「ふん」とユージーンは素っ気なく答えて、やはり身なりを変えねばと思った。

 しかし、バールは何かが気になる。

「あの」と、割って入った。


「その紳士は、どんな人でしたか?」


 作業に戻ろうとしたドワーフはふり返り、思い出す。


「どんな……って、黒い格好だな。マントも髪も黒くて、そのくせ顔はやけになまちろい」


 愕然がくぜんとしたバールは、動揺どうようを気づかれぬよう目を落とす。

 もしも、あの『古代こだいひと』が近くにいるのなら、最悪だ。


「そうそう! 剣を受け取ったそいつは、東へ行く、とやけにバカ丁寧に話してたな」


 そう言って、鍛冶屋かじやは去った。

 バールは瞳を泳がせ、キョトンとした顔のユージーンとレジーナを、いつまでも見つめていた。

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