7 チヴィタの守り

 巨大なり橋のたもとで、仲間はぽかんと口を開けて上を見ていた。

 橋は風にれ、幾千枚いくせんまいもの板が遠く巨岩きょがんはしへと続いている。


 ほうけたようにバールがつぶやく。


「馬車も渡れると聞いた」


「ええぇ?」とみな驚く。

 だが上から、馬を引く人が何人も降りて来る。たもとにいる仲間のもとへ着くと、先頭の中年女が「どうも」と会釈えしゃくをして、何事もないかのように荒野へ向かう。

 荷車に農具を積んだ一団が通り過ぎた。


 それで仲間は顔を見合わせると、馬からおりて一列になる。

 風がらす巨大なり橋を、恐るおそる登りはじめた。


     ◇


 無事に巨岩きょがんの上にたどり着くと、マルコは喜びのあまり軍馬のココを引いて野原を駆け回った。

「あぁ! やっと着いた!」と叫び、草の上に大の字になる。


 するとあわててバールが駆け寄り、マルコの横で地面を掘りはじめた。


「土がある。かなり深い……」


 若ドワーフはつぶやいた。

 マルコは体を横に向け、聞いてみる。


「そういえば、バールは東の山から来たんだよね? ここには寄らなかったの?」


「ああ。船で大河をくだってきた」


 なおもバールは、草花を両手ですくいあげながめていた。


「あー! やっと着いた!」とアルの良く通る声もして、「さてマルコ! どうする?」と呼び声がする。

 マルコは勢いよく上体を起こした。


「アル、まず宿だ! ……アカネー!」


「あぁ?」と、馬車の馬を引きながら、少年エルフが応じる。

 マルコはためらいなく頼んだ。


「先に、泊まるところを探してくれないか?

 アカネのちからたよりなんだ」


 するとアカネは半笑いを浮かべ、「しょうがねえなぁ」と鼻の下を指でこする。

 あっという間に、門を駆け抜けて行った。


 そんなやりとりを見て、エレノアとユージーンが微笑ほほえむ。


 レジーナは、驚いた瞳で野原と門の先を見つめていた。

 チヴィタの街は、色とりどりの建物が密集している。遠くには塔も見える。

 王都よりも狭く小さいつくりだが、通りを多くの荷車が行き交う。

 下から見た時とは違い、目の前には栄えた都市が広がっていた。


     ◇


 人でにぎわう宿の、せまい酒場。

 仲間は2つのテーブルに分かれ、ぎゅうぎゅうになって座る。アルとユージーンのうしろ頭がぶつかりそうだ。


 どちらのテーブルにも燻製肉くんせいにくとパン、野菜が並ぶ。

 それらを交互に頬張ほおばりながら、アルはエレノアとアカネに語る。


「ムグッ。マルコと……私は、街の反対側の崖に調査に行く……モグ」


「調査? 二人だけだと危ないよ。ねぇ?」


 とエレノアが、アカネに同意を求めた。

 だがアカネは、巫女みこの手元の赤いトカゲをにらみ、「あぁ……」と短い返事。

 マルコが顔を上げる。


「実は、ナサニエルさんの依頼なんだ。崖の下に、マリスがくっついたキュプロクス? がいるんだって」


 平然と言うマルコに、目をくエレノア。


「マリスがついた……単眼巨人キュクロプス

 めちゃくちゃ危険じゃない!

 アルっ! そんな約束したの?」


 すごい剣幕のエレノアに、アルは口の物をごくりと飲み込み言い訳する。


「調査だけ……。もう、昔の話なんだよ。

 チヴィタの巨人は––––」


 その時。

 アルの顔の横に、ユージーンが銀髪の頭をそらしたずねる。


「アル。この街にはしばらくいるのか?」


「な、なんで?」とアルはあわてだす。

 ユージーンのテーブルから、レジーナとバールもこちらを見ている。

 先導者が説明した。


「なに。バール殿から取引の話をされてな。確かに、長旅に備えレジーナ様の装備も整えたい」


 そう言って彼は、いくさのあとも、黒い板金鎧プレートアーマーにマントをはおる王女に目をやる。

 立派な鎧姿の少女など、目立って仕方ない。


 ひらめいた顔で、アルは同意する。


「実は、私たちも話してたんだ。じゃあ……準備のためにしばらく滞在しよう!」


「よし」と言って、ユージーンはレジーナとバールの会話に戻った。


 マルコがのぞき見ると、バールが不自然な怖い笑顔を浮かべている。

「また何かたくらんでるな」とマルコは思うが、何も言わずパンを口にほうった。


 一方、ナサニエルの依頼をユージーンや王女に言わずに済んだアルは、ほっとした顔でテーブルのマルコ、エレノア、そしてアカネに話す。


「それじゃまず、この4人で調査に行こう」


「大丈夫かしら」とエレノアがつぶやき、「大丈夫なわけない」とアカネが答える。彼はなおも龍の子を警戒しながら、葉物を口に運んでいた。



 突然、酒場中がひどくれ、客の悲鳴がとどろうつわが割れた。


地震じしん?」とマルコは口に出し、テーブルの端を握る。

 だがれはすぐ収まり、みなほっとした。

 どこかのテーブルから老人の声が響く。


「心配すんなっ! チヴィタの守りじゃ!」


 別の誰かが応じる。


「でもよ、じいさん。最近、ひどくね?

 巨人が怒ってんのかな?」


罰当ばちあたりがっ! 巨人様と言え!

 昔はこんなもんじゃなかった。

 ……そう、あのタンキューだか何だか魔術師が来るまでは、しょっちゅうだったのよ。守りのおかげで、わしら暮らして––––」


 老人の長話に、酒場のそこかしこで笑いが起きる。

 マルコも微笑ほほえむがしかし、ふと目をやるとアルのまなざしがけわしい。


 エレノアとアカネも、いつもと違う雰囲気を感じて、アルに顔を寄せ耳をかたむけた。

 探究者アルは、誰に言うともなく語り出す。


「昔、チヴィタの崖下に三人の巨人の兄弟が住んでいた。人々はそれをあがめ、そのおかげで魔物から街が守られていると信じていた。

 しかし、北の探究者ナサニエルは違った。

 単眼巨人キュクロプスが暴れるごとに、街を支える岩がいつかくずれると予見したんだ。

 彼は、グリーの力で一体を殺し、深く後悔した。

 二体目は『子供返こどもがえり』をかけて保護した。

 そして三体目は––––」


     ◇


 星空のした、白く浮かぶ巨岩きょがん

 その南側は、地割じわれが横にはしる。

 割れ目の暗がりの中で、巨大な何かが立ち上がった。


 それは壁に手をかけ、崖を登ろうとする。しかし今夜も果たせず、苛立いらだった。


 巨人の頭に声が響く。

 弟たちはもういないが、もらった黒い石を耳に詰めてからは、話し相手ができた。

 声は言う。


「登れ、登れ。

 大地を踏みしめ、その勇姿を再び日の下へさらせ」


 だから今夜も、崖下に閉じ込められた怒りで、単眼巨人キュクロプスは切り立った壁にこぶしをぶつけるのだ。

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