18 追放

 朝が冷え込み、冬が忍びよるその日。

 マルコたち仲間は城に招待された。

 王都防衛を祝う昼食、午餐ごさんの会。


 謁見の間と違い、広大な硝子ガラス窓の向こうに空中庭園の樹木が浮かんで見える。

 食事がはじまっても、マルコはそのまぶしい景色に見とれていた。

 だが両隣りょうどなりでは、少年エルフと若ドワーフが盛んに口を動かす。

 マルコの目の前で、アカネがバールに合鴨あいがものローストを渡し、代わりにバールは野菜の皿をアカネに回す。

 好きな物だけ食べる二人にマルコはあきれ、自分も白パンを頬張りテーブルを見渡した。


 正面ではアルが勇ましく鶏肉にがっつき、となりで食前酒を飲むエレノアがそれを白い目で見る。

 上座では、補佐官ユージーンが上品にフォークを使い、となりにはなぜか、おしろいをった王女レジーナがいた。


 おおよそ食事が済むと、中央テーブルから王がねぎらいの言葉を発した。

 広間の民、すなわち貴族、高級軍人、物資を支援した大商人へ次つぎ褒賞ほうしょうが述べられる。

 マルコは、なぜこの場にメルチェほか実際に戦ったものがいないのか、釈然としなかった。


 さらに世間話をするかのように、王の深い声が広間に響く。


「これからも難局を乗り越えるために、皆の協力が欠かせぬ」


 盛大な拍手のあと、王はマルコのテーブルへ顔を向ける。


「にもかかわらず、残念ながらみやこの乱れも耳にする。例えば、屋根やねを通路代わりに走るもの」


 王は確かにマルコの方を見ながら言った。

 あせったマルコはアカネを見るが、エルフはのんきに杯をかたむけけ舌なめずり。

 声は続く。


「さらに、城へ配達された米が古いものであった。なのでリゾットも出せぬ」


 マルコは王を見返す。となりで、ドワーフがビクッ! と肩を揺らすが顔は無表情。

 エレノアが目を見開いてバールをにらみ、アルとこそこそ話し出す。


「なんと天守の塔オベリスクに侵入されたとも聞く。

 しかし、寛大に見ればこれらのことは些事さじである」


 王の言葉に、広間中がざわめく。

 マルコは、ユージーンをちらっと見たい気持ちを必死に我慢した。


「捨ておけぬのは、不適切な軍事予算。

 レジーナ! そなた……未熟よの?」


 その言葉で、常に冷静な補佐官のテーブルでガタッと音がする。

 マルコが見ると、彼は真っ青な顔で王女を見ていた。


 ユージーンは、「わなだ」とうろたえた。

 認めれば、未熟のとがで罰せられ、認めなければ、それを証する無理難題が課せられる。

 考えようと彼は、レジーナに手を向ける。

 がしかし、高い声が響いた。


「いかにも、わたくしは成熟してません。

 ですが––––」


 王女の答えに、ざわめきはどよめきに変わる。

 だが「ひかえよ!」の一言で、広間は静寂に包まれた。

 いまや王は、隠すことなく王女レジーナを凝視する。


「未熟者にも、つとめはある。山脈の向こうの隣国、ハラネとの外交である。

 砂漠の地へと向かうがよい。

 そこの不埒ふらちな者らを護衛にしてな」


 補佐官はどうしようもなく、顔に手をあてた。情報に遅れをとり、無念だった。

 まさか王都を追放されるとは、彼の予想を超えたばつだ。


 だがしかし、レジーナはうろたえない。

 その輝く瞳を上げた時、マルコは彼女こそが『いくさ見物けんぶつの子』だと気づいた。

 彼女は訴える。


「承知しました。

 では北門から出ましょう。それには––––」


     ◇


 冬の初めの日。

 王都、北の門。

 巨大な石壁の前で、追放者たちを前に研究長コーディリアは泣きそうになった。


「あの……私も、未熟ですので……」


 ついて行きたい気持ちを察したユージーンだが、王女レジーナがとなりから応じる。


「リア。あなたには研究をしてもらわねば」


