14 騎兵のそなえ

 秋の昼前、厩舎きゅうしゃの壁の隙間すきまから、すじがさしこむ。

 石床で、マルコの軍馬が軽快にひづめを鳴らす。


 カッ、コッ、カコッ! カッ、ココッ!


 軍からもらったこの馬を、「ココ」と名付けるきっかけになった音を聞いて、マルコの口がニヤリとゆるんだ。

 彼の目の前で、黒鹿毛くろかげの真っ黒なたてがみが左右にれる。


 かぶとで目元がかくれた門番が、暗がりの中うなづく。

 マルコもうなづき返すと、一気に扉が開き視界はまぶしい光であふれた。

 マルコは叫ぶ。


「ハッ!」


 とたん、傭兵隊ようへいたい厩舎きゅうしゃから、十数騎の騎馬がおどり出た。



 王都西軍傭兵隊の兵舎。

 上から見ると、厩舎きゅうしゃから飛び出た騎馬たちを、訓練場にひかえていた後軍が追う。

 100騎もの騎兵隊が地面をゆらし、土煙つちけむりをあげる。

 その先頭を走るのが、マルコだった。


 柵越しに、巫女みこエレノアが両手を組む。


「マルコ、かっこ良いっ! アルほら見て」


 アルは間の抜けた顔を向け、左から一瞬で通り過ぎる騎馬隊に、度肝どぎもを抜かれた。

 バールはけむたそうに手で顔をはらい、「ぺっぺっ」と口からつばを飛ばす。

「ひょおおぉう!」と奇声を上げて、アカネは柵の上に立ち、騎馬隊の突進した方をながめた。



 訓練場の真ん中では、隊長メルチェと禿頭の副隊長も騎乗する。

 メルチェが、すうと息を吸い、えた。


くるまじん!」


 遠くからでもしっかり聞こえる命令に、マルコはあきれ、だが激しく動く馬の首に顔を寄せる。


「ココ、行くよ。左だ。……ハイッ!」


 マルコの身体からだは左に落ちて、馬の横腹に張り付いた。

 マルコの愛馬、ココは左へ急旋回。

 うしろの100騎も続き、傭兵騎馬隊は、訓練場に大きな円を描きはじめる。

 ひときわ大きな馬に乗るメルチェは、嬉しくてたまらずくらの上でねた。


「あのバランス! そして脚力きゃくりょく

 見込み通りだ! なあ?」


 メルチェが副隊長に笑顔を向ける。

 だが禿頭の大男は「あぁ」と答えるだけ。

先頭のマルコから目を離さない。がしかし、やがてぽつりとつぶやいた。


「ん……。きれいに閉じた」


 そう聞くと、かぶとを上げメルチェは笑顔を空に向ける。


「全軍、後退!」


 遠くでマルコが顔をあげ、片手を上げ後続に叫ぶ。


「全隊、散開さんかい!」


 騎兵の円はくずれ、左手へとすみやかに散っていった。



 退屈そうに柵に腕をのせて、若ドワーフがつぶやく。


「そろそろ行こう。マルコは大丈夫だ」


「で、でも」と血相を変えアルはふり返る。

 にやにやしながら、アカネも魔法使いをなだめる。


「俺が育てたから間違いないって。

 また屋根を走るから」


 驚いて目を開き、アルは赤髪の少年に顔を向けた。

 すると、巫女みこも優しく微笑ほほえむ。


「心配しないで。

 それより、アルも練習しなきゃ」


 そう言って、エレノアはアルの胸もとに目をやる。

 はっとしてアルは、法衣ローブふところから青く光る携帯杖ワンドを取り出した。紺碧こんぺき雷鳥ライチョウの羽が仕込まれた魔道具。

 彼は目を寄せ、またたく光を見つめた。


 バールが背筋を伸ばし、みなをうながす。


「行こう。送り迎えの対価は荷積にづみだぞ」


 若ドワーフが歩きはじめると、ねるようにアカネが追いつきバールの肩をたたく。

 エレノアが笑顔を向けると、やっとアルは不安げな顔を訓練場からそらして、仲間のあとに続いた。


     ◇


 東区、魔法学院アカデミー前。

 おんぼろ馬車が止まると、エレノアがさっそうと馬車から降り立つ。


「ありがと! バール。……アル、大丈夫?」


「あたた」と腰をさすりながら、アルはのろのろ馬車を降りた。西区の地の霊ノームの倉庫で、慣れない荷積にづみをして、魔法使いは体を痛めていた。

 若ドワーフが、御者台からアルに謝る。


「す、済まない。途中でアカネが逃げたから」


 大杖をふり、アルがこたえる。


「いいんだ! それより、もう行くのかい?

 それとも寄ってく?」


「いや……すぐ城に、『新米しんまい』を届けたい」


 そう言って、バールは手綱たづなをふり、馬車を進めた。

 見送りつつ、アルとエレノアは「新米しんまい?」と同時に顔を見合わせる。

 西区のぼろぼろの倉庫から、仲間は古い米を馬車の綺麗きれいかごに入れたばかりだったのだ。


     ◇


 魔法学院アカデミーの地下。

 暗がりには、いくつかの燭台がともる。

 足元よりずっと下、くぼんだ闘技場をのぞきこみ、エレノアが手すりを握りしめる。


「ここまで……しなきゃ、ダメなの?」


 帽子のつばの下からコーディリアが答える。


「本人が望んだことですから。何かあれば、すぐに助け出すのでご安心を」


 二人は、石壁が囲む闘技場にたたずむアルを見下ろした。

 アルは右手に大杖、左手に青く光る携帯杖ワンドを持ち、両方を大きくふっている。

 ふと遠くで、重い扉の音がして、地下全体をゆらす足音。


「来ました」


 冷静に話すコーディリアの視線の先を、エレノアはにらむ。

 赤茶色の巨大な頭が入ってきた。地から響くうなり声。大きな拳をふり上げ、細い魔法使いに向かい合う。

 エレノアが初めて目にする、巨大な泥人形ゴーレムだった。


 アルのひたいから、汗がふき出る。

 かつて泥人形ゴーレムとは何度も対戦した。ひたいられた印字いんじを正しく消せば、この魔巨人はくずれる。

 しかし、あかりの下に入った巨人を見ると、彼の笑みは消える。

 そして、困った。


「リア……ずいぶん、意地悪じゃないか」


「訓練ですから」


 平然と答える研究長には目もくれず、アルは呆然ぼうぜん泥人形ゴーレムを見上げる。

 その体にも、顔にも、魔法の印字いんじがびっしり隙間すきまなくられていた。

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