19 北門迎撃戦

 日が沈む王都北門。

 篝火かがりびが盛大に燃える。


 マルコは隊列の中にいた。久しぶりにたらふく食べて、腹をさする。

 その日の午後、一頭の牛を第三の神にささげる儀式があり、焼肉を食べた。

 アルが張り切り、数千人の食事を取り仕切っていた。

 バールに無理やり残りの新米も提供させ、アルは念願の牛焼肉丼を北軍に振る舞ったのだ。


     ◇


 食事の時エレノアが、バールに『古米新米こまいしんまい取り替え事件』の真相を追求した。

 ドワーフは、わんを片手に面倒そうに弁明。


「古米でも城は困らない。せいぜいリゾットの味が落ちるだけ。だけど西区で新米は喜ばれる。だから、西区の親方と取引した」


 そう言ってバールは指さす。

 その先、おんぼろだった馬車は、綺麗に修繕しゅうぜんされていた。

 エレノアとマルコは顔を見合わせ、我慢できずに笑い合った。


     ◇


 左のバールを見て、マルコはまた笑みが浮かぶ。

 ふと正面の壇上に鎧姿の者があらわれた。

 隊列がどよめく。

 体に合った小さい板金鎧プレートアーマーが、黒く輝く。

 もはや肩までの黒髪を隠さず、大きな瞳を開く王女、レジーナだ。

 少女は、演説をはじめる。


「諸君にまず謝る。長年、北門防備を任せ、支援がおろそかだったこと済まない」


 隊列は静まり返った。

 壇上の下に、ユージーンの誇らしげな顔が見える。


「これまで、名将ベラトルと諸君が支えた。そして今日! 諸君と共に我々は勝利する」


 隊に熱がこもるのを、マルコは感じる。


みやこおびやかされている。ちぢみやこと言われる。

 しかし今日! 諸君がそれを変える。

 諸君のちからが、思いが、いまこの時!

 王都に変化をもたらすのだ!」


 一呼吸おいて、大歓声が湧き上がった。

 荒あらしい軍人たちは感動し、その意志に熱い火がついたのだ。

 驚く事に、十代はじめの少女の言葉で。


 マルコは、右のアルと複雑な表情を交わす。何が起きるのか、まだよくわからなかった。


     ◇


 その夜。

 松明たいまつを手に、ココにまたがるマルコの前にオーガの黄色い目が無数に広がる。

 だが、篝火かがりびが照らす魔軍は、列がバラバラで数も西門ほどではない。

 マルコの左は、大杖を背にしばり、青く光る携帯杖ワンドを手に詠唱するアル。

 さらにその左、将軍ベラトルが、ゆったりつぶやく。


「まだ……引きつけてぇ……ハイ! 今!」


「ひゃ、はらいの陽射ひざしっ!」


 探究者の魔法が、せまり来る魔軍を清浄なる日の光で照らした。

 そくざにマルコが叫ぶ。


「ハッ!」


 目を押さえ、もがき苦しむオーガの中に、マルコを乗せるココが飛び込んだ。


     ◇


 マルコが先駆け、右を王女レジーナ軍、左はアルを補佐するベラトル軍が進む。

 マルコの後続は、一頭に相乗りするアカネとバール。


 上から見た北軍は、とがったくさび形の陣形で、混乱する魔軍を切り裂いていった。


     ◇


 必死に松明たいまつをふり、マルコはオーガ蹴散けちらす。

 神の悪意の石マリスの声がなくとも、アルのグリーと、日の魔法のちからで進撃できた。

 左から、二つの光をかかげるアルが、駆け上がってくる。


「マルコ! 無理せず、このままいこう!」


 だが、マルコはココをかし早駆はやがけ。

 馬上のアルは、不審な顔になった。


 黄色い目と、赤い口を開く魔物の群衆。

 まるでオーガの海をひとり駆けながらマルコは、ある思いにとらわれていた。

 一人で敵を散らし、込み上げてくる感情をおさえることは、もうできない。


「いったい僕ら、どこへ行けばいいの?」


 馬上のマルコは、アルに顔を向けた。

 すると彼の涙と鼻水が風に乗り、アルが放つ光を反射してきらきらとする。


 アルは、そのきたな綺麗きれいな光のすじを目で追い考える。

 思い返してみれば彼は、マルコと二人でちゃんと話せていなかった。それをやんだ。

 マルコが気持ちをあふれさせる。


「僕のマリを、いったいどこへ持ってく? 本当だったらもう、南へ帰れてた!」


 アルは言葉を失った。

 しかし、前に黄色の樹々きぎが目に入ると、気を取り直し口を結ぶ。

 今を乗り越えるため、彼は叫んだ。


「あそこだマルコ! 一緒に、離れないで」


     ◇


 マルコはじめ北軍先頭部隊は、城壁から真北の森へ、アルの光をともない猛進。

 森の入り口、黄色い木立こだちへ突っ込む。


 作戦通り、列が乱れた魔軍は、東と西にきれいに二分された。


 レジーナとユージーンの騎馬隊は東へゆるりと曲がり、東のオーガを追い立てはじめる。

 西はベラトル軍が同じように動いた。


     ◇


 イチョウの木立こだちに着いたマルコら一行は、急いで馬をつなぎ大きな岩に集まる。

 その上に登り、アルが息を切らした。


「ハァ……大技おおわざやるから……時間かせいで」


 バールが新品の長槍ながやりをふり、森の入り口へ駆けた。

 アカネも火矢をつがえ続く。

 マルコは長剣スパタさやから抜いた。

 森に逃げるオーガが、ちらほら向かって来る。

 岩を守るため、マルコは剣を構えた。



 森のさかい長槍ながやりをうならせ、バールが叫ぶ。


「アカネ! 闇でも見えるか?」


 次つぎ火矢を放ち、「なんだぁ?」とアカネが問い返す。


「遠くの森に、オーガが逃げる! 作戦と違う」


 バールの警告に、あわててアカネは、東と西に首をふる。

 多くのオーガに逃げられては、この殲滅せんめつ戦は失敗だ。

 ふり返って、大声で叫んだ。


「マルコーっ! 母上の葉っぱ使ええぇ!」


「なっぱ?」と首をかしげ、マルコは目の前のオーガを切り払う。


 その時。


きよめの天日! さらに倍さらに倍さ––––」


 探究者アルが、大きな杖と小さな杖の両方をかかげ、光に包まれる。

 深夜に生まれた日の光は、黄色いイチョウの樹々をおおう。

 まばゆい輝きは、森の入り口、バールの敵もはじき飛ばした。


     ◇


 北門、城壁前。

 天幕から、巫女みこエレノアが歩み出た。

 はるか北に、黄色がかった光が見える。

 本陣に控える兵たちは動揺し、ざわつく。


 だがエレノアは、その輝きがなんなのかを知っていた。

 彼女は、ほこらしい笑顔になって希望の光を見つめた。

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