17 悪だくみ

 晩秋の新月が明けた王都は、魔軍の侵攻をなんとか乗り切った。

 朝日を浴びて、仲間全員が無事に手を握り合う。

 隊の撤収てっしゅうが残るマルコをのぞき、アルたち仲間は西区の宿へと帰っていった。



 日が高く昇る時。

 マルコは隊長メルチェと軍の備品を兵舎へ運んでいた。

 西門の手前、岩鬼トロールこわされた壁の上から、高い声が響く。


「こたび……今日もしのいだな! 隊長」


 とたん頭を上げたメルチェの、しかる声。


「またかクソガキ!

 子どもがいくさ見物けんぶつするな!

 それとな、大人への口のきき方も、なっとらん」


 隊長がどなる先へマルコも目をやる。

 壁の上、はげた革帽子をかぶるすすだらけの顔の少年が、瞳を輝かせる。

 少年は壁のうしろに向いて「口のきき方。そうなのか?」と、姿が見えない誰かとぼそぼそ話した。

 だが、すぐに笑顔で向き直る。


「それは失敬! だが見事な用兵だったぞ!

 騎馬で敵の進軍をにぶらせ、撹乱かくらんして––––」


「あぁ! その話し方、なんとかならんか?

 本当に西区の子か? どこの家––––」


 かぶとを脱ぎ、メルチェは少年にがなりたてる。

 少年は両手をあげ戸惑いながらも、昨夜の傭兵隊の働きをめた。


 マルコは不思議に思って少年を見つめる。どこかで見たことがあるはずだが、思い出せない。


 少年は、マルコと目を合わせなかった。

 彼、いや悪童に扮した王女レジーナは、メルチェとなんとか通じ合おうと、ちぐはぐな会話をこころみていた。


     ◇


 数日後の晩。

 王都中央通りの先、天守の塔オベリスクの前。

 暗い中、補佐官ユージーンと研究長コーディリアは、約束した二人を待っていた。


 冷ややかな秋風に震え、ユージーンは前からの疑問をたずねる。


「召喚のことだが……」


「……なにか?」


 携帯杖ワンドで『日のぬくもり』を唱え、自分だけ暖かいコーディリアが応じた。


「昔、習った時に呼んだのはあれだよな?

 火の山椒魚サラマンドラとか泉の天女ウンディーネとか」


「いかにも」


「詠唱がないと、呼んだ霊はかえるのでは?」


「その通りです」


 その答えに考えこみ、補佐官はくしゃみをした。鼻をすすり、立て続けに聞く。


「探究者の召喚は? なぜ詠唱してないのにマルコ殿は消えない? 昨日アルは、ふけた顔で笑って––––」


「大変、良い質問ですね」


 研究長の目がカッと開き、彼を見上げる。

 その燃える瞳を見て、ユージーンは後悔した。

 彼女が早口でまくしたてる。


「つまりこうです。アルは常に魔法学院アカデミーグリーに召喚術を詠唱させます。しかし、マルコ様が持続的に存在するには周期的に途切れなく術を繰り返さねば。むかし相談されたけど、あのように解決するとは! グリーが唱えるとはいえアルは昼夜分かたず管理してるの。

