15 魔法のそなえ

 魔法学院アカデミーの地下。

 闘技場には、重たい足音と、とぼけた声が響く。


「ここだっ! ……違う。あっちか?」


 泥人形ゴーレムから離れてアルはよろよろ逃げ回り、か細い稲妻を携帯杖ワンドで何度も放つ。

 だが、正しい印字いんじにあてられないでいた。


 高みで観戦するエレノアはひどく興奮し、腕をふり回して声を張り上げる。


「じゃなくて、左! 違うったら、グズ!」


 そんな巫女みこに横目をやり、コーディリアはそわそわした。

 時間がかかっている。そろそろ戻して扉を閉めないと、と彼女はあせった。

 なので、廊下で『忍び足』の魔法が唱えられたことも、小さな影の集団が続々と背後に回り込んだことにも、不覚にも彼女は気づかなかった。


「アー! もうまとめて攻撃」


 とアルがぼやいたその時、闘技場の扉の奥から耳をつんざく叫びが聞こえた。


 エレノアが目を開き研究長を凝視。

 コーディリアは、帽子を上げアルに顔を向ける。


「いけない。アル! ハシゴをのぼって!」


 しかし、間に合わなかった。

 闘技場の暗がりから、紫がかった黒い頭があらわれる。

 青く光る目が2つ、いや6つ。

 青目の影はクモのようにはい回り、泥人形ゴーレムの反対側から、魔法使いを囲んだ。

 紫の裸が三体。青白い息をき、かん高く叫ぶ。人の血を吸う、吸血屍鬼ストリゴイだ。


 取り乱したエレノアが、研究長をつかみ、ゆさぶる。


「ちょっとどうする? アルやられちゃう」


「はなして、たいしょでき、はなしてっ!」


 帽子がゆれて顔にかかるが、コーディリアは携帯杖ワンドを取り出そうと必死にもがく。


 しかし、闘技場のアルは静かにたたずんでいた。

 独り言のように、ささやく。


「……いや、私が唱える。召喚を続けよ」


 それにこたえるように、大杖の先のグリーが白く輝く。

 そして探求者は、詠唱に集中した。

 目を伏せ腕を交差させる魔法使いに、右から泥人形ゴーレム、左から吸血屍鬼ストリゴイがじりじりせまる。


 窮地に立たされたアルへ、エレノアもコーディリアも口を開きなにか叫ぶ。が、手すりに張り付く集団の、吸血屍鬼ストリゴイにもまさる喧騒がそれをかき消した。

 いつの間にか忍び込んだ、数十人の小さな魔法使い。

 すなわち魔法学院アカデミー幼年部の子どもたちが、手すりをくぐらんばかりに顔を押しつけて、動物のような奇声を上げていた。


 動揺どうようのあまり、コーディリアはふり上げた携帯杖ワンドを持つ腕の力が抜けた。

「ごめん……アル」と早くも心の中で謝る。彼を蘇生する神官は誰が良いのか、果たして成功するだろうか、などと彼女は考えた。



 魔法使いアルフォンスは、まだ動かない。

 顔の前で腕を交差させたまま。


 そんな獲物を取り巻く魔物どもは、囲みを縮める。

 残り、一飛ひととび。

 三体の吸血屍鬼ストリゴイがいっせいに跳ね、泥人形ゴーレムは両手を広げ突進。


 だがしかし、彼の唇が奇妙にゆがむ。


「落雷、くらみの、かたわららを、烈日れつじつ、満たせ」


 瞬間、しょうじる左右の光。


 広げたアルの両腕、左は夏の陽射ひざしが輝き吸血屍鬼ストリゴイはじき飛ばす。

 紫の化け物たちは手で目をおさえ、隙間すきまからどろりと青い汁を流し、絶叫。


 右は落雷とめどなく、泥人形ゴーレムの全身に青い稲妻を浴びせる。それが片耳の印字いんじを消した時、ふうと一息ひといき吐いて、人形は泥となって崩れ落ちた。



 エレノアとコーディリアは、一瞬の出来事に呆然としていた。

 静寂を破ったのは、幼年部の子どもたちのまるで小鬼ゴブリンのような奇声だ。


「ぎええぇぇっ! すっげすっげええぇぇ」

「なにあれ何あれわたし習ってなアーッ!」

「ヒイィィ! にじゅう二重詠唱ニジュー」


 そんな騒ぎの中、エレノアは闘技場に立つアルをうるんだひとみで見つめた。

 コーディリアは両脇で騒ぐ子どもの肩に手をのせ、やはり探求者をながめる。帽子の下の口はしが上がり、笑みが浮かんだ。


 闘技場のアルは、倒れた魔物らを見回すと青く光る携帯杖ワンドをかかげる。


完全かんぜん……復活ふっかつ!」


 晴れやかな、子どもたちの歓声がとどろく中、若い魔法使いはすすだらけの笑顔を輝かせた。


     ◇


 晩秋がはじまる、新月の王都。

 日暮れ前から、西門城壁の外側にものものしい軍の陣営が築かれている。


 立ち並ぶ天幕の間を、物資を運ぶ馬車がせわしなく行き交う。

 人はあふれ、野営で食事をとる。

 歩兵の父から引き離され泣き叫ぶ子ども。その手を引き、門へと戻る母親たち。

 はるかに伸びる城壁前に並ぶ、数千もの篝火かがりびが、そんな光景を赤く照らしていた。


 西門からずっと南の城壁前に、マルコたち仲間はいた。

 黒鹿毛くろかげの軍馬ココのとなりに、古い板金鎧プレートアーマーを身につけるマルコが立つ。彼は、丸いかぶとほおあてを上げ、みなに挨拶あいさつした。


「それじゃ……行ってきます。大丈夫だよ! 逃げる作戦ばかりだし、カクランして––––」


「びええぇっ」と泣いて、エレノアがマルコに抱きついた。

 ココが、不安げに鼻を二人にすり寄せる。


 真新しい群青色の、魔法学院アカデミー法衣ローブをはおるアルが、マルコを気づかう。


「私たちも傭兵歩兵隊に協力する。マルコ、危険な時はこの陣まで逃げてほしい。

 そうすれば、何とかするから」


「わかった」とマルコは、ぎこちない笑みを返す。

 若ドワーフと少年エルフにも顔を向けた。


「二人も、おとなし……まぁ心配しないで」


 そんなマルコの言葉にも、バールはかけらも心配してなさそうな無表情。右手には長いながい槍、左手には大きな丸い盾を持つ。

 どちらも使いこまれているので、傭兵隊の倉庫から勝手に借りたのではないか、とマルコは疑った。


 となりのアカネは、頭のうしろで手を組みそっぽを向く。唇をとがらせ、どうやら口笛を我慢しているようだ。

「何かたくらんでるな」と思い、マルコは鋭い目で赤髪を見つめ、警戒した。


 仲間はもう一度手を握り合う。

 それからマルコは、ココに乗って、戦場となる荒野、騎馬隊陣営の方へと走り去った。



 その後ろ姿を、いつまでも見つめるアルとエレノアのとなりに、いつの間にか副隊長の大男がいる。

 アルと目が合うと、彼は禿頭をなでて言いづらそうに話した。


「ま……。騎馬より、ここの奴らが死ぬ」


 驚愕きょうがくして、アルとエレノアの口が開いた。

 バールはそれも気にせず、大あくび。


 アカネは天幕の影へ忍び、仲間と離れる。マルコが向かった先、夕日がらし、ただ閑散かんさんとさびしく広がる荒野へ、ひとりで駆けて行った。

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