20 さすらい

 王都北門。

 北に広がる戦場。

 魔軍は北の森のさかいに輝く光から遠ざかり、東西の残党は一気に逃げ足を早める。


 しかし、東でも西でも、離れた森へ入って逃げようとオーガはこころみた。

 松明たいまつを手にぎりぎりまで追うレジーナを、ユージーンが止めた。

 一方ベラトル軍は、追撃をやめて、隊列を整えていた。


     ◇


 イチョウの木立。

 まばゆい光の中、マルコはやっと思い出す。

 腰の暗い袋を開き、マリスと一緒に入れたエルフの銀の葉シルバーリーフを取り出した。

 しかし使い方がわからず、適当にふる。

 すると銀のつぶが空中に漂い、きらめく輝きが舞った。

 すぐに、背中から声がする。


「もういいっ! もう、それうるさいから」


 アカネが両手で耳をふさぎ、駆け寄って来た。


 ふいに岩の上の光の中から、アルがマルコに語りかける。


「マルコ、さっきの話だけど。

 これから……、一緒に行き先を探そう。

 長い旅になって……ゴメン」


 アルは謝ったが、光から届く声がなんだか妙に神々しくて、マルコは「あ、うぅん」と曖昧あいまいに返す。

 光の声が続ける。


「会わせたい人がいるんだ。私の恩師だ」


 今度はマルコは「いいね!」と即答した。

 そしてなぜか、涙がこぼれる。

 ひとり馬で駆けた時、なぜあんなにさみしい気持ちになったのか、今は彼もわからない。

 この時、腰の袋のマリスは、震えることも声を発することもなかった。

 アルの日の魔法は、マルコの心まであたためていた。


 やがて、アカネが喜びの声を上げる。


「きたきた! 早かったな!」


 マルコも東の森へと顔を向ける。

 無表情だったバールが、驚きであんぐりと口をあけた。


 森の樹々が遠くから次つぎ紅葉している。

 赤や黄色、そして紫。さらに青も森をいろどりどんどんと近づいてくる。


 木立の中から一頭の獣が飛び出した。

 白馬の頭に、一本の長いつの


「ひょおおおぉぉぉ!」


 一角獣ユニコーンにまたがるのは、碧髪へきがみのアオイだ。

 だが、「急いでるから、またねえぇぇ」とあっという間に西へ走り去った。


 樹々の隙間すきまから、大勢の第一の民、エルフたちがあらわれる。

 アルの光が、駆ける彼らを輝かせた。


 その中に、輿こしかつがれた七色の君がいる。

 呆然ぼうぜんとするマルコとバール、そしてニヤニヤするアカネに顔を向け、笑顔で手をふる。

 彼女の髪は風になびいて、驚くほど長く、広がり、虹色をふりまいていた。


 アカネをのぞき、ほうけて立ち尽くす仲間の前を、第一の民が通り過ぎる。

 大移動だ。

 最後に、見慣れぬ額飾りサークレットをつけ、白い衣装のエルベルトが、マルコに微笑ほほえみ走り去る。


 マルコは思い出した。


 アルバテッラをさすらう、第一の民。

 十六夜いざよいうたげでエルベルトが語ってくれた。

 いつの日か、西の大灯台だいとうだいを取り戻し、海に帰ることを願う、さまよえるエルフの物語。


 エルフが通り過ぎたあと、マルコとバールは夢から覚めたように顔を上げる。

 目に入る全ての樹々が、鮮やかに色づいていた。


     ◇


 戦場を上から見ると、北の森が東から西へとしだいに紅葉していった。

 様ざまにいろどられた森から、オーガたちがほうほうのていで逃げ出し、飛び出して来る。

 レジーナ軍はそれを逃さず東へと追い詰めて蹴散らし、倒していく。

 一方、西側のベラトル軍は、南北に伸びる長いながい陣形を組んでいた。

 まるで、一体ももらさず魔物を掃討そうとうしようとするかのように。


     ◇


 戦場のやみを、横につらなる無数のあかりがめる。

 ベラトル軍の松明たいまつが、無数のオーガ駆逐くちくしていた。

 長年おびやかされて、友を失ってきた彼らは、疲れも知らず元凶を取り除いていく。


 司令官ベラトルは、まるで隙間すきまなく掃除するかのように、着実に軍を指揮した。

 やがて王都の北西に至り、副官がどこまで追うのかたずねても、「このまま前進!」と力強く命令。決して、手をゆるめなかった。


 しかし、ついに空が白みはじめ、敗走する魔軍の全貌ぜんぼうがあらわになる。

 アルバテッラの東、雪壁の山から日がのぼると、日差しは西から照らし、王都北西の川を輝かせた。


 喜びのあまり、とうとうベラトルは破顔し副官に叫ぶ。


「見ろ! ついに成し遂げた!

 大地を取り戻したんだ。『ちぢみやこ』は今、百年ぶりに広がった!」


 副官も騎兵たちも、馬上で目を輝かせる。

 彼らが進む大地は、太陽の光でオーガが累々と倒れ、荒れ果てていた。

 しかし、はるか遠くの川まで彼らをはばむものはなく、たたえるように日の光が北軍の騎馬隊を照らした。


     ◇


 木立の大岩で、アルは疲れ切って座り込んでいた。

 バールとアカネ、そしてマルコが彼を囲み東から昇る朝日に目を細める。

 みな疲れて言葉もないが、無事に夜明けを迎えることができて、満足していた。


 朝日のかがやきとぬくもりで、マルコの中に希望が生まれる。

 彼は立ち上がった。

 光を背にして、仲間に語りかける。


「今は僕のマリ、マリスをどこに運べばいいかわからないけど、みんな一緒にいてほしい」


「ったり前だよ!」とアカネが叫ぶ。

「取引だからな」とバールが応じる。

 アルは、言葉はないが嬉しそうに口もとをゆるめマルコを見上げた。

 そんな探究者を、マルコが見つめる。


「アル、一緒に探そうって言葉ありがとう。

 だから……。さすらおう! みんなで。

 どこかきっと、神の悪意の石を置いていい場所があるはず」


 とたんアカネが飛び跳ね、バールもアルも重たい腰を上げた。

 大岩の上で、みな笑顔で肩を抱き合う。


 こうして、仲間は同じ、一つの意志を持つにいたったのだ。

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