 大変な苦労––––」


 ユージーンは辟易へきえきして、話がまないコーディリアから顔をそらした。

 すると向こうに、大杖を持つ背の高い影と小柄な影が見える。

 補佐官はほっとして、研究長をさえぎり「おーい!」と、アルとマルコに大きく手をふった。



 合流したマルコとアルは、改めて補佐官と研究長からいくさねぎらいを受けた。


 そして4人は、今夜の計画を実行するため、張り詰めた面持おももちで塔を見上げる。

 天守の塔オベリスクのはるか頂上で、王都のグリーが月のように輝いていた。

 ごくりとつばを飲み、アルがつぶやく。


「今夜はさわるだけ。でも、これを登るのか」


「ああ」と真剣な顔でユージーンが応じた。


 動揺して、マルコが訴える。


「でも! どうやって? こんな高い壁を」


「うぅむ!」と、ユージーンがわざとらしくうなる。

 すると、コーディリアが塔の壁に近づいて咳払せきばらい。


「ゴホッ! ……それではこちらへ」


 彼女が携帯杖ワンドで壁にふれると、光を放ち壁に入口が開く。

 呆気あっけにとられたマルコとアルが、ポカンと口を開く。

 ユージーンは大笑いして、ふたりの背を押し塔の中へ導いた。


     ◇


 塔の中の浮遊石に乗った一行は、内側から頂上へ上昇。

 内壁ないへきの所どころ、魔蛍石まけいせきの白い光があっという間に下に流れる。


 不満げにアルがぼやく。


「いっつも……ふり回すんだから」


「わははっ! 悪かったな。そうすねるな。誘いに応じてくれて感謝する」


 上機嫌なユージーンは、まだ笑っていた。

 マルコは、この旧知の三人の間柄あいだがらが気になり、聞いた。


「いつも……こんな感じなの?」


 勢いよくアルが訴える。


「そうなんだよマルコ! いつもまずジーンが何か思いつく!」


「そしてアルが、見事に実行する」


 嬉しくてたまらないように、ユージーンが答えた。

 アルが大杖で研究長の背中をさす。


「最後にリアが、尻拭しりぬぐいしてくれるんだ!」


 だがコーディリアは、背中を向けたまま微動だにしない。

 魔蛍石まけいせきの光が、マルコのぽかんとした顔を何度も流れる。彼は不思議だった。


「リアさんは……初めからは止めないの?」


「いいこと言うね! マルコ!」


 我が意を得たりとばかりに、ユージーンはビシッとマルコを指さす。

 マルコは、彼が急にくだけて戸惑った。

 補佐官は肩をすくめる。


「これは俺の仮説だが。ひょっとするとリアは、アルに無理をさせて俺以上に生理的興奮を感じて––––」


「着きましたよっ!」


 怒り心頭の研究長がふり返った。

 浮遊石が止まり、真っ赤な顔のコーディリアの背後で、扉が開く。

 まばゆい白い光があふれ、マルコは思わず顔に腕をかざした。

 これまで目にした輝きを上回る、王都グリーの光だった。



 天守の塔オベリスク、頂上の展望台。

 壁がなく石柱だけの狭い空間で、一行は風をよける。

 主柱おもばしらの上に埋め込まれた、人の頭より大きい宝玉、グリーが白く光る。

 ユージーンとコーディリア、またアルですら、骨組みの屋根の上の輝きに心をうばわれうっとりとした。



 ただ一人マルコが「じゃあいってみるね」と主柱おもばしらのくぼみに手をかけ昇りはじめる。


 神の善意、グリーと呼ばれるその石は、みやこの儀式以外で初めて、間近に人を迎えた。

 驚いた瞳の異邦人を、まばゆく照らす。

 異邦人は目を細めるがしかし、ためらいなく指を伸ばした。

 一本二本と指がふれ、手のひらをぴったりと石につける。


「おぉ」と補佐官が声をもらし、研究長は目を見開く。

「マルコ、もういいよ。気をつけておりて」と探究者は落ち着いた声をかけた。


 展望台に降りたマルコを三人が囲む。

 何も変わりない彼の手のひらをコーディリアがさわり、本当に素手で触れたことに驚愕きょうがくした。


 だがマルコは、王都のグリーに暖かいちからを感じ、ふと疑問がく。アルに横目をやり、ささやいた。


「アルのグリーは、僕を召喚してるでしょ?

 でも……この王都のグリーは何してるの?

 城壁を守ってはくれないの?」


 はっとしたアルだが、答えがわからず、ほかの二人に目をやった。

 すると、静かなつぶやきがこたえる。


「本当に、いいこと言う」


 補佐官ユージーンが、ビシッとマルコを指さした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る