 うなづいて、ユージーンが念を押す。


「必ず戻る。だから、西を守るため……、『発動』の研究を」


 そう聞くと、赤くらした目を上げ、コーディリアは微笑ほほえむ。


「また、とんでもないことに巻き込むのね、先導者」


 マルコたち仲間に王女と先導者が加わる。

 一行は、魔法学院アカデミー研究長と、最後は笑顔で別れた。



 王女と先導者が前を歩き、仲間はあやしんでついて行く。

「これから北門でいくさだ」と王女に告げられ、マルコにはわけがわからなかった。

 歩きながらアルも、ユージーンに不満をもらす。


「私たちは、戦争には巻き込まれたくない」


「喜べ。戦勝祈願で牛をほふり、新鮮な牛肉を食べる。探究者には料理長をしてもらおう」


 じゅるっと音がしたので、アルが誘いにのったと思いユージーンは笑顔でふり返る。

 しかし、手で口をふくが、アルの目は真剣だった。

 となりのマルコの肩に手を置く。背後の巫女みこエレノア、バール、アカネも足を止めた。

 アルが訴える。


「ちゃんと説明してほしい。危険はないか。今は、守る命があるんだ」


 エレノアもマルコもみな、仰天ぎょうてんしてアルをながめた。

 なおもよだれをふくが、それさえのぞけば魔法使いは凛々りりしかった。

 驚くユージーンのとなりから、王女が答える。


「北門の魔軍を掃討そうとうすれば、西門防衛の助けになる」


 レジーナは静かにマルコを見つめる。

 マルコは、兵を失い悲しむ傭兵隊長メルチェの顔を思い出した。

 王女は続ける。


「補佐官殿の働きなく、軍費ぐんぴも縮小すれば、我らが東へ行く間に、王都は壊滅するかもしれない。

 だから、皆さまの力を貸してほしい」


「でも、僕ら何をすれば……?」


 マルコが聞くと、王女とユージーンは笑顔を交わす。

 先導者が遠くの天幕を指さした。


「常勝将軍の作戦がある。あの方だ」


 マルコとアル、ほかの仲間たちもその先に目をこらす。

 顔まではわからなかったが、マルコには、遠くの男がぎこちなく腕をふり続けているのが見えた。

「のんきに笑ってるぞ」とアカネが言った。


     ◇


 王都北軍の作戦室。

 天幕の中で、司令官ベラトルは童顔の笑顔で説明した。


「王女様の指示通り、今夜の一戦のために敵を誘いました。わざと撤退を繰り返し、逆茂さかもを撤去」


 レジーナは卓上の模擬戦図から目を離さず、「続けよ」と促す。

 ベラトルは、鋭い目の補佐官や、客分騎士やら魔法使いの風変わりな一団に愛想笑い。


「北門魔軍は山岩鬼やまトロールまれで、ほとんどオーガです。なので敵を引きつけ、騎兵の『くさびの陣』で一気に分断します」


「うまくいくのか?」とユージーンが懸念した。

 ベラトルはへらへらと答える。


「騎士殿の馬術と探究者様の魔法があれば。

 敵は簡単に左右に分かれるでしょう」


 マルコは、緊張感のないこの将軍が、自分とアルの事に詳しいので驚いた。

 レジーナがうなづく。


「なるほど、二分したあとに私が東を指揮し、西は司令官が追撃すると」


「さようで」とベラトルは答え、まだ考えているほかの仲間を見回した。

 そして、天幕からはるか北を指さす。


「突撃したあと、騎士殿と探究者様は、あのエルフの樹々きぎで陣取る。日の魔法を絶やさんでください。魔軍は恐れ、東西に敗走するでしょう」


 マルコは、司令官のさす遠くを見つめた。

 黄色く色づいた紅葉が、小さく見える。

 アカネが身を乗り出す。


「確かに立派なイチョウたちだ。俺の一族が寄ってるから、魔物もそうは近づけない!」


 少年エルフが無邪気な笑顔でふり返ると、一同はほっとして、やっと笑みが浮かんだ。

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