13 王都へ帰る

 時を戻し、暮れなずむ王都東の草原。


 夕日に向かって、おんぼろ馬車を進めながら、バールがぽつぽつ語る。

 御者台でアルは若ドワーフを見つめ、エレノアは荷台から顔を出し、耳を傾けていた。


地の霊ノームは、寿命がない。ただ小さくなって土にかえるだけだ」


 アルもエレノアも、驚いて瞳が開く。

 若ドワーフは続ける。


「偉大な精霊だ。住まう土地を豊かにして、幸運をもたらす。だけど、自然にかえるにつれ、だんだん……意志を失う」


「それで同じ返事しかできなかったのか!」


 納得したようにアルがうなずくと、バールは横目でちらりと魔法使いを見る。


「そういうさだめなのに、年長者に裁可を求める。他の種とは交わらない。彼らの考えでは当然だけど。

 ささいな取引でも、これでは……」


 エレノアが身を乗り出し、アルも若ドワーフの横顔をながめ、続きを待つ。


地の霊ノームの行く末は、暗い」


 若ドワーフは、ぽつりとそうつぶやいた。


     ◇


 十六夜。

 もうろうとして、マルコは夢を見た––––。


 この世で最も長命の種族、その後継の一人である少女、アオイのひとみに月がうつる。

 れる瞳がさだまると、彼女は言う。


「ためらいは……なくなった」


 とたん、うたげに集まる民、かつて西の海辺うみべに住んでいた『さまよえるエルフ』たちから、どよめきがあがる。

 女王、七色なないろきみが告げる。


月読姫つきよみひめは、その日が近いと読んだ。

 星読ほしよみ、レクシオステラ!」


「はい」


 エルベルトが、マルコより前に進む。

 女王の髪が篝火かがりびと同じ橙色オレンジに染まり、期待にみちた笑みをエルベルトに向けた。

 エルベルトは、真剣なまなざしで南から西の星空を見上げ、手をかかげる。


荒星あらぼしごう、来たる!」


 彼が叫ぶと、その場のどよめきは、歓喜の叫びに変わった。

 だが、キョトンとするマルコを見て、女王がささやく。


「エルベルト、彼にわかるように説明して」


 ぎょっとした顔で、エルベルトはマルコを見つめ、咳払せきばらい。


「ゴホッ! マルコこういうことだ。次の冬に星のごう……ああ! つまり、これまで離れていた星が一つになる、要するにだ、まじわることが決してなかった特別な変化––––」


 身ぶり手ぶりで話すエルベルトに、マルコは必死でうなずく。わけもわからずに。

 だが周りでは「水と炎の目覚めが近い!」という大合唱がはじまり、エルベルトの声はかき消えた。

 竪琴ハープや、マルコが知らない楽器も加わって、合唱はやがて、異国の言葉の歌に変わった。


「この歌は、前に聞いた」と気づきマルコははっとした。

 エルベルトも、南の森で弾き語りしたことを思い出す。

 懐かしい旋律せんりつが流れる中で、二人は微笑み合った。


 女王も喜びがあふれるように両腕を広げて身体からだを回し踊っている。


 双子が勢いよくマルコに突撃し、マルコは「ぐふうっ」と体を曲げた。

 アカネが、手に持つ白い団子をマルコの口に押し込む。


「これ食え! 祝いものだ!」


 甘い団子を頬張ほおばりながら、ふがふがとマルコはうなづく。

 アオイがマルコの手を引っ張る。


「踊ろっ! 大きな変化のお祝いだよ!」


 アオイに引きづられ、マルコは第一の民がねて踊る輪の中に入っていった––––。



 翌朝目がさめると、マルコは森の草の上でひとり、横になっていた。

 楽しい夢を見たはずが、目をこすると涙を流していた。


 手になにか握っていることに気づき、体を起こす。

 ゆっくり開くと、手のひらに淡い緑の一枚の葉。白い粒がまぶされ、朝日で銀にかがやく。


 女王にもらった、エルフの銀の葉シルバーリーフだ。


 彼女は言っていた。


「いつでも、我らはあなたのそばにいます。

 これを見て、ひとりじゃないと思い出して」


 その言葉を思い出したが、夢のあとのむなしさが込み上げて、マルコは泣けてきた。

 鼻をすすっていると、背中から声がする。


「なに寝ぼけてんだよ! さ、顔を洗って。仲間のとこへ帰るぞ!」


 驚いてマルコがふり返ると、朝日で髪を火色ひいろかがやかせる、アカネがいる。


「夢じゃなかった?」とわかり、ほうけたマルコの顔は、まぶしい笑顔に変わった。


     ◇


 数日後。王都の北の門。

 くたびれた革の上衣に、すり切れた穿きものの少年が、巨大な石壁の前を歩く。

 うしろには、白マントの銀髪の男がしたがう。


 はげた皮の帽子の下に輝く瞳。少年ではなく悪童にふんした王女、レジーナだ。

 彼女は首をうしろに向けたずねた。


「その後、異邦……マルコ殿は? 息災か」


「ハッ。首尾良く、西軍傭兵隊で訓練中」


 補佐官ユージーンがそう答えると、王女は「メルチェか」とつぶやき、嬉しそうな笑顔になる。

 続けてたずねた。


「それで、例の計画は実行するのか?」


「はい。ですがまずは、西門防衛を果たしてからかと。とにかく次の新月のいくさを、無事、生き残ってもらわねば」


「予算は惜しむな。貴公への裁可は通す」


 そう聞いて、ユージーンは会釈えしゃくを返す。

 だが内心では、まだ子どもの王女に、今夜も遅くまで承認願いの文書を届けることに、自責の念もいだいた。


 しかしレジーナは、行き先の野営地の前に立つ男を見つけると、指をさして快活にふり返る。


「あれだな?

 補佐官が目をつけた、次の逸材いつざいは」


 そう言って、王女は子どもらしい、いたずらっぽい笑顔になる。

 ユージーンも笑顔を返して、出迎える男をながめた。


 城壁前に、いくつも並ぶ天幕。堀は深く、敵を防ぐとがった逆茂木さかもぎ彼方かなたにのびる。

 そんなものものしい北軍の前で、遠目でもわかる童顔の優男やさおとこは、しまりのない笑顔。

 中肉中背だが、大きな手をとぼけた様子でこちらにふっている。


「変装姿とはいえ、王女相手に礼儀を知らぬ奴だ」と補佐官は思った。

 だがすぐ、彼がこれまでほとんど上流階級と接してないことに思いいたる。

「許そう」とユージーンは心でつぶやいた。


 改めて、補佐官ユージーンは、男の来歴を王女にしらせる。


「彼が、王都北門司令官のベラトルです。

 すっかり捨て置かれた北門の守備ですが、長年、彼が考案した作戦で魔軍の侵攻を撃退しているのです。

 まれに見る……軍略家ぐんりゃくかかと」


「そうか! 楽しみだ」と待ちきれないように、レジーナは男のもとへ駆け出した。


 司令官ベラトルは、これまでなかった『城のおえらいさん』の訪問に緊張していた。

 その変化を受け入れようと、彼はぎこちなく手をふり続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る