5 謁見

 その日も秋晴れの良い天気で、マルコは城の壮大な正門を見上げた。

 上には、数多くのはたが風でひるがえる。

 中央の旗が広がり、龍とオオカミの間に白い星がかがやく紋章を、マルコは見た。

 アルが引きつった笑顔をマルコに向ける。


「お城に入るの初めてだ。行こう、マルコ」


 マルコも緊張したが、周りの仲間を見て、なんとか笑顔になる。

 旅の仲間は、都市の運河にかかる橋を渡り板金鎧プレートアーマーの騎士が並ぶ城門へ入っていった。


     ◇


 入り口で迎えたユージーンに案内されて、一行は長いながい廊下を歩く。

 みな、もの珍しさにキョロキョロとした。


 屋外に面した柱廊ちゅうろう

 葉が減り、赤や黄色に色づいた外のサクラの樹々きぎを、アカネはながめた。

 バールは重なる柱を片目で見る。正確に並んでるのでドワーフ製だと確信し、満足顔。

 エレノアは、法衣ローブの前を正したり、アクアマリンの額飾りサークレットに手をやり落ち着かない。


 そしてマルコは、顔を左に向けたままで、絵模様が織られた壁掛かべかけに目を奪われた。


「アル……これ、あの石板みたいなもの?」


 歩きながらアルも、壁一面をおおう綴織つづれおりを読み解く。


「これが城のタペストリーか。そうだねぇ。テンプラムの神話と違って、これは……初代の王、ロムレスの絵物語だよ」


「ロムレス……」とマルコはつぶやき、織物にたびたびあらわれる黒マントの男に、心がかれた––––。



 男は森を越え、白い山の前にある黒い城に入る。

 続きでは、城の内部とみられる暗がりで、輝く白い星のようなものを見上げている。


「これ、グリーかな?」とマルコは星を凝視した。


 さらにその先、男は森の中で女の手を引き歩く。

 もう片方の手には、白い星をのせている。

 だが、そこの描写は曖昧あいまいだ。


 星を持つ手は二重に重なっているようにも見え、または、けむりを上げ火傷やけどしているようにも見える。


 最後、男の姿は巨大になり、––––大げさな表現だが––––真っすぐ立つ塔に自ら星をかかげていた––––。



「異邦人および南の探究者一行、御到着ごとうちゃく!」


 堂々とした補佐官ユージーンの声が響き、はっとマルコは我に返った。


「ついにご対面だ」とアルは微笑み、マルコに片目をつむる。

 仲間はそれぞれが顔を上気させ、この地の君主との出会いに、期待と不安を抱いた。

 ユージーンの前で、大きな両開きの扉が、ゆっくりと開く。


     ◇


 広間に入ったマルコがまず目にしたのは、左の高い窓から差し込む、清浄な日の光。

 右手に首を回すと、柱の間から明るい色があふれる。


 貴族たちが並んでいた。

 目立つのは、鮮やかな黄色の着ぐるみの、道化師。けものの大きな耳がついた頭巾ずきんをかぶりおどけておどる。

 周りの男女がなごやかにそれをながめる。

 白い服が多いが、中には薄い水色や黄緑のころもも見える。


御前ごぜんにて拝謁はいえつかないましょうか?」


 柱の手前で補佐官が唱えると、「ここへ」と、静かだが深く通る声が響いた。


 ユージーンがマルコとアルに目配せして、一行は玉座の前へとあゆみを進めた。


 マルコの横顔に、奇異なものを見るような貴族たちの視線が刺さる。 

 彼がアルを見上げると、探究者も見返し、眉をひそめる。


「歓迎されてないようだ」とマルコの心は沈んだ。

 だが不思議と、開き直る気持ちもあった。

 瞳を上げると、正面の方に真っ白な老人が座る。目尻を下げ、にこやかな表情。

 そのとなりを見てマルコは驚く。

 老人の妻にしては明らかにとしが上で、つかれ果ててこうべれる老婆がいた。


 そしてさらにそのとなり。

 白く丸い帽子をかぶり、顔にはおしろいとべにった少女が、真っすぐこちらを見ていた。


     ◇


「––––の経緯で、このアルフォンス・キリングは探求を成し遂げた次第です」


 玉座の前でひざまずいたまま、補佐官はよどみなく口上こうじょうを述べた。

 うしろでひざまずくアルは、さかんにうなづき、晴れやかな顔をマルコへ向ける。

 マルコも笑顔を返し、王を見上げた。

 しかし、老人は無表情のまま。


「南の探求者……ナサニエルとは大分だいぶ違う」


「はあ。ナサニエル先生は––––」と、アルが口を開いたが、すかさず王はマルコの頭に目を移す。


「異邦人。口にもできぬ……悪意の運び手。要は、黒頭クロガシラの、『運び屋ポーター』かのぉ?」


 そう言うと王は、なにか同意を求めるように、広間中を見渡した。

 一呼吸おいて、黄色の着ぐるみ男、すなわち道化師サルメが奇声を上げる。


「ポーター! ポーター! ボクのパンツも運んでおくれ! 誰もさわれず困ってる!」


 とたん、どっと広間中に笑いがとどろく。


 マルコには、いったい何が面白いのかわからない。

 横を見ると、つらそうにアルが床に目を落としていた。

 ふと視線に気づき、左の柱に目を向ける。研究長のコーディリアが、帽子を握りしめてこちらを見つめていた。


 ユージーンが、声を張り上げる。


「この者から願いがございます!

 マリスにこうする研究を、この王都で––––」


 笑い終えた王が、すうと手を横に動かすと広間の喧騒けんそうは一瞬で静まった。


「みなの喝采かっさいで、よくは聞こえなかったが。

 ところで! 補佐官」


「ハッ!」


「あれはどうじゃ?

 そなたが気にむ西の防衛」


 その時、ユージーンの背中がびくっとするのをマルコは見た。こみ上げる感情を、彼はなんとかおさえている。


 そして今度はマルコの体がびくっとする。腰の袋に手をあて、彼のひたいに汗が浮かんだ。


「こんな時に……」